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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
眠りに落ちても目を開けて
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月下光臨



 皆様いかがお過ごしですか?

 絶賛逃亡中の私、穀物神の化身マルリットは絶賛混乱中でもあります。

 自分でも自分で何をつらつら考えているのか分かっていない状態です。

 それでもただ、逃げるのみ。走る…のは無理なので、杖突ながら競歩頑張ってます。

 そうしたら見かねたラフィラメルトが、便利なモノを調達してくれました。

 リンネさんが考案し、私に誂えて設えてくれた『車いす』です。

 小さな身体でこれを運ぶのは大変だったでしょうに…良い子ですね、ラフィラメルト。

 なので今は車いすで暴走中。

 そんな私の行き先は、リンネさんとの合流予定地…中庭の四阿なのですが…

 仮面を失ったあの子がしつこいです。

 仮面を失って殺意と狂気に身を突き落とした、あの子がとてもしつこいです。

 私は上手に隠し通路を使い、身を隠したつもりだったのですが…

 あの子はどこからともなく、私達の居場所を嗅ぎつけて攻撃してくるのです。

 お陰で王宮内は阿鼻叫喚。とても酷い混乱と絶望に浸されようとしています。

 逃走の為に暴徒の如く荒れ狂う貴族達。

 崩れ落ちる壁や調度に巻き込まれ、怪我を負う使用人。

 逃げる人々の混乱と暴走は、他を巻き込んで酷い状態です。

 お陰で疾走する車いすも、妖精のラフィラメルトも目立たずに済んでいますが…巻き添えになった人達には申し訳なく思うと同時に、結果的に利用している罪悪感が襲ってきます。

 私達とは違ってあの子は最高に目立っています。

 破壊と混乱と血と涙を招く、災厄扱いで。

 こんな事件を巻き起こしてしまえば、今後のあの子の立場も最悪となるでしょう。

 正に社会的な死。王都での再起は不能でしょうね。

 あの子も、あの子の立場上の上司も立場を悪くしてしまうでしょう。

 『人間』の中枢に食い込んで魔族を虐げるという、あの子の悪趣味な計画は台無しになりましたが…こんな惨事を引き起こすほど、あの子が理性を失っていることに涙が。

 何というか…本当にごめんなさい。

 考え無しのあの子を生み出し、育てたのは私です。

 本来、あの子の行いの全てに責任を持つべきは、私なのです。

 あの子が周囲に迷惑を掛けているのかと思うと、胸と胃が大変なことになります。痛みで。

 同時に、そんなに私を…私があげた仮面を大事にしていたのかと、嬉しさと申し訳なさを感じている訳で。その仮面を粉微塵の修復不可能レベルで壊させたことに胸が痛む訳で。

 これからやろうとしている事の、その鬼畜さを思い…一層、罪悪感が強くなりました。

「穀物神様ー、そんな、自分で言っちゃうほど鬼畜でもないって」

「いいえ、私は私を大事に慕ってくれている、あの子の気持ちを踏み躙ろうとしているのです」

「悲愴な顔してるとこ悪いんだけどさ、踏みにじられる様なことする方が悪いって、人生経験僅かの僕でも分かるよ。やりすぎた奴には、いきすぎたお仕置きをするモノだよ」

「ラフィラメルト…今度、常識と良識について一緒にお話ししましょうね」

「それはリンネおねぇちゃんとしたいかな。僕としては、穀物神様は温いと思うけどね」

「そうですか…?」

「でも、ソレがあの変態仮面には大変有効みたいだから、精神にクるやり方の有用性は認めるよ! 僕はもっとえげつない方法でも一向に構わないと思うけどね!」

「貴方…散々狙い撃ちにされて、苛立ってますね…?」

「殺されかけて寛容になれる幼子はいないと思うよ!」

 ラフィラメルトは、とても輝く笑顔でそう言うのですが…

 何故でしょう。

 顔はとても笑顔なのに…何やら、寒気を感じます。

 これが幼子の笑顔でしょうか?

 まだ生まれて一年も経たないのに、ラフィラメルトの笑顔には黒い含みを感じました。

 それを育てる要因に、自分とあの子がなってしまったのかと思うと…

 ラフィラメルトの将来が、何やら心配でなりませんでした。

 特に、将来的には私がその身柄を引き受けると、前もって契約が成されている分。

 私が苦い思いを噛み締めていると、ラフィラメルトはそれにしても、と呟きました。

「それにしても、あの変態仮面…穀物神様に一向に気付かないね」

「………」

「穀物神様、直接一目会ったが最後、正体がばれるって警戒して避けてたのに…」

「……………」

「こんなことになって、結構仮面も穀物神様見てるのに」

「………ラフィラメルト」

「その位、頭に血が上ってるんだろうけど。姿が違うとはいえ、自分の御主人が分からなくなるくらい見境をなくしちゃってるなんて、神様失格じゃない?」

「………言葉もありません」

 躊躇いなく、ずばずばと心を刺す発言を続けるのも問題です。

 ぐっさぐっさと精神的ダメージを受けた私は、虚ろな笑いしかできませんでした。


 私の与えた仮面を破壊されて、見境を無くした、あの子。

 私の描いた絵を見て動揺し、攻撃を躊躇ったという、あの子。

 もしかしたら私の描いた絵に、同族意識や愛着でも持っているのかも知れません。

 でも恐らく、それだけではないのでしょう。

 あの子は本当に、私を親の様に慕い、私の描いた絵を大切にしたいと思ってくれたのです。

 あの子がそんなにも私を慕い、私の創作物への手だしを躊躇うというのなら。

 ならばソレを利用するのが、多分きっと、私の打てる手としては一番効果的なのでしょう。

 だから私は決めたのです。

 見境を無くしたとはいえ、あの子はまだ最後の理性を残している。

 あの子はまだ、『神として』の力を行使していない。

 でもそれでは困ります。

 あの子が本当に暴走して、地上で『神』である身を示してくれないと。

 そうしないと、他の神はあの子を回収に来られません。あの子を止められません。

 だからあの子をもっと怒らせないと。

 あの子が周囲を忘れ、己の状況も忘れて『神の力』を振る舞ってくれないと。

 それをさせる為に、私はリンネさんにお願いをしたのです。 

 私の部屋にある、私の描いた絵の束を持ってきて下さいと。

 それをあの子の目の前で、悪意を持ってビリビリに契り捨て、踏み躙れば…

 きっと、それで効果は出ると私は信じています。

 効果が出ると同時に、私の『人間』としての身体は死ぬでしょうけれど。

 他の誰かにやって貰ったら、その方が消滅させられてしまいますからね。

 私でしたら死んでも大丈夫ですから。

 私の魂は『神』ですからね。肉体を失っても、魂が死ぬことはありません。

 復活するまで、あの子を抑制し、諫めることができないのは不安ですが…

 そこは天界の神達が上手くやってくれると信じて、私はできることをやりましょう。

 ひとまずは、リンネさんと合流しましょう。

 今となっては持っているだけで危うい危険物(絵)を回収しなければ。


 …と、気を急かしていたのです。

 本当の本当に、リンネさんを巻き込むつもりは…不可抗力で巻き込みましたが、それでも、リンネさんを苦しめたり傷つけたり、痛い思いをさせるつもりはありませんでした。

 罪もなく、穢れない地上の乙女を危険な目に遭わせたいなど…私は思いません。

 だというのに。

 私が危険な役目を頼んだばっかりに。

 しっかりと、残念ながらしっかりと巻き込んでしまったのですね。

 苦しめるつもりは、本当の本当に僅かなりと無かったのに…

 ほんの少し、私が早く到着できていれば。

 彼女から、危険物(絵)を回収できたというのに。

 返す返すも忌まわしき、この自由の利かない身体。杖がなければ動かない両足。

 事が起きた後で幾ら悔やみ、も下を考えたとしても、それらは統べて意味を成さない。

 そんなこと、分かっているのに。

 それでも申し訳なさと、冷や汗の滝の中、思わずにはいられません。

 やってしまった--と。


 絵の束を抱えるリンネさんを一目見て、激昂したあの子。

 私は間に合わなかった。

 私を殺そうと先回りしたあの子に、リンネさんは先に見つかってしまった。

 リンネさんも警戒していたのでしょうが…彼女は事情を知らなかったから。

 私が注意しておけば、よかったのに。

 彼女は身を隠すこともなく、手には堂々と私の描いた絵を抱えていたから。

 私の創作物を決して見誤らないあの子に、一連の出来事の真犯人と決めつけられて。

 そうして、攻撃された。

 あの子の接近に気付いてもいなかったリンネさんには、きっとあっと言う間の出来事。

 彼女の意識に登るより先に、あの子の『神の力』が僕は伝手樹に高まり…周囲を覆った。

 中心にいるのは、あの子が消そうとしたのは。

 何も知らないまま、ただ言われた通り、四阿で私を待っていたリンネさん。

 きっと彼女は、自分でも気づかないうちに命を落としたでしょう。

 それくらいに呆気なく、あっと言う間のことでした。

 瞬間、四阿ごと…庭ごと、空間が弾け飛んだのですから。

 だから私は思いました。

 リンネさんが死んでしまった。

 『神の力』という圧倒的な圧力で、消滅したと。

 それが誤りであり、彼女の生存を知ったのは、その直ぐ後でした。

 あの子の放った光が消えるより早く、世界が闇に包まれたのです。

 それは私が待ちに待った、あの子を回収してくれる『神』の訪いを意味していました。



 目の前に浮かぶのは、見事な銀月の真円。

 昼であったはずの時間帯。一瞬で夜に包まれた世界。

 いきなり降りた夜の帳は、人柱の神の光臨を示していた。

 魔族の祖、夜と月の神。

 その腕に、命を失いかけた魔族の少女を抱きかかえて、其処にいる。

 ああ、間一髪です…

 リンネさんを心配してか、夜の神はきっと此処の様子を窺っていたに違いありません。

 あの子を連れ戻す口実を得る為、あの子が神だと正体を晒すのを待っていたのでしょう。

 そうして、命を落とすところだった己の民を咄嗟に救った。

 その腕に保護し、あの子の攻撃から守ったのでしょう。

 夜の神は、とても魔族(こども)思いですから…

 同時に思いました。

 夜の神があんなに大切にしている魔族に、直接手を下そうとしたあの子の未来を…

 ………終わったな、と。


 空に浮いた身体。高みから見下ろす視線。冷たく、鋭い殺気。

「地上に不相応な干渉を行おうとした、馬鹿な案山子はどこだ?」

 漆黒の髪を風に舞わせ、満月の瞳で夜の神は地を睥睨する。

 矮小な者達を…神の端くれたる案山子神をも冷たい瞳で蔑むのは、夜の神の怒りによる。

 案山子神に対する、夜の神の怒り。

 何故、我が民に危害を加えたのかという声が、瞳の奧から響いてくる様だった。

 ああ、本気で怒ってる。

 それに気付いただけで私は逃げたくなりました。

 でも逃げられません。

 これから、私はきっと見守ることになるのでしょう。

 即ち、魔族(こども)に手を出されて激怒している、夜の神による私刑を…

 がっちりとあの子を捉えた夜の神の瞳の奧に、本気の殺意を見た気がしました。


 


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