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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
眠りに落ちても目を開けて
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73.私は混乱のただ中で





 迫り来る魔族の恐怖に、『人間』の国全体が怯えている。

 逃げる場所の当てがあるのか否かは分からないけれど、より遠くに逃げようとする者は多い。

 そういった離脱者の連ねる列は、魔族の脅威を目の前とする北から続き、南へと延びる。

 王宮からも人が少しずつ姿を消していく。

 虚栄心にまみれ、小心者から消えていく。

 だから今、王宮に残っているのは本当に胆力と実力を備えた者ばかりだとか。

 …本当に現実を見据えられない、現状を理解できない本物の愚者も残っているけれど。

 現在、王宮内の人事はとても極端なことになっていた。


 だけどそんな連中は私には関わりなきこと。

 私は何処吹く風という様子で平然としていた。

 自分の問題を打開しようにも有効な打つ手を得られない現状に、心秘かに嘆きながら。

 いっそのこと仲間達が王都まで進撃してくれたら、合流しやすいんじゃないか。

 不満の募る身辺に荒んだ心で、ぼうっとそう思う時がある。

 実際にそんな事態になろうものなら、私にもどんな被害が及ぶか…

 一応、まだ魔族だと言うだけで問答無用に排斥されるほどにはなっていない。

 『奴隷』として自由を奪われていれば、という注釈はつくけれど。

 相も変わらず、私は物扱いを受けている。

 王女は別。あの人は、本当に思いやりを持っているので私に同情的だ。

 それでも「いっそ捕らえた『奴隷』共を人質に」なんて馬鹿貴族達の質の悪い発言を聞く度、私は現状打開の一手を探して焦燥感を募らせる。もし見つけても、私には何もできないとわかってはいるけれど。

 もうこの際、王女に無理を言って脱走しまっても良いんじゃないだろうか…

 未だ、王女の発言権には微妙な揺らぎがあり、彼女の力も及ばないことが多いのだけど。


 王族達は権威と虚勢で生きている部分がある。

 そんなんだから、切羽詰まった状況になっても王宮を脱走できないという不条理に囚われる。

 別に他種族を食い物としか見ていない貴族や国王達がどうなろうと知ったことではないよ。

 それでも、巻き添えで王宮を離れられない…まだ不自由の残る足で、いざという時に逃走しようにも支障を来す…そんな王女のことだけは、不安で心配だ。

 元々親しみやすい相手ではあったのだけど、彼女とは既に一月以上一緒にいる。

 その間、毎日、日中は片時も離れず側にいた。

 愛着と供に、情が湧いてしまっている。

 どんな酷い状況になっても、彼女だけは無事であればと私は儚い願いを持つ様になっていた。



 そんな環境の中で、あの仮面は一体何を企んでいるのか…

 何やら良からぬ事を画策している事はうっすら感じとっていたけれど。

 …仮面が関わる以上、私にも火の粉が及ぶのか。

 あの仮面が私をどういう形で利用しようとするのか…私には計れないから、不安になる。

 それに憂鬱となりながら、仮面をどうやって妨害したものか頭が痛い。

 『人間』達なんてどうなっても構いはしない。

 だけどそれが魔族にも影響を及ぼすのかと思うと…

 いっそのこと、差し違えてでも仮面を巻き込んで心中を試みるべきかも知れない。

 実行したところで仮面が傷つくかも分からないし、殺せるかどうかは分からなかったけれど。




 先に不安しか覚えない現状で、私が仮面の動向を警戒している頃にソレは起きた。

 え、何この状況?

 っていうか、本当にアレなに?

 私の感想第一声は、声にならなかったけれどそんな感じで。

 王女様の日々の日課、歩行訓練としての散歩に私は付き添っていた。

 王宮内は乱れに乱れていて、それでも不気味な静けさが普段は支配している。

 その筈なのに、この日は何だか騒がしかった。

 後から思えば、そこからして先ずおかしかったのだ。

 遙か前方、不可解な現象が私の目を奪う。

 弾け、迸り、飛び交うのは一撃一撃が酷く強力であることを窺わせる、破壊の魔法。

 手の平ほどの大きさから、私の頭ほどの大きさまで。

 凄まじいばかりの力が凝縮され、その一つ一つに必殺の力を感じる。

 なんでこんな日中の、王宮なんて場所で、あんな物騒な…

 可視できる力の迸りは、戦場で見る様な魔族の魔法よりも威力が高い。

 戦闘能力に適正のない私でも、力の大きさを測ることはできる。

 ただ、目の前のアレは…力が大きすぎて、私にもどれだけ大きいのかが計れない。

 まるで災厄が巫山戯て走り抜けようとしている様な、非常識なアレ。

 私は本気で、目の前で何が起きているのか理解できなかった。

 ただ、洒落にならない殺意の固まりを目に見える形へと具現させ、周囲に破壊を撒き散らしながら爆走する、ナニか。チラチラと煌めく光を追って、疾走する男。

 人とは思えぬ恐ろしい速度で、何かが爆走している。

 ソレを目にして、私はナニをして要るんだと叫びたくなった。

 だって、走っているそのナニかが…何となく、知っている相手に思えたからだ。

 知っているというか…アレ、仮面だよ。

 仮面がないと本人か今一自信が持てないが--どうやら私は、あの男を仮面の有無で判別していたらしい。仮面がなければどれだけ同一人物に見えようと、別人に思える。

 --推定、仮面は他のモノなど目に入らないと言った気狂いじみた形相で、ナニか小さなモノを追いかけ続けている。その何かが、何だかどことなく見覚えがある様に思えるのは…気のせいだと逃避してしまいたい。

 人目を避けて隠れているはずの妖精()の子が、どうして…

 ズキリとした頭痛と、目も眩む眩暈。

 私の頭が、目の前の光景の理解を拒んでいた。

 どうにも受け入れたくない現実を前に、私の思考が停止する。

 だから王女様に及ぼうとした災禍に対して…咄嗟に防御魔法を発動させたのは、本当に反射みたいなモノで。私自身の身を守ろうという、神器の防衛機能も後押しをしたのだろう。

 死ぬと思った一瞬後に、自分が五体満足であることに気付いた時は、乾いた笑いしか出てこなかった。首の皮が繋がったと言うよりも…死を、ただ単に先延ばしにしただけの様な危機感。自分の行動で死を不正だという事実への、薄く実感の持てない現実感。

 思考停止しかけていたところに、自分の行動が更なる混乱を招いた。

 完全に自分では身動きできなくなった私を引っ張り、救ってくれたのは…

 私が労り、多くの者に守られ、庇護されるべき王女様だった。



 王女様に謎の秘密通路へ引っ張り込まれ、頼まれた内容の奇妙さ。

 彼女のお願いは、私にはよく分からないモノだったけれど。 

 思考が未だ、上手く働かない。

 そんな状況にあると、他者に指示を与えられ、行動を決められるのが楽に感じる。

 いつもは私が仲間に指示を与える側だから、とても新鮮に感じた。

 現状の把握もできて折らず、起こすべき行動も理解できていない。

 そんな頼りない自分は、ここ最近では随分と馴染んでしまった。

 以前の私は、こうではなかったと思うのに…

 私を支えてくれた仲間達と、励ましてくれたアイツ。

 その存在がないと、私はこんなにも頼りない。

 そんな自分に気付いて、更に呆然としながらも、私は与えられた指示に従っていた。

 確信を持って私に頼み事をした王女様。

 少なくとも、彼女は私よりも現状を把握していると思ったから。

 私よりも多くを知る王女が、現状を打開する為に必要と思ったこと。

 自分のやるべき事が見えない私は、素直に従う以外に、やるべき事が見えなかった。





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