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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
眠りに落ちても目を開けて
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ゴールは穀物神



 遠くの方から、光を撒き散らしながら向かってくるモノがあります。

 物凄い勢いです。

 速度が速すぎて、真っ正面から向かってくるのにぶれて見えます。

 何が向かってきているのか…もうちょっと動体視力、鍛えた方が良いでしょうか。

 あ、確認できました。


「……………」


 そっと目を逸らしてみましたけれど、現実は変わってくれませんよね。

 逸らすだけ無駄な現実に、ちょっと涙が出そうになりました。

「王女様…あれ、なんですかね」

 私の隣で、リンネさんも虚ろな目をしています。

 乾いた笑いは、受け入れがたい光景に対する拒絶でしょうか。

 私以上に彼女の方が、何やら精神的ダメージが大きそうでした。


 遙か前方。一直線に、此方を目指す速すぎる何か。

 煌めく光を撒き散らしながら向かってくるのは、ラフィラメルトと見慣れぬ青年。

 飛び交う火球や雷光が、バチバチ弾けて眩いばかりです。まるで火花みたいですね。

 あの青年が、きっと私の作った仮面を大切にしてくれていた、『あの子』なのでしょう。

 今、彼は血相を変え、殺意と憎悪に染まった目を血走らせています。

 ………天界にいた頃、否、あの子をこの世に作り出して以来、初めて見る形相です。

 私の作った仮面を壊された事への怒りから、何でしょうけれど…

 嬉しく思うべきか、困惑するべきか…ですが本音を言ってしまえば、引いています。

 正直言って、凄く恐いです。

 我が子といっても言い部下の凄まじい顔に、私は本気で怯えそうになりました。

 ついつい身体が萎縮してしまうのは、ただの反射ですよ? ええ、反射なんです。

 あんな鬼の様な顔でラフィラメルトを追跡していると言うことは、私が依頼したお願い事が、無事に達成されたということ。 良いことの筈なんですが…何と言いましょうか。

 計画通りなんですけれど、計画通り過ぎて『あの子』が単純にしか見えません…。


 計画を遂行するという意味では、良いことなんです。

 ですが『あの子』の殺意に染まった形相を見ると…禁忌に触れてしまった気がします。

 予想はしていましたが、あまりの怒り様に脂汗が出てきそうです。

 あの状態のあの子に追われて、加護を与えてあるとはいえ、五体満足のラフィラメルト。

 嗾けた私が言うのも酷いとは思いますが、よくぞ無事であれたものです。

 私が思っていたよりも、ラフィラメルトの能力値は高いのかも知れません。

 これは、未来での話とはいえ、部下にする約束は良案だったのかも知れません。

 ええ。得をしたみたいです。


 ……………


 ふふふ…現実逃避、ですかね。

 私に向かってくる彼等の姿は、どんどん接近してきます。当然ですが。

 3秒前は針の先程の大きさだったんですよ?

 なのに今では、姿がはっきり目視できるんです。ええ、表情や目線の行方まで。

 どうしましょうね。思いっきり逃げたいです。

 このままだと私に激突しそうな勢いなんですけれど。

 あれがぶち当たったら、私は確実に大惨事ですよ。

 事を成した時、彼等が私を目的に向かってくるのは分かっていました。

 けれど実際にそうなると、逃げたくて仕方がないのだから、私は身勝手ですね。

「王女様、アレ、なんだか見覚えが…あ、あるんですけれど、その…」

 隣で、リンネさんの顔がどんどん青ざめていきます。

 当然ですね。

 ラフィラメルトはともかく、私と『あの子』の関係を彼女は知らないのですから。

 きっと彼女は、あの現象について脳内で私と『あの子』を結びつけられないでしょう。

 そうなると私が彼等の目的地とも知らない訳です。

 リンネさんは彼が向かってくるのは偶然か、自分が原因と思うでしょう。

 原因は、私なのですが…。

 私のせいで彼女が何も知らぬまま、その無垢な胸を痛めているのかと思うと…

 申し訳ないのもあります。騙している様な気がして罪悪感も募ります。

 こんなどうしようもない私は、もういっそ五体倒置で平謝りした方が良いでしょうか。


 こんなどうしようもない私に考慮することなく、世界は回ります。

「た、助けて下さいぃぃぃっ」

 ああ、ラフィラメルト…あんなに、涙を撒き散らして。

 ぼたぼた涙を流しながら、ラフィラメルトが私の胸に飛び込みます。

 ついで間を置かず、飛来する手加減無用な無尽蔵の攻撃。

 おや、私ごと殺す気ですか?

 『人間』として潜伏している現在、立場的には『あの子』も『人間』です。

 それが自国の王女を何の躊躇もなく平然と、攻撃に巻き込もうとは。

 狙い通り、大分理性が突き崩されているようです。

 それ程までに怒ってくれて、有難うと言うべきか、呆れるべきか、涙するべきか。

 ごめんなさい。

 貴方が大事に思ってくれていることを知っていて、敢えて貴方の仮面を割りました。

 私は酷いご主人様ですね? 申し訳なく思いますが、反省も後悔もありません。

 予想外なことは、『あの子』がまだ、見境なく爆発していないこと。

 無差別攻撃に走るかと思っていたんですけどね…王宮を壊す勢いで。

 だけど、そのターゲットは実行犯のラフィラメルトを焦点としているようです。

 まずいですね。

 そんなことを悠長に思っている間に、攻撃が被弾しそうです。

 さて、『か弱い王女様』としては、今ここでどう振る舞うべきか…

「危ないっ!!」

 私がどう行動したモノかと逡巡していると、隣で切羽詰まったリンネさんの声。

 有難う御座います。貴女がいましたね。

 攻撃系の魔法はからっきしだと言う彼女ですが、どうやら防御系は備えていた様です。

 それも夜の神の厚い加護と過剰魔力、加えて神器の後押しもあります。

 加護と神器という形で最上位に近い神の威光を得ている彼女。

 そんな彼女は、自覚無しに低確率で小さな奇跡を起こします。

 下級神に分類される『あの子』の攻撃も、瞬間的なものですが、圧倒できるでしょう。

「………」

 ええ、やはり。

 私の想像した通り、危険を察知した神器が後押しとなったようです。

 神器には、持ち主を守ろうとする性質がありますからね。

 側にアレが的中したら、リンネさんも巻き添えですから。


 咄嗟にリンネさんの張った結界に、『あの子』の攻撃は全て被弾。例外なく阻まれました。

 結界に弾かれながらも破裂した攻撃が、無害な煙を辺り一帯に撒き散らします。

 何かが焦げた苦い匂いが、鼻の奥を刺激します。

 …巻き添えで、周囲に盛大な焦げ後が広がっていますね。煙で良く見えませんが。

 此処は王宮の中庭に面した外廊なんですが…壁と庭の修繕費、どこから工面しましょう。

 調度品も勿体ないですが、植物が燃えているのが悲しいですね。復活できるでしょうか。

「い、一体何が…」

 煙に「こほこほっ」と咳き込みながら、未だ状況が掴めずにいるらしいリンネさんが呻きます。

 ああっと、いつまでも此処にいる訳にはいきませんね。

 放っておいたら巻き添えを出して、二次災害が広がってしまいそうです。

 普段から大変なリンネさんを更なる試練に突き落とすのは本意ではありません。

 これ以上、彼女が『あの子』の被害に遭う様なことがあれば…幾ら謝っても足りませんね?

 私は心の平安と身体的な安心の為に、急いでリンネさんの腕を掴みました。

「リンネさんっ 急いで私に従って下さい!」

「え?」

「早く!」

「え、え、え?」

 リンネさんが冷静な判断を取り戻す、若しくは状況を理解する前に、彼女を安全圏に退避させるべきでしょう。私は彼女の腕を引っ張って、急いで身を翻しました。

 此処が秘密の扉の側で良かった。

 私は煙で周囲一体が覆われ、視界が効かないのを良いことに、緊急避難を試みました。

 飛び込んだのは、この王宮の壁と壁の間を縦横無尽に駈け回る、隠し通路の中です。

 王女という身分に生まれた故に、私は王宮の隠し通路を網羅しています。

 その経路は愚か、存在を知る者は王宮内でも一握りです。

 噂程度に聞いたことがある者はいるでしょうが…所詮噂の域。

 実際を知る者の中に『あの子』が含まれていないのは、想定済みです。

 私は鬼と化したあの子から身を隠す為、リンネさんの身体を抱きしめて息を殺しました。

 特徴的で探りやすい妖精の気配を、私の魔力で包み、遮断するのも忘れません。

 私の魔力事態は大きすぎる故、王宮自体を覆う様に巡っており、中心地は計れません。

 リンネさんの存在がちょっと不安ですが…神器の存在感は大きすぎて、私ではどうしようもないですからね。頭に血の上った『あの子』の頭がそこまで回らないと良いのですが。

 元々一心不乱にラフィラメルトを追っていたので、私やリンネさんのことは眼中になかったのでしょう。視線に入っていない者を、敢えて今探そうとはしないと思います。

 こっそり窺うと、『あの子』は姿を見失ったラフィラメルトを血眼になって探している所でした。あの子のあの執念深い姿を見ると、変わっていないと残念に思います。落胆です。

 さて、これからどうしましょうか。


「(穀物神様、もう充分なんじゃないの?)」

 ひっそりこっそりと、私の懐からラフィラメルトが声を掛けてきます。

 その質問の意図は、天から回収に神が来るほど、『あの子』が暴れたかの確認ですね。

 目を白黒させているリンネさんに聞かれると不都合なので、私もこっそり小声になります。

「(いいえ、まだでしょう。まだ、彼は『人間』の範疇を逸脱していない)」

「(え~…? 本当に?)」

 まだまだあの状態で留まっている様では、天から諫める為に神が来ることもないでしょう。

 もしかしたら派手に暴れて、既に存在だけはばれているカかもしれません。

 ですが『あの子』は『人間』として活動し、その存在を明確に下界へ刻みつけています。

 形だけであろうと『人間』としての他者に認識されてい『あの子』がいきなり姿を消しては、不審がる者もいるでしょう。きっと『人間』の知人も多いはず。

 こうなるともう、本当に『人間』の範疇を逸脱してくれないと神だって慎重になります。

 夜の神なら速攻で来ると思ったのですが…多分、様子を見ろと日女神様から羽交い締めにされていることでしょう。彼も頭に血が上ると見境無いですからね。


 この危うい状況を打開する為には、やはり『あの子』に更に怒って貰う必要があります。

 そうしてたがを外し、理性を見失って暴走して貰わなければ…

 その為には、何をしたら良いでしょう?

「……………」

 ………うん。やっぱり、手段は限られていますね。

 今のままでは不十分。なれば、今以上に怒らせるしかないでしょう。

 周囲にもたらされる大惨事を、想像するととても恐く思いますが。

 さて、アレを今以上に怒らせるとなれば、何をしたら効果的でしょうか?

 あの子が怒る様な内容で、今の私ができることと言えば…


 …やっぱり、アレが手っ取り早いでしょうか


「リンネさん、一つお願いがあるのです」


 私は素早い移動ができない、ラフィラメルトは単独行動すれば狙い撃ち。

 そういった此処の事情を鑑みてみれば、必然的に行動可能なのはリンネさんだけで。

 私は打開策を求めて焦りを滲ませたまま、咄嗟に思いついた『良案』を口にします。

 きっとそれは、リンネさんには理解できないお願いだったでしょう。

 今この場の状況で、お願いした内容の意味など、きっと分かっていないでしょう。

 それでも私にできる最上の真剣さを込めて、リンネさんに一所懸命お願いしていました。


「お願いします。私達全員の命を守る為でもあります」

「お、王女様…」

「リンネさんにしか、できないことなんです」


 きっと私は縋る様な目で見ていたのでしょうね。

 断り切れないと、困った彼女の目が言っていました。

 思わずリンネさんにしがみついた私の手を震える手で握り、ぎゅっと力を込めてくれます。

 まるで、私を励ます様に。私の願いへの、返事の様に。

 彼女は緊張の面持ちで固く顔を強張らせたまま、黙って頷いてくれたのです。


「お願いした品は、私の私室にあります。書き物机の上の紙束がそうです」

「それを、お持ちすれば良いのですね?」

「ええ、それでは後で落ち合いましょう」

「今日の散歩の目的地…それが、落ち合う場所で間違いないですね?」

「はい。呉々も気をつけて、幸運を祈ります」

「王女様も、どうかお気を付けて」

 

 そう、互いに幸運を祈り、声を掛け合って。

 私とリンネさんは、こうして別れたのです。

 まさかこれが、リンネさんと直接交わす最後の言葉になるなんて…

 私は半ばそうなる懸念を抱いていながら、実際に最後だとは思っていませんでした。





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