72.彼女は豊穣の王女と呼ばれるにいたる
王女が妖精の子を芽生えさせてから、暫く。
彼女はもう、病んだか弱い姫とは呼ばれなくなっていた。
杖を使い、頼りなくだけど自力で立って、歩くこともできる。
誰にも制限されることなく、お供を連れてだけど、散策も自由。
といっても、時間制限を設けた上で…だけれど。
時間を気にせずに過ごせるほどには、周囲の心配も薄れていない。
彼女が寝室を出る度、その身を案じた周囲はあたふたと慌てるのだ。
それをちょっとばかり愉快だと、私が感じているのは王女との秘密で。
何にせよ、王女は既に寝室に閉じこもりがちの、いつ死ぬとも知れぬ存在ではない。
彼女は毎日、私を連れて庭園を散策し--
そうして、気付けば、彼女は『豊穣の王女』と呼ばれる様になっていた。
原因は、至って単純なこと。
私が唆し、妖精のラフィラメルトが協力した。
あの小さな妖精が調整した薔薇は、魔力を吸い取って巨大化していく。
有り余る魔力を発散させる手段として、植物を強引に成長させていく姿。
彼女が手をかざすだけで、植えたばかりの薔薇がめきめきと巨大に育っていく。
それは、本当に魔力を発散する為だけの行為だったけれど。
魔力を消費し、損なわれていた健康を取り戻していく王女。
だけど傍目には、事情を知らない者達には、それは分からない。
死を待つしかなかったはずの王女が回復し、植物を育てる能力を獲得した。
見ていた『人間』は、きっとそう解釈したのだろう。
その事実が、ただのリハビリに等しい行為だとしても。
その姿を見て、王宮の『人間』達が噂し始めたのだ。
彼女の植物を大きくするという姿に、そう言う能力を神から授かったのだろうと。
『人間』は太陽を信仰しているが、元々は豊穣を司る穀物神に創造された民。
植物を育てる能力は、彼等の祖神に通ずるモノと誰もが考えるだろう。
たった一月足らず。
僅かな短い、これだけの時間で。
いつの間にか王女は穀物神の化身とまで呼ばれる様になっていた。
信仰心厚い人々の崇拝が、日に日に寄せられていく。
彼女の地位と足場はいつの間にか盤石で。
彼女を崇拝する信者と、植物を育てる能力を穀物に適応させることで利益を計算する者達。
それらの欲と打算と狂信が混じった支持者達が、いつしかそれなりの派閥になって。
彼女の次期王位は、寝たきりだった以前と比べて具体的なモノになりつつあった。
それと同時に、敵対派閥からの暗殺未遂も増えたらしいが。
神殿に入り、神官として神に身を捧げるべきでは、という声も少なからずあるらしいが。
そんなことは私達の気にするべきことではない。
『人間』の王女や仮面の男が難しい顔をしている姿を見る機会も増えた。
だけど魔族の私と、妖精の子は、『人間』の政治に関わる気などない。
例え、利用はされようとも。
平穏な外見を纏った、不穏な日々が過ぎていく。
何にせよ、王女の人生に置ける選択の幅は、死にかけていた頃に比べると大きい。
選べるというだけで、その大きさは計り知れないと王女は言う。
何だか達観したことを言うと思ったが、死の気配と近しくいたので仕方がないのだろう。
どんなことになっても、彼女のことは何だか応援したいと思った。
ぎりぎりと緊張感を増していく、毎日。
政治が絡むと、『人間』は本当に鬱陶しい。
私の毎日を侵蝕する、深いな出来事も多い。
何より、何が気に入らないのか苛々している仮面の男が鬱陶しい。
あの男に何か意趣返しをしてやろうかと、秘かに企んで私は鬱積を紛らわせる。
未だに、此処から脱走する目処は立たない。
王女はなるべく協力してくれると言うけれど。
ええ、充分に恩は売りましたから。
恩返しという意図を交え、王女は私の境遇へ同情と協力を示してくれた。
心強い味方ができたので、そこは満足している。
彼女がもう少し元気に動ける様になれば、機会も巡ってくるだろうか…
あの仮面の男の追求を簡単に抜けられるとは思えないけれど。
私が王女の供として行動する分には、仮面の男も口を挟めない。
権力って素敵。
仮面の男よりも身分のある王女が協力的で、本当に有難い限りだ。
王女が王宮から出られる様になったら、外に脱出する協力をお願いしようかな…
そう思う様になっていた頃、それは起きた。
私が何よりも気に掛けていたアイツの、思わぬ近況が耳に入る。
『人間』達の騒然とした、鋭い緊迫感とともに。
--魔族の侵攻が近くまで迫っているって、どういうことですか…?
やり手の仲間達の顔が、脳裏に巡っていく。
彼等の勢力は『人間』の領域…
かつて『人間』達が最初に国を建てた時の、その国境線近くまで迫っていたらしい。
それはつまり、かつて私達の先祖が追われた地の殆どを取り戻したと言うことで。
いつの間にそんなに力を付けていたのかと、私は本心から驚いていた。
土地を取り戻したにも関わらず、その侵攻が勢いを緩めていないという事実にも、また。
私は仲間達の情報で驚くことばかりを告げられて、頭が真っ白になっていた。
だけど何よりも驚いたのは、アイツのこと。
アイツが、血も涙も忘れた非道な悪魔の様に振る舞っているらしい。
…何かの冗談だろうか。
そして何故か、アイツは魔王と呼ばれる様になっているとか。
え? 本当に何その冗談。
反抗期すらなかった、間が抜けてて馬鹿で単純な、アイツが『魔王』?
太陽みたいなアイツに、その呼び名があまりに似合わなすぎて…
その知らせを受けた時、私は思わず本気で笑ってしまったのだった。
王宮の中を、今までよりも更に増した緊張感と不安が覆っていく。
それでも魔族など大したことはないと豪語する愚者もいるけれど。
次第に居心地の悪くなっていく王宮の中、王女が私のみを案じて気を遣ってくれる。
そんな中で、私はどうやって皆に合流しようかと、そればかりを考えていた。
リンネさんはご存知ありませんが…
グター君の凄まじい荒みぶり絶賛継続中。
リンネさんが見たら、真顔で「だれ?」という勢いで快進撃中。




