王女と妖精の子
-- リンネの去った後の、王女の寝室にて --
王女は小さな妖精と二人向き合い、こっそりと秘密の頼み事をする。
「ラフィラメルト、貴方にお願いがあるのですが…」
躊躇いがちに口籠もる王女に、生まれたばかりの妖精は、何故か呆れ顔で。
「いいよ」
「いいよ…って、そんなに気軽に一つ返事で…」
「気負う必要ないでしょ。王女様、できない様な無茶をお願いする人なの?」
「いえ、それは…」
リンネの側にいた時とは異なり、妖精の子の無邪気さは何かを含んでいて。
無邪気ではあっても、無垢ではない。
まるで被っていた猫を脱ぎ去ったような。
そんな態度の微妙な変化に、王女は警戒されているのかと困り顔。
だけどむしろ、それは素を見せているのに近くて。
「僕を生まれさせたのも、何だかんだでこうして二人きりになったのも…」
小さな身体の胸を張り、妖精は王女に指を突きつける。
「リンネおねぇちゃんに言えない、秘密の頼み事をしたかったからじゃないの?」
そう言う妖精の子は、確信に満ちた表情をしていた。
まるで、満足そうに笑む猫の様な顔。
自分を見透かそうとするような妖精の言葉に、王女は苦笑を一つ。
そうですと、王女は殊勝に頷き…やがて腹を決めた。
「貴方に頼みたいことは、二つあります」
「二つ? 生後ゼロ日の幼子相手に、結構図々しいね」
「す、すみません…」
生後間もない幼子にやりこめられる弱腰王女は、気勢をそがれるばかり。
それでもなんとか、彼女は二つの頼みを口にした。
「頼みたいことの一つは、人捜しです」
「ふぅん? 誰を捜すにしても、コネも伝手もない僕は頼むに相応しくないんじゃない?」
「いえ、多分一目で分かる相手ですから…場所も、王宮内限定で探せる相手です」
「探して、という割に断定するね。本当は居場所知ってる?」
「そう言う訳ではありませんが…その者の目的を思えば、『人間』の中枢近くで何事か企んでいると思うのです。それに、リンネさんは夜の神の神器を持っていました。それを放っておく相手ではないと思うのです。ですので、きっとリンネさんの近くに居るはずだと思うのですが…」
そうして、王女が探してほしいと口にした相手は…
「貴方に探してほしい相手は、恐らく常にこの様な仮面を付けているはずです」
そう言って、王女は人相書きと思しき紙を枕の下から取り出すのだが…
人相書きを見る前から、「仮面」と聞いた時点で妖精の子には話の先が見えていた。
案の定、紙に書き込まれていた仮面は…リンネの視点越しに、何度も見慣れたモノだった。
その、複雑怪奇で妖しいデザイン。前衛的としか言い様のない人っぽい何かを模した顔。
「……………」
紙に描かれていた仮面のデザインをまじまじと見つめて、妖精の子はうんと一つ頷いた。
あの仮面だ。間違いない。
そう、あの、何か企んでますよーという空気を背負い、案山子神疑惑濃厚な。
駆け引きするに経験の足りない妖精の子は、直球勝負で言ってみた。
「案山子神なんて探させて、どうするつもり?」
「そう、案山子神…って、なんで知って居るんですか!?」
「その疑問はともかく、その仮面なら知ってるよ。リンネおねぇちゃんを引きずり回してちょろちょろしてるから。リンネおねぇちゃんを王宮に連れてきた張本人だよ、其奴」
「なっ…!?」
「それで? 案山子探させて、何をさせたいの? 疑問は置いて、先に要求聞かせてよ」
「…そうですね。貴方が彼の居場所を知っているというのなら、話も早くなります。貴方には、この仮面を叩き割ってほしいのですが…」
「………そんなことしたら、仮面の奴、激怒しない?」
「しますね」
「嫌だよ、僕! 今の僕のサイズなら、ぷちっと潰されても昇天しちゃうんだからね!?」
「無理を押して、頼みたいのです」
「無茶言わないでよ! さっき無茶は頼まないって言ったばかりなのに!」
「それでも、引き受けてほしいのです」
「絶対に、ヤダ!!」
背中の羽を広げ、威嚇する様に妖精は身を震わせる。
何が何でも嫌だという態度に、王女は懇願を続ける。
困り顔で頼み込んでくる少女を相手に、それでも妖精は頑なで。
「絶対に、絶対に、イヤ!!」
「ラフィラメルト…貴方、はっきりと物を言いますね」
「腹芸できるほどの経験はないからね。直球の方が話進めるのに都合良いんだよ」
「そ、そうですか…」
「だから、王女様もはっきり言いなよ。ここにリンネおねぇちゃんは居ないし、僕だって考え無しに告げ口する気はないよ。言った方が良い情報だったらばらすけど。僕だっておねぇちゃんに言えないことがあるし」
「君、生まれてみると随分と達者な性格してますね。意外性を感じてしまいます…」
「そう? 王女様…穀物神サマほどじゃないと言っておこうかな」
「……………」
「………」
「………」
何気ない調子で妖精の放った言葉に、王女が硬直した。
いきなり無遠慮に王女の秘密を暴露した妖精に、王女が身も心も凍り付いた。
その王女をじっと観察し、動きを松家達で妖精も沈黙する。
暫し、その場の空気は重く停滞していた。
それでもやがて、凍り付いていた王女も解凍する時が来る。
脳内で受けた衝撃が消化されたのか、王女の遅すぎる反応は唐突に始まった。
「穀…え? え、ええ!? なんで知って…って、はっ!?」
「あらら、自分で認めちゃったよ」
混乱におろおろと死線を彷徨わせ、無為に手をばたつかせる王女。
咄嗟に口走った言葉を捕らえ、妖精の子は肩を竦める。
「予想外に言質取れちゃった。やっぱり王女様、穀物神様だったんだね」
「な…なんで、貴方がそれを知って…?」
「僕、色々となくても良い余計な予備知識持ってるから」
「余計な予備知識? 確かに生まれたばかりだというのに、貴方は色々と知っていそうですが…それ以上、何を知って居るんです?」
「下界の民が知ってちゃいけない類のアレコレを、かな。文句は僕じゃなくて神器に言ってよ。僕は自我さえ芽生える前で、責任取れないからね」
「………空っぽの器同然の魂が、神器に触れてしまった影響…ですか」
「そうだよ。お陰でリンネおねぇちゃんに言えない情報知り過ぎちゃってて、困ってる」
そう言いつつも、妖精の子はあまり困った様には見えなかった。
妖精の子が予想以上に色々と知っていることを知り、王女は腹をくくった。
こうなれば、誤魔化しは無用。
協力を得る為にも、妖精の子に言うべきことを言わなければならないと。
自分が今ここにいる理由と、何を成そうとしているのか。
王女はそれらの説明を、順を追って妖精の子に話そうとしていた。




