表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
豊穣の王女
108/193

63.王女の寝室




 豪華な寝室。巨大な寝台。

 折り重なるクッションに埋もれる様にして、彼女はそこにいた。

 神秘的な眼差しの、浮世離れした少女。

 小さく華奢な身体は、運動と縁がない為か、驚くほどに細い。

 『人間』の年齢換算は、あまりよく分からないけれど。

 細く小さな彼女が、実年齢よりも幼く見えるのは、私にも分かる。

 儚いと言うよりも、脆そうと言う印象。

 あまりにも希薄な生命力が、彼女から『生きている』という印象を損なわせる。

 だけどそれに反して、眼差しは意思の力をはっきりと垣間見せる。

 何とも不思議な印象というのが、私の感じた印象で。

 病弱という噂の王女が、そこにいた。



 大きな寝台に埋もれる、小さな身体。

 力なく投げ出された病身は、動かない人形の様。

 王女は部屋に入ってきた私に目をやり、にっこりと微笑んだ。

 病気とは思えない、朗らかで穏やかな笑みだった。


 --ああ、心が何だか癒されるな。


 見ているだけで、ほっと落ち着く様な笑顔。

 とても、あたたかい。

 『奴隷』として売られてからというもの、縁の無かった温もりが其処にある。

 多分、錯覚だろうけど…何故だか、そう思わせるナニかがあった。

 ここ最近、常に目にしている笑顔がとても胡散臭い…

 得体の知れない仮面男のものだったから、余計にそう思うのかもしれない。

 ピリピリと、私を警戒する侍女さん達。 

 胡散臭そうに見てくる、女官さん達。

 彼女達が全身で王女を守ろうと毛を逆立てているのが分かる。

 でも、そうしたくなるのも分かる。

 未だ言葉すら交わしていないのに、分からずにはいられない。

 王女の全身から滲み出るのは、人徳だろうか。

 あの仮面男にはないモノだ。


 側にいるだけで和んでしまい、私はいつの間にか来室した理由を忘れていた。

 一番、重要なことだろうに。

「新しい、医術者の方ですか?」

 私の忘れていたことを、代わりに口にしたのは王女。

 彼女は、見知らぬ相手の訪問も慣れている様子で…私の目的も、よく知るようだった。

 私も正気を取り戻し、慌てて礼を取る。

「お休みの所、失礼致します。私は今回、王女様の治療の為、派遣されてきた者でリンネと申します。以後、お見知りおき下さいませ」

 種族が違い、風習が異なったとしても、他種の王族を敬う気持ちがない訳ではない。

 畏まりもしましょう。

 例え、それが敵対する相手たる、『人間』の王族であったとしても。

 礼儀知らずな振る舞いをすることを、私のプライドが許さなかったというのもあるけれど。

「丁寧に有難う。この様な態で申し訳ありませんが、よろしくお願い致します」

 王女とは思えないくらいに腰が低く、丁寧な言葉遣い。

 それでもくすくすと零れる笑みは軽やかで、精神に病んだ所は見られない。

 心だけは、本当に健やかな様で。

 それに対して、王女の身体は…

「それで私の身体ですけど…医術者様は、どう見立てられますか」

 ずばっと直球で、王女が聞いてくる。

 それに対して、私は言っても良い物かと口籠もるのみ。

 とは言っても、まだ碌に診察もしていない。

 この状態で診断なんてしようもないのだけれど…侍女、女官さん達の視線が怖すぎて、王女に近づくこともできない。この様子では、王女に指一本触れただけで「曲者!」とか言いそうだ。躊躇せず、衛兵を呼び寄せて私を強制排除するに違いない。

 恐ろしい被害妄想の様にも思ったが、女官さん達の恐ろしい視線を見るに、間違いない。


 そろりと女官さん達を見遣った私の視線に気付いたのだろう。

 王女は多分に苦笑の含まれた顔で、それでもそっと穏やかに女官達の親玉を呼び寄せた。

 一人だけ装束が他の女官と違い、あからさまに偉そうな風格を漂わせている。

 普段の私なら、逆らいたくない相手かもしれない。

 でも今は、ひたすらに王女のことを応援していた。

 きっと彼女は空気を読んで、あの怖いお姉様方・おばさま方を退室させてくれる。

 そう信じられる目配せを、私に王女の方から向けてきてくれたのだから。


 立つこともできないという王女は、寝台の上から侍女や女官達に命を下す。

「貴方達が其処にいては、医術者様が遠慮してしまいます。何かあればすぐに呼びますから、皆さんは下がっていてくれませんか。できれば、私の私室自体から」

「そんな…王女様!?」

 穏やかな顔ではっきりきっぱり言い切った王女に、女官は顔を青ざめさせる。

 まるで暗殺者と二人きりに、と言われた様な顔だ。

 彼女達の心情的には、そう変わらないのでしょうが。


 ちなみに王女の私室は、王女の応接室を入り口に、書斎、寝室という風に続く。

 他にもドアがあったので、それ以外にも併設された部屋があるかもしれない。

 それら全ての部屋をひっくるめて、「私室」と呼んでいるらしい。

 つまり今、この王女様は、自分の身に何があっても直ぐには伝わらない、誰も邪魔できない遠く…王女の私室隣にある、女官や侍女の控え室まで引っ込んでいる様に言った訳で。

 明確に、私と王女を二人きりにする様に言っている訳で。



 この王女様が何を考えているのか。

 何をしたいのか。

 私には全く分からなかったけれど。

 それでも王女は本当に女官も侍女も退室させてしまった。

 穏やかに、たおやかに。

 一見して優しげで御しやすく見えるのですが。

 柔らかく微笑んだまま、有無を言わせずに侍女や女官を一掃してしまった。

 おっとりとした言葉を数語交わしただけで、それをしてしまった王女。

 あんなに忠臣振りを発揮して、私に敵意を全開にしていた侍女も女官も。

 言葉を尽くしても、彼女に逆らえなかった。

 

 その様子を見るに、王女は一筋縄ではいかない相手なのではと…

 そう危惧しながらも、私は謎の不安を感じずにいられなかった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ