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国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
豊穣の王女
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61.案山子の神





 青い顔を引きつらせ、私は目の前を進む男の膝を蹴りたくて堪らない。

 今日も変わらず、男は自分の相貌を仮面で隠し、表情を窺わせない。

 だけどその雰囲気が、私の困惑を喜んでいる。

 この世で最も忌々しく、目障りな男。

 私は私の『御主人様』に、いつか意趣返しをしてやろうとどす黒い夢を夢想した。


 初めての王都で、一番に向かった場所が王城ですか。

 なんて難易度の高い。


 私は堅固な城の中、行き交う『人間』達とすれ違いながら歩く。

 どうしようもない孤独感は、身の内に潜む妖精の種でも慰めきれない。

 首にかけられた首輪と鎖が、屈辱でならない。

 相も変わらず使用人のお仕着せを着せられていることも。

 どうにも自由にできない我が身。

 この代償をどう支払って貰うべきか。

 私は神器を抱える腕に、ぎゅっと力を込めて怨嗟を高める。

 自由だった頃と比べ、平気で呪い殺せないかと考える自分は、随分と変わった気がした。




 私が仮面の男に連れてこられたのは、王城の奧。

 待合室の様な場でお茶を飲む男の仮面を、叩き割れないだろうか。

 真剣に思案する私に男が告げたのは、これから私が『やるべきこと』。

 勿論、男が勝手に決めた予定なのだけど。

 

 私はこれから、病床の身にある『王女』を癒さねばならないらしい。


 なにそれ。初耳なんですけど。

 そう言った私ににっこりと笑った気配と共に、男は「今、言いましたよ?」とのこと。

 私の隣で私よりも慌てふためくのは、男に振り回され気味な青年。

 彼は私が神器を手にする前に、男に意識を刈り取られていた。

 それからずっと虚ろな目をして、男の指示にずっと唯々諾々。

 その様子の変貌振りに、筆舌に尽くしがたい不気味さを感じていたのだけれど…

 どうやら服従していたのではなく、操作されていたらしい。

 意思の力を操作して洗脳するのは、里の友達が特異としていたけれど…

 『人間』とは思えない謎の力で、問答無用に精神をねじ伏せる。

 それを平然とやってしまう男は、やはり『人間』とは断定し難い。

 もしかしたら身体は『人間』なのかもしれないけれど。

 その精神、考え方、同族異族に関わりなく、『ヒト』への扱い方。

 端々に現れる他者の扱い方が、あまりにも理不尽で。

 精神への束縛を解かれ、意識を取り戻した青年は呆然としていた。

 まるで、たった今はじめて、この男の異端振りに気付いたかの様に。


 数年前まで青年は王城に勤めていたらしく、この城には青年の友人知人が多いという。

 そんな環境で、精神を封じて操り人形にした青年を連れ歩けばどうなるか?

 どう考えても、直ぐに異常に気付かれる。

 だからこそ、男は青年の精神を解き放った。

 目を覚ました青年は、経っていた時間と動いていた状況に、激しく抵抗を示す。

 当然だと思うけど。

 断固抗議と叫ぶ青年に、男は面倒そうだ。

 蔑む様な視線に、内心でどれだけ見下しているかが透けて見える。

 青年の扱いは、あまりにも酷い。

 私だけでなく、男にとっては回りにいる全ては対等ではないのだろうか。

 

 心を自由にしても、青年の肉体までは自由を戻して貰えなかった。

 私と、同じように。

 彼の身体は、男の意志にしか従わない。

 青年の身体だと、言うのに。

 それだけでなく、発言内容にも制限をかけると男が笑う。

 男が望んだこと以外を、喋ることのない様に。

 男の許可した範囲の内容しか、口にすることのできない様に。

 ああ、これは立派な呪いだ。

 私達魔族に取ってさえ、遙か昔に廃れたはずの。

 原始的で、だからこそ強い力を持った。

 神々が最初に、私達地上の民にもたらしたという、魔法の原型。

 呪術。

 それを自在に操る男は、今日もどう考えても得体が知れなかった。




 男が人外の行いを見せる度。

 外道の所業を見せる度。

 得体の知れない能力。

 底の知れない能力。

 それらをまざまざと見せつけられる度に。

 私は男を観察する瞳に、信じたくない思いを募らせ…

 一つずつ、確信を拾っていく。


 私の中で、一つの推測が育ちつつある。

 それは日が経つに連れ、時が進むに連れ。

 男の行動の一つ一つ、言葉の一つ一つ。

 そこから何かしらの情報を疲労度に。

 無視できないくらい、私の中でむくむくと育っていくのだ。

 それはあまりに突拍子もなく、有り得ない様な話で。

 それをある(・・)と言ってしまえば、私を取り巻く状況は更なる絶望に染まる。

 認めたくもなく、確認なんてしたくない。

 計り知れないくらい、私を取り巻く状況の悪さが変わってくる。

 より、悪い方向へ。

 でも、胸の内で合わないはずの辻褄が謎の噛み合わせを見せた。

 有り得ないはずの内容を、胸の内で当たりだと叫ぶ声がする。

 それは本当に、私の声か?

 分からないけれど、まるで何かが耳元で囁く様に。

 拭っても拭っても消えない疑念が、私を苛む。


 案山子(スケアクロウ)の神 ソフォド

 それは畑を守る為の守護者として、穀物の神が創り上げた存在。

 穀物神の、第一の従属神。

 『人間』を擁護する立場でありつつも、守護はせず。

 何より、穀物の神が関心を寄せるモノに嫉妬を示す、厄介な神として知られる。

 そんな彼が何よりも嫌い、憎むモノ。

 穀物の神が親しむモノの中で、最も憎悪を示すモノ。


  夜と月の神にして、我等の主神。

  そして、その恩恵と加護を受けるモノ…我等、魔族。


 ああ、夜の神を憎み、魔族を疎むこの神ならば。

 ヒトの身に化身して、地上に光臨していてもおかしくはない。

 状況に応じ、方法は変わるのだろうけれど。

 大陸にある風潮や歴史の流れを利用して、好き勝手に動くのだろう。


 ただひたすら、夜の神に嫌がらせをする為に。



 最初は、私は男のことを案山子の神の巫子なんじゃないかと思った。

 何より、男に案山子の姿が重なって見えるという、異様な状況がそう思わせた。

 だけど神が宿っているにしても、『人間』の肉体の限界を無視した所業の数々。

 私の受けた、屈辱と恐怖。

 小さな疑念は確信の欠片を拾っていく度に、歪な推測を育て上げ、作り上げていく。

 やがて育った確信を、信じたくないと思いつつも信じてしまっている。


 私の行動を縛るこの男が神の端くれ、案山子の神の化身だなどと。

 私達に、神が敵対者として関わってきていることなど。

 夜の神に示す憎悪のままに、男は魔族から神器を遠ざけたがっている。

 その真意は分からないけれど、逸話にある様に、魔族に対する悪意を感じる。


 いつの間にか男が案山子の化身であると、確信してしまっている私は。

 私は…それでも自分や魔族の未来を諦めることはできないから。

 間にある生命としての…存在としての違いと、大きな力量差に眩暈を感じるけれど。

 自分達を守る為にも、男の悪意に挫けないでいなければ。

 

 そうやって心を誤魔化し、奮い立たせながらも。

 過ぎていく日々と、重なっていく月日の毎に。

 積もり積もっていく不安と絶望で、本当は押し潰されそうで。

 私の心は夜に覗く井戸の底みたいに、黒く染まっていく様だった。

  

 


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