↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
国の名前はふたりから  作者: 小林晴幸
神器とスケアクロウ
PR
101/193

58.巫子に非ず




 呆然と男を見つめる私。

 そんな私の前で、男は悠然と足を組んで笑んでいる。

 悪びれたところは一切無く、ゆるりとお茶を飲む。

 その余裕ぶった顔が、何だかイラッとくる。



「まあ、貴女に教える義理はありませんが…ほんの少し、触り程度は教えてあげましょう」

 男がそう言って、意味ありげな視線で神器を凝視している。

「此処を奪還されても、その剣さえあれば確かな収穫が見込めます。そう、別にこの場所に拘る必要などないのですよ。他の土地でも、その剣を持ち込めば…忌まわしいことですが、穀物神様の加護の光が、勝手に引き寄せられてくることでしょう。本当に、忌まわしいことですが」

 二回も繰り返して忌まわしいと告げる声には、本気の苛立ちが潜んでいる。

「この場所は、確固たる実績として豊穣の地と認められていますが、本国とは遠く隔てられた飛び地の様な場所です。所詮は、植民地。この様な場所に、重要な道具を放置していて良いことはありません。防備の面でも、考えずとも分かりますよね。もっと万全な備えを有する場に移すべきだと」

 そんなことをされたら、私達魔族としては堪ったモノではないのですが。

 私の顔が更に引きつり、男は嬉しそうに笑む。

「ああ、その顔。とても好いです。遙か天の高みにいる、あの夜の神も貴女と同じ表情をしているのではないかと思うと…ふふふ。背中がぞくぞくする程の歓喜が」

「へ、変態…!」

「私は変態じゃありません!!」

 恍惚とした顔で夜の神への嫌悪を語る男の顔に、私は本気で戦慄していた。

 物凄く変態っぽいと評したのは、感じた恐怖を誤魔化す為。

 私に直接向けられた訳ではない、夜の神への憎悪。

 男に買い取られてから度々感じるソレに、私は並々ならぬモノを…

 妄執とも思える執念と、おぞましいまでの殺意を感じとっていた。

 直接、夜の神に何かされたのではないかと、思わせる程の。

「私は、夜の神への嫌がらせに余念がないだけです!」

「胸を張って言われても、創造主への悪感情にどう反応すべきか分からないんだけど…」

 ああ、この男の憎悪は本物だ。

 見られるだけで、身の危険を感じる程に。

「何の為に、神器を移動させようと言うの…」

 発言内容を吟味すれば、確かに意味合いの上では『人間』の為に神器を保護しようとしている様に感じる。だけど片鱗だけでも言動の節々に滲んでしまう、夜の神への憎悪。彼の感情を読み取るままに感じるのは、彼の本来の目的は…夜の神への憎悪に寄るのではないかということ。

 私には夜の神への嫌がらせの為だけに、魔族から神器を隔てようとしている風に見える。

 男の真意は、一体どちらにあるのだろうか。

 そして仄かにうっすらと感じる、穀物神への敬慕。


 神々が地上を離れ、天上の国へと去ってから、既に千年以上の時が流れ過ぎている。

 そんな時代に、直接接したことがあると思わなければ納得のできない程の、神への憎悪。

 それに反して、惜しみない敬慕を捧げる、穀物神。

「貴方は…」

 私の中に、一つの推測が芽を出し始めていた。

 有り得ないとは思うけれど、絶対に無いとも言えない、そんな答え。

「貴方は、もしや穀物神の巫子じゃ…?」

「違いますよ?」

 言葉にした私の疑問は、間髪入れずに速攻で否定された。

 え、違うの?

 てっきりそうだと思ったのに…当てが、外れてしまった。

「巫子ね…。物知らずな子供であれば、その勘違いも微笑ましいですが。巫女、あるいは巫子。そう呼ばれる者達が消えてから、どれ程の時間が経つか知っていますか?」

「827年」

 問いかけに、頭に浮かんだ答えを即座に答えてしまう。

 反射的に返してしまい、言った私と言われた男が黙り込んだ。

「「………」」

「…知ってるんじゃないですか」

「知って、いまたしたが。何か…?」

「知っている癖に、物知らずな素振りなど見せないでほしいものです。腹立たしい」

 私は別に知らないとは言っていないのに、理不尽だ。

 これでも此方は神器を取り戻そうと、必死になっていた側。

 少しでも情報を得る為、神話関係やそれに類する情報資料を収集するのは当然だろう。

 私だって、勉強嫌いなアイツが文献の調査を丸投げするから、代わりに沢山勉強した。

 後で私が勉強する必要はなかったと気付いたが、その時にはうっかり詳しくなっていた。

 

 1327年前、神々は創り上げた大陸を、自分達の民に任せて天へと帰った。

 その後、意向を伝える為に巫子を置いていたが、それも500年後まで。

 後は手を離しても大丈夫だろうと、神々は自分達の民を信じて自立を促した。

 …その途端に、これなんだけど。

 神々の意思を伝える巫子の介入が消えた途端に、強欲な『人間』達が突っ走り始めた。

 結果として大陸は大いに乱れ、騒乱の種は撒き散らされ、現状として争っている。

 こんな未熟としか言い様のない醜態を、晒してしまった訳なのだけど…

 神々が矮小な民を信じて手を離すのは、やっぱり大分早すぎたのではないだろうか。

 大陸のこの有様を見るに、私にはそう思えて仕方がない。

 だからこそ、私達の無様さを見かねた神々が巫子を復活させても仕方ない。

 むしろ、有り得ると思っていたのだけど…

 男の反応を見るに、私の予想は大いに外れていたらしい。


 予想を外して落胆する私に、男は苦笑気味だ。

 その瞳に滲む嘲りさえ無ければ、案じる様な仕草にも見える。

「考え方としては、分からないでもないですよ。むしろ、答えには遠いのですが…拾い括りとして見るのならば、近いと言えないこともない様な…」

「どっちですか」

「どちらと言うまでもなく、私は巫子ではありませんよ。そもそも、性別から違いますし」

「ああ、確かに。巫子は、主たる神とは逆の性別から選ばれるんでしたか」

 穀物神は、男の神だ。

 その巫子だというのなら、確かにそれは『巫女』。

 穀物神に使える巫子であれば、女の筈だけど…目の前にいるのは、男以外の何でもない。

「まあ、どちらにしても。私は違いますけどね」

 でも、それじゃ一体、この男は何だというのか。

 てっきりそうだと思ったどころか、それ以外の可能性も浮かばない。

 それくらい、この男はあからさまに只の『ヒト』ではないのに。

 男の正体が知れないからこそ、その思惑を計るのは難しい。

 私の頭はぐるぐると思い悩み、深みにはまる。

 その奧の奧で、光明を探そうと。

 私の意識の奥底に、答えなどある筈もないというのに。


 

 だけど深い深い、意識の底で。

 私の頭のぼやけた所で。

 心の奥の、光閉ざされたところで。


 声が、聞こえた。


 私の疑問に答えを告げる、微かな声。

 幼げで、儚げな。

 実体を持たない微かな響き。

 それは音の響きを持たない声。

 実際の音としての形を持たない、幻の様な。

 実体として聞くことができない。

 実体として見ることができない。

 そんな、朧気で掴むことのできないモノ。

 柔らかな暖かさ。

 幼気で、高い響きをしていると思う。

 だけど実際の声ではない。

 ただ、頭の中に響くだけ。

 意識の奥底で私に共鳴し、響くモノがある。

 その響き合い、折り重なって声となる輝きが。

 私の心の奥底で、『声』となって形を成した。

 それはずっと、私と共にある小さな存在が成した声だった。


 --『ねえ、聞こえる?』

 

 私以外に聞くことのできない声と共に、温かさを感じる。

 仄かな熱は、私の右手首から来た。

 私が秘かにあるモノを隠す、右の手首から。

「え…」

 思わず視線をやった先には、私の白い手首。

 その、内側に。

 皮膚の下から私の皮を押し上げて、硬いモノの形に添った膨らみ。

 小さな小さな、私の指先ほどの大きさの。

 硬く確かな感触が、皮膚の下にある。


 私が『奴隷』として買い取られた時、私が咄嗟に隠したモノ。

 妖精のおばさんから預かった、未だ生まれない妖精の子供。

 植物の種という形状のそれを隠すに、私は適した隠し場所を持たなかった。

 身一つで買い上げられ、衣装も同じ物を着続けられるとは思えなかった。

 だから私は、自分の中に種を隠すことにしたのだ。

 皮膚を切り裂き、私は咄嗟に肉の割れ目へ種をねじ込んでいた。

 治癒術が得意な私なら、それでも傷を閉ざして種を隠すことができる。

 種を取り込んで吸収しない様に工夫するのに骨を折ったが、成果はあった。

 今も妖精の子供は死ぬことなく、私の皮膚の下に隠されている。


 その、妖精の子供が。

 未だ自我も定まらず、深い眠りの揺りかごで包まれている筈の。

 いや、魂さえも定着せず、どのような子供として生まれるかも分からぬ種が。

 生まれてすらいない現状、意識などないはずなのに。

 そこに確かな温かさと、意識を持って。

 妖精の種が、声とならぬ声で私に話しかけてきていた。

 




 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。