歯みがきしないとお化けが来るよ
「歯みがきしないとお化けが来るよ」
幼い頃、母に言われた言葉。
そんな俺は今、歯をみがいていない。
カーテンを閉め切って薄暗く、散らかりっぱなしの部屋。
俺はいつものようにベッドの上でぼーっとしていた。
大学に行かず、風呂にも入らない、歯すらみがかない生活。こんな生活をどれくらい送っただろうか。
恋人の結衣(ゆい)が交通事故で死んでから俺は自暴自棄になった。
突然のことだった。今でも結衣の死が受け入れられない。
「歯みがきしないとお化けが来るよ……か……。はは……なら、結衣は来てくれるかな……」
そう自嘲気味に呟くと、部屋に人の気配がした。
そちらを向くと、ぼんやりと人の形をした影が。
「結衣……?」
俺にはわかった。
影はどんどんと鮮明になりはっきりと結衣の姿を取った。
「義雄(よしお)……」
結衣は俺の名前を呼ぶ。
「結衣……!」
俺はベッドから起き上がり、結衣に駆け寄る。すると彼女は大きく口を動かした。
「義雄てめぇなんだこのアホみてぇな生活は!!!」
「!」
結衣は顔を険しくして叫んだ。
「風呂にも入らねぇ、歯もみがかねぇ、その他もろもろ……そんな奴のところに来たいと思うか!?」
結衣の剣幕に押されて俺はたじたじになった。
「え……でも来てくれて……」
「屁理屈言うな!」
「は、はい……」
そうだった、結衣はこんな性格だった。死んだからといって「義雄……」としっとり寄り添ってくれる奴ではない。
「生活を立て直せ」
「はい……」
結衣の言葉に俺はうなずくしかない。
「そしたら……盆くらいは来てやる」
「え……」
「新しい恋人作って幸せになることも許可する」
「……」
そうだ、結衣はこんな性格だ。気が強いくせに他人のことを思ってくれる。
「わかったな」
「……うん」
俺は、ふはっと笑った。結衣が死んでから初めて笑った気がする。
結衣が去っていって、俺は部屋の片付けから始めた。まだ本調子ではないが、結衣に呆れられないように。
ふと時計を見る。
「もうこんな時間か。風呂に入ろう」
俺は洗面所に向かい、風呂に入る前に歯ブラシを手に取った。
結衣、今はちゃんと歯をみがいているよ。もう結衣に来てもらおうとしてみがかないことはやめる。
だから、お盆には会いに来てね。




