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歯みがきしないとお化けが来るよ

作者: 露(つゆ)
掲載日:2026/10/19

「歯みがきしないとお化けが来るよ」

 幼い頃、母に言われた言葉。

 そんな俺は今、歯をみがいていない。


 カーテンを閉め切って薄暗く、散らかりっぱなしの部屋。

 俺はいつものようにベッドの上でぼーっとしていた。

 大学に行かず、風呂にも入らない、歯すらみがかない生活。こんな生活をどれくらい送っただろうか。

 恋人の結衣(ゆい)が交通事故で死んでから俺は自暴自棄になった。

 突然のことだった。今でも結衣の死が受け入れられない。

「歯みがきしないとお化けが来るよ……か……。はは……なら、結衣は来てくれるかな……」

 そう自嘲気味に呟くと、部屋に人の気配がした。

 そちらを向くと、ぼんやりと人の形をした影が。

「結衣……?」

 俺にはわかった。

 影はどんどんと鮮明になりはっきりと結衣の姿を取った。

「義雄(よしお)……」

 結衣は俺の名前を呼ぶ。

「結衣……!」

 俺はベッドから起き上がり、結衣に駆け寄る。すると彼女は大きく口を動かした。

「義雄てめぇなんだこのアホみてぇな生活は!!!」

「!」

 結衣は顔を険しくして叫んだ。

「風呂にも入らねぇ、歯もみがかねぇ、その他もろもろ……そんな奴のところに来たいと思うか!?」

 結衣の剣幕に押されて俺はたじたじになった。

「え……でも来てくれて……」

「屁理屈言うな!」

「は、はい……」

 そうだった、結衣はこんな性格だった。死んだからといって「義雄……」としっとり寄り添ってくれる奴ではない。

「生活を立て直せ」

「はい……」

 結衣の言葉に俺はうなずくしかない。

「そしたら……盆くらいは来てやる」

「え……」

「新しい恋人作って幸せになることも許可する」

「……」

 そうだ、結衣はこんな性格だ。気が強いくせに他人のことを思ってくれる。

「わかったな」

「……うん」

 俺は、ふはっと笑った。結衣が死んでから初めて笑った気がする。


 結衣が去っていって、俺は部屋の片付けから始めた。まだ本調子ではないが、結衣に呆れられないように。

 ふと時計を見る。

「もうこんな時間か。風呂に入ろう」

 俺は洗面所に向かい、風呂に入る前に歯ブラシを手に取った。

 結衣、今はちゃんと歯をみがいているよ。もう結衣に来てもらおうとしてみがかないことはやめる。

 だから、お盆には会いに来てね。

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