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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第1章:壊れた辺境都市の応急処置 〜見えない障害を切り分けろ〜
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第7話 詰まりの正体

 薄暗い地下水路は、ひんやりとした冷気と、鼻が曲がるような強烈な腐敗臭に満ちていた。


 南区画への給水を一時遮断し、水が引いた後の石造りの水路を、アシュレイとガルドたち職人の一団が慎重に進んでいく。


 足首まで浸かる赤茶色のヘドロが、歩を進めるたびに重くねっとりと絡みついてきた。


「おいおい、こりゃあひでえな。長靴を履いてても、泥の重みで足を持っていかれそうだぜ」


 先頭を歩くガルドが、松明代わりの照明魔導具を高く掲げながら悪態をつく。


 彼ら設備職人にとって、地下の清掃や点検は珍しい仕事ではない。だが、これほど大量の生活廃水と腐敗物が溜まり、水路本来の姿が見えなくなっている状態は異常だった。


「気をつけてください、ガルドさん。泥の下に劣化した石畳の陥没が隠れているかもしれません。壁面の喫水線の跡を頼りに、最も流速が速かった痕跡を辿りましょう」


 アシュレイは厚手の革手袋をはめた手で壁の苔に触れながら、冷静に指示を出す。


 その後ろ姿を見て、ガルドは内心で舌を巻いていた。


 王都から来たお上品な役人が、文句一つ言わずに泥まみれの地下水路を先導しているのだ。足取りには迷いがなく、壁の汚れや水流の削り跡から「水の流れの歴史」を正確に読み取っていく。現場の職人顔負けの観察眼だった。


「保守官殿。あんた、本当に王都の魔導庁にいたのか? どう見ても、何十年も泥をすすってきた現場の叩き上げにしか見えねえぞ」


「俺のいた部署は、王都の地下でこういう泥さらいばかりやっていましたから。華やかな新規開発局とは無縁の、ただの裏方です」


 アシュレイは振り返らずに淡々と答えた。その声に卑下するような響きはなく、ただの事実として語っている。


 やがて一行は、旧市街の地下、複数の水路が交差する第四分岐点へと辿り着いた。


 そこは本来、東の浄水施設から送られてきた綺麗な水が、街の各区画へと均等に分かれていく重要な心臓部であるはずだった。


 しかし、目の前に広がる光景は、目を疑うような惨状だった。


「なんだこりゃ……! 分岐点の入り口が、丸ごとゴミとヘドロで塞がってやがる!」


 ガルドが照明を向けると、そこには生活ゴミや油の塊、そして出所不明の廃材などが固まった、巨大な汚泥の壁ができあがっていた。これが水の流れを堰き止め、処理しきれなくなった汚水が南区画へと逆流していたのだ。


「これが水路の異臭と濁りの原因……詰まりの正体ですか」


 若い職人の一人が鼻をつまみながら言う。だが、アシュレイは首を横に振った。


「いいえ。これはただの『結果(症状)』です。問題は、なぜ生活用水の経路にこれほど大量のゴミと汚水が流れ込んだのか、だ。ガルドさん、あの汚泥の山の奥、右側の壁を照らしてください」


「ん? おう……って、おい! なんだあの太い管は!」


 ガルドが声を荒らげた。


 汚泥の隙間から見えたのは、本来の石造りの壁を乱暴に打ち破り、外側から無理やり突き刺された赤茶けた鉄管だった。


 鉄管の隙間は劣化した魔力樹脂で雑に塞がれており、そこから今もタールのように黒く濁った汚水が、ポタポタと吐き出され続けている。


「……違法接続、あるいは無認可の増設工事ですね」


 アシュレイは鉄管の接合部を指先でなぞりながら、冷徹な声で事実を告げた。


「本来、工場などの大規模な廃水は、専用の浄化槽を通してから下水経路へ流す規則のはずです。ですが、誰かがその費用と手間を惜しみ、一番近くにあったこの生活用水の経路へ、直接排液管を繋ぎ込んだ」


「ふざけやがって……! こんな真似をすれば、水路が死ぬことくらい素人でも分かるだろうが!」


 ガルドが激昂して壁を殴りつける。


 イルダンの職人たちが必死に維持してきた街の血液に、見えないところから毒を流し込み続けていた者がいる。その事実が、彼には許せなかった。


「ガルドさん、怒るのは後です。まずはこの鉄管がどこから来ているのか、地上と照らし合わせましょう」


 アシュレイは地上で待機しているミレナと連絡を取るため、通気口の真下へと移動し、魔導具の光で合図を送った。


 しばらくして、通気口の格子越しにミレナの不安げな声が降ってくる。


『グランさん! ガルドさん! 無事ですか!?』


「問題ありません。ミレナさん、今俺たちがいる第四分岐点の真上、あるいはそのすぐ隣接地に、ここ数年で新しく建てられた施設はありませんか? 水を大量に使い、かつ強い臭いのする廃液を出すような施設です」


『ええと、待ってください……台帳と、商人ギルドからの申請記録を照合します!』


 地上のミレナが、分厚い書類の束をめくる音が微かに聞こえてくる。


 通信塔の時と同じだ。現場の状況と、事務方の記録。その両方を繋ぎ合わせなければ、全体像は絶対に見えてこない。


『……ありました! 第四分岐点のすぐ西側に、三年前に大規模な皮革の加工場が建設されています! ですが、専用の浄化槽を設置したという完了報告が……どこにも見当たりません!』


「皮革の加工場か。なら、この酷い腐敗臭と油の塊にも説明がつく。工場の建設時、王都から派遣されていた当時の保守官は、完了検査を行わずに業者の違法接続を見逃した……いや、賄賂でも受け取って黙認したんでしょう」


 アシュレイの推測に、地下の職人たちは一様に押し黙った。


 王都の役人の怠慢と、利益を優先した業者の身勝手。そのツケが長年地下に蓄積され、今になって南区画の住民たちを襲ったのだ。


 これが、継ぎ足しと放置の成れの果て。


「グランさん、どうする? こんな管、今すぐぶっ壊して穴を塞いじまおうぜ!」


 職人の一人がハンマーを構えるが、アシュレイはそれを手で制した。


「駄目です。今ここで塞げば、行き場を失った廃液が皮革加工場の敷地内で逆流し、周辺の土壌を完全に汚染します。彼らが違法な接続をしたからといって、無関係な周辺住民まで巻き込む二次災害を起こすわけにはいかない」


「じゃあ、どうやって直すんだよ!」


「工場への操業停止命令と、正式な下水経路への『バイパス工事』を同時進行で行います。この鉄管を一度切断し、仮設の魔導管で本来の下水路へ誘導する。その後で、この石壁を完全に修復するんです」


 アシュレイは泥まみれの手帳を開き、その場で素早くバイパスの設計図を引き始めた。


 感情的な報復や、その場しのぎの破壊ではない。すべての被害を最小限に抑え、正しい構造へと導くための最も実務的な手順。


「見えていない障害こそ厄介だ。誰にも気づかれないまま蓄積し、街を内側から腐らせる。……だからこそ、白日の下に引きずり出して、二度と繰り返さない仕組みに直さなければならない」


 薄暗い地下水路に響くアシュレイの声は、冷徹でありながら、都市を守護する確かな熱を帯びていた。


 ガルドはシャベルを構え直し、獰猛な笑みを浮かべた。


「上等だ。俺たちに図面と指示をくれ、保守官殿。この街の腐った膿を、残らず掻き出してやろうぜ!」


 泥臭い裏方たちの、本当の再建作業が幕を開けた。

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