第4話 原因は塔ではなかった
翌朝。アシュレイはミレナを伴い、旧市街の裏路地にやってきていた。
そこではすでに数人の職人たちが、石畳を剥がして地下の魔力線を掘り返す作業を始めている。
「おい、もっと慎重に掘れ! その下には古い水路の管も走ってるんだ、傷つけたら大惨事だぞ!」
泥にまみれながら太い声で指示を飛ばしているのは、筋骨隆々の初老の男だった。
ガルド・ベッカー。イルダンで長年、都市設備の維持管理を請け負ってきたベテランの設備職人である。
ミレナがオドオドしながら声をかけた。
「あ、あの、ガルドさん……」
「あん? なんだ、役所の嬢ちゃんか。わざわざ泥はねる現場までご苦労なこったな」
ガルドは鬱陶しそうに顔をしかめ、その後ろに立つアシュレイをジロリと睨んだ。
「で、そっちの優男はなんだ。王都から来た新しいお役人様か? 悪いがこっちは忙しいんでね。『図面通りに直せ』って説教しに来たんなら、帰ってくれ。図面通りにできねえから、こうやって泥臭く継ぎ足してんだ」
ガルドの言葉には、役所に対する根深い不信感が滲んでいた。
これまでの王都の魔導官たちは皆、現場の苦しい事情を知ろうともせず、ただ机上の空論を押し付けるだけだったのだろう。
アシュレイは怒るでもなく、掘り返された地下の配線孔をじっと覗き込んだ。
「……なるほど。旧市街の予備線から浄水施設へ分岐させるために、この古い結節器を無理やり改造したんですね。本来なら三本しか繋げない規格のところに、魔力樹脂で強引に五本目を割り込ませている」
「けっ、分かってんなら……」
「凄い技術だ」
アシュレイの呟きに、ガルドは目を丸くした。
「予算も正規の部材もない中で、よくこれだけ複雑な魔力の流れを暴走させずに繋ぎ止めましたね。並の職人なら、繋いだ瞬間に魔力逆流を起こして吹き飛んでますよ。現場の力技としては、これ以上ないほど見事です」
「なっ……」
「ですが、結節器の負荷限界を完全に超えている。昨夜、中継柱で魔力渋滞が起きて通信が途絶しました。見張り塔そのものが原因ではなく、この『見事な継ぎ足し』の蓄積が、都市の魔力網の限界を突破したんです」
アシュレイは決して職人の腕を否定しなかった。彼らが置かれた「どうにかして街の機能を維持しなければならない」という切実な事情を、誰よりも理解していたからだ 。
その上で、実務者として冷静に事実だけを突きつける 。
「……嬢ちゃん、このお役人様はなんだ?」
ガルドは毒気を抜かれたような顔でミレナを見た。
「アシュレイ・グランさんです。昨日、王都から赴任してきた新しい保守官で……昨夜、見張り塔の通信を応急復旧させたのはグランさんなんです」
「応急復旧だと? あの複雑に絡み合った線を、役人が現場でいじったってのか?」
驚愕するガルドに、アシュレイは丸めていた羊皮紙――ミレナと共に昨日の徹夜作業で作り上げた『真実の経路図』を差し出した。
「応急処置のままではすぐに再発します。今日から恒久対応に入ります。不要な迂回線を切り離し、正規のルートで魔力網を再編する。そのための新しい図面です」
「新しい図面だぁ? そんなもん、机の上で適当に引いた線路じゃ……」
言いかけながら図面を受け取ったガルドは、そこに描かれた経路を見て息を呑んだ。
そこには、役所に残されていた古い基本設計だけでなく、ガルドたち現場の人間が長年口伝えで管理してきた「名もなき継ぎ足し線」までもが、完璧に網羅されていたのだ。
「あんた、これ……どうやって……」
「過去五年分の修繕記録と、昨日の応急処置で確認した魔力の流れを照らし合わせて描き起こしました。足りない部分は、現場の皆さんに確認しながら修正していきます」
アシュレイは工具入れから手帳を取り出した。
「ガルドさん。貴方の腕は確かだ。ですが、誰か一人の熟練や記憶に頼る運用は、いずれ必ず破綻します。壊れた後に慌てるのではなく、壊れにくく、壊れても誰かが直せる仕組みにしなければならない。力を貸してください」
王都から来たエリートが、泥まみれの職人に真っ直ぐ向き合っている。
ガルドは数秒の間、唖然とした表情でアシュレイを見つめていたが、やがてふっと笑い出し、乱暴に頭を掻いた。
「……ははっ。こりゃあ傑作だ。王都からとんでもねえ変わり者が流れてきやがった。現場を見ずに喚く連中とは大違いだ」
ガルドは分厚い手でアシュレイの肩を叩いた。
「分かったよ、保守官殿。あんたの引いた図面通りに、俺たちがきっちり手術してやる。指示を出しな!」
それから半日。
アシュレイの的確な切り分け指示と、ガルドたち職人の確かな技術が噛み合い、不要な魔力線の撤去と正しい経路への再接続は驚くほどの早さで完了した。
負荷が分散され、中継柱への魔力供給は完全に安定。これでもう、見張り塔の通信が原因不明の途絶を起こすことはない。
通信障害という最初の火種は、ついに根本からの鎮火を見たのである。
「ふう……なんとか終わりましたね」
役所に戻る道すがら、ミレナがホッと胸を撫で下ろした。
「ええ。あとは今回の工事内容を台帳に反映し、中継柱の定期点検ルールを作れば、通信網の保守は回るようになります」
「定期点検のルール作り……。はい! 私、手伝います!」
ミレナの表情には、昨日までの悲観的な暗さはなく、前向きな活力が満ちていた。
だが、都市の再建はまだ始まったばかりだ。
アシュレイが手帳に今後の作業予定を書き込もうとした、まさにその時だった。
「ミレナさん! 大変です!」
役所の入り口から、別の事務官が血相を変えて駆け寄ってきた。
「今度はどうしたの?」
「住民地区の南区画から苦情が殺到しています! 水路から酷い悪臭がして、水が濁って使い物にならないと……!」
アシュレイは手帳を閉じ、小さく息を吐いた。
息をつく暇もない。だが、壊れた日常を直すのが自分の仕事だ。
「……行こうか、ミレナさん。次の現場だ」
裏方実務者の戦いは、終わらない。




