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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第1章:壊れた辺境都市の応急処置 〜見えない障害を切り分けろ〜
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第3話 最初の火消し

 北の森に隣接する、前線拠点となる砦。

 そこは今、怒号と金属音、そして焦燥感に包まれていた。


「第三見張り塔からの応答はまだか!」


「駄目です! 魔導通信機、完全に沈黙しています!」


「くそっ、これじゃあ森の奥で魔物がどう動いているか、さっぱり分からねえぞ!」


 見張り隊の副隊長、リオネル・ハルトは苛立ちとともに壁を叩いた。


 二十九歳という若さで現場をまとめる彼は、実直で部下思いな男だ。それゆえに、孤立した第三見張り塔の部下たちの安否が分からず、気が気ではなかった。


「伝令は走らせたか?」


「はい! ですが、魔物が森の浅い部分まで入り込んできているようで、なかなか塔まで近づけないと……!」


「ええい、役所の連中は何をやっている! 通信網の保守はどうなってるんだ!」


 リオネルが吠えたその時、拠点の中庭に一台の馬車が滑り込んできた。


 降りてきたのは、見慣れない地味な外套を着た男だった。腰には工具入れを下げ、片手には丸めた羊皮紙を握っている。


「なんだ、あんたは! ここは今、民間人が来ていい場所じゃないぞ!」


 リオネルが鋭く誰何する。男――アシュレイは足を止めると、リオネルの肩にある「二本の剣を交差させた銀の紋章」へ視線を走らせた。王都の基準に照らせば、それは現場指揮官クラス、すなわち副隊長格を示すものだ。


「本日付で着任した、臨時保守官のアシュレイ・グランです。通信網の応急復旧に来ました」


「保守官……? 役所の人間がわざわざこんな前線に? いや、それより直せるのか!?」


「やってみなければ分かりませんが、原因の目星はついています。少しそこを退いてください」


 アシュレイはリオネルの威圧感を気にも留めず、通信用の中継柱の前にしゃがみ込んだ。


 柱の表面に刻まれた魔力回路は、異常な熱を持ち、不気味な赤光を放っていた。


「……やはりな。過電流、いや、魔力の過剰流入だ。許容量を超えた魔力が流れ込んで、安全装置が働き、回路が強制遮断されている」


 アシュレイは丸めていた羊皮紙――ミレナと共に作り上げた『真実の経路図』を広げ、中継柱の回路と見比べた。


「その紋章から察するに、貴方がここの現場責任者ですね。質問があります」


「あ、ああ。……なんだ?」


「この中継柱から、東の浄水施設へ魔力を引く工事をした記録はありますか?」


「浄水施設? そんなもん知るか! 俺たちは通信が繋がればそれでいいんだ!」


「……でしょうね。ですが、誰かが勝手に通信用の魔力線を浄水施設へ分岐させている。さらに、旧市街の予備線からも余剰魔力がこの柱に流れ込んでいる。三つの異なる経路の魔力が、この細い中継柱で衝突し、大渋滞を起こしている状態です」


 アシュレイの淡々とした説明に、リオネルは目を白黒させた。


「な、なんだって? じゃあ、通信が切れたのは塔が壊れたからじゃないのか?」


「ええ。この中継柱が魔力で『詰まって』いるからです。今から、不要な接続を物理的に切り離し、魔力の流れを整理します」


 アシュレイは腰の工具入れから、絶縁性の高い魔力遮断クリップと、短いバイパス用の魔導線を取り出した。


 派手な魔法の詠唱はない。ただ手際よく、熱を持った回路の特定の結節点にクリップを挟み込み、余分な魔力の流入を強制的にカットしていく。


「おい、大丈夫なのか? そんな乱暴にいじって……」


「問題ありません。本来の正しい経路だけを残し、残りは手動で逃がしているだけです。……よし」


 アシュレイが最後にバイパス線を繋ぎ直すと、赤く明滅していた中継柱の光が、スッと穏やかな青色に変わった。


 その瞬間だった。


『……ザザッ……こちら第三見張り塔! 応答願う! 応答願う!』


 沈黙していた拠点の魔導通信機から、切羽詰まった声が響き渡った。


「繋がった……!」


 通信兵が歓喜の声を上げる。リオネルは弾かれたように通信機に飛びついた。


「こちら拠点! リオネルだ! 状況を報告しろ!」


『副隊長! 森の魔物は威嚇のみで後退しつつあります! 現在、負傷者ゼロ! ですが、通信が不安定で焦りました!』


「よし、よく持ち堪えた! すぐに予備部隊をそちらに向かわせる。それまで絶対に出るなよ!」


 的確な指示を飛ばし終えたリオネルは、大きく安堵の息を吐き出した。


 通信さえ回復すれば、指揮系統は機能する。見張り隊の連携があれば、小規模な魔物の群れなど恐るるに足らない。


 リオネルは振り返り、黙々と工具を片付けているアシュレイを見た。


 さっきまで「役所の連中」と見下していたが、この男がいなければ、今頃部下たちは森で孤立し、最悪の事態を招いていたかもしれない。


「……あんた、すげえな。役所の人間が現場で手を動かして、あっという間に直しちまうなんて初めて見たぜ。助かった、恩に着る」


 リオネルが素直に頭を下げると、周囲の隊員たちも安堵と尊敬の混じった視線をアシュレイに向けた。


 だが、アシュレイの表情は少しも緩んでいなかった。


「礼を言われるようなことはしていません。これはあくまで『応急対応』です」


「おうきゅう?」


「ええ。熱を持った回路を一時的にバイパスしただけで、根本的な解決にはなっていません。このまま放置すれば、数日以内にまた別の柱が焼き切れます」


 アシュレイはカバンを持ち上げ、リオネルを真っ直ぐに見据えた。


「一時しのぎで終わらせてしまえば、また同じ危機が現場を襲う。……俺の仕事は、ここからが本番です。明日の朝一番で、問題の経路をすべて掘り返しますよ」


 その背中には、裏方として都市の基盤を支え続けてきた実務者としての、静かな矜持が宿っていた。

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