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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第3章 再建後の初運用と、外圧の始まり 〜直した街は、まだ試運転中〜
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第21話 再建後の最初の朝と「想定外の負荷」

 腐敗した行政網を解体し、街の基幹ルートを根本から引き直すという大手術から一夜が明けた。


 辺境都市イルダンの朝は、ここ数年で最も穏やかな空気に包まれていた。


 空を覆う外縁結界は、本来の出力設定を取り戻したことで青玉サファイア色の安定したドームを形成し、魔物の脅威を完全に遮断している。


 南区画の水路からは澄んだ水音が響き、夜通し鳴り響いていた魔力炉の不穏な駆動音も、今は静かな低い羽音ハムノイズへと変わっていた。


 役所地下の中央制御室で、若手事務官のミレナが大きく背伸びをし、徹夜明けの熱いお茶をデスクに置いた。


「ふう……。やっと、静かな朝ですね」


 彼女の顔には深い疲労があったが、それ以上に、街の崩壊を食い止めたという安堵の笑みが浮かんでいた。


 ここ数日、まともに息をつく暇もなかったのだ。無理もない。


 だが、配電盤の前に立つアシュレイ・グランの表情は、決して緩んでいなかった。


「ミレナさん。運用において、静かすぎる時ほどログを見ろ、という鉄則があります」


「え……ログ、ですか?」


「ええ。目に見える悲鳴が上がっていないだけで、システムが沈黙したまま限界を迎えていることはよくあるんです。……ほら、街門周辺と倉庫区画の魔力計を見てください」


 アシュレイが指差した先にある複数のメーター。


 その針が、小刻みに、しかし確実に右側の警戒域へと振れ始めている。


 街が持ち直し始めた気配をいち早く察知した商人や運送屋たちが、一斉に動き始めたのだ。


 街門での検品、倉庫区画への搬入、重い木箱を運ぶための荷役用昇降機リフト


 それらの稼働が重なり、さらには消し忘れられた夜間照明の補助線にまで、想定以上の魔力が吸い取られようとしていた。


「まだアラートは鳴っていません。ですが、再建直後のこの街の魔力網に『どこまで余力があるか』は、私を含めて誰にも分かっていないんです」


 アシュレイは手帳をポケットに突っ込むと、工具入れを腰に下げた。


「現場へ行きましょう。壊れてからでは遅い」


 ◆◆◆


 商業エリアと隣接する倉庫区画は、すでに戦場のような忙しさだった。


 荷馬車がひしめき合い、怒号のような指示が飛び交っている。


 その熱気の中で、アシュレイたちは「目に見えない異常」の兆候を目の当たりにした。


 荷役設備に繋がる魔力パイプの表面が、触れられないほど断続的に熱を持っている。


 そして、倉庫街の巨大な魔導照明が、数分に一度、ふっと瞬き(まばたき)するように暗くなっていた。


「あっ、今、照明が少しちらつきました……!」


「ええ。電圧降下ボルテージドロップが起きています。局所的に魔力を急激に吸い上げられている証拠です」


 住民や商人から見れば「少し明かりが揺れた」「リフトの動きが鈍い」程度の、小さな不具合にすぎないだろう。


 だが、アシュレイの目は違った。


「これを放置して、もし設備が完全に落ちた場合……今度は『過去の劣化が原因で壊れた』のか、それとも『再建した新しい設計の限界を超えた』のかが、分からなくなります」


 原因の切り分けができない障害ほど、運用保守において恐ろしいものはない。


 ブラックボックス化したまま再起動すれば、また同じ条件で突然死するからだ。


「おい、旦那! 来てくれたか!」


 倉庫の奥から、煤まみれになった職人頭のガルドが駆け寄ってきた。


 彼はすでに大槌を置き、異常を知らせるために走り回っていたらしい。


「西側の三番リフトと、補助回路の継ぎ目がやけに熱を持っちまってる。仮点検に回ったが、配線自体が焦げてるわけじゃねえ。ただ、異常に魔力が流れてるんだ」


「ガルドさん、助かります。やはり物理的な破損ではなく、純粋な過負荷ですね」


「ああ。だがこのままじゃ、昼前には回路が焼き切れるぞ」


 そこへ、分厚い台帳を抱えたノラと、羊皮紙の束を握りしめた商人ギルドのセルマも合流した。


「アシュレイ。制御室からの負荷記録、取りまとめて持ってきたわよ。やっぱり、第五区画と第六区画の境界線で異常な跳ね上がり方をしてる」


「保守官殿、あたしの方も今日入る荷の量と、予定時間帯を全部出させたわ。……どうやら商人ども、街が直ったと聞いて、ここ数日止めてた荷を全部今日の午前中に突っ込んできてるみたいね」


 アシュレイの周囲に、街を回すための「実務家」たちが集う。


 現場の熱を測るガルド、過去の記録を持つノラ、未来の予定を握るセルマ。


 彼らが持ち寄った情報が、アシュレイの頭の中で一つの明確な構造へと組み上がっていく。


「……情報が揃いました。問題は、全員が最大火力を『今この瞬間』に求めていることです。設計上の上限値は超えていませんが、局所的な集中が補助回路の許容量をオーバーしています」


 アシュレイは倉庫の壁に設置された分電盤を開き、中の配線を素早く確認した。


「これから『暫定配分』を行います。この場にいる全員で、街の負荷をコントロールします」


 アシュレイが工具を取り出し、設定を書き換え始めたその時。


 リフトの前で待たされていた恰幅の良い商人が、苛立たしげに声を張り上げた。


「おい! さっきからリフトの動きが遅いぞ! 街の魔力は直ったんじゃなかったのか!? これじゃあ、午前中に生鮮品が捌ききれねえだろうが!」


 その声に同調するように、周囲の商人たちからも不満のざわめきが起きる。


 せっかくインフラが直ったのに、なぜまた待たされるのか。彼らにとって魔力とは「蛇口をひねれば無限に出るもの」という認識なのだ。


 アシュレイが説明のために口を開きかけた瞬間、横から鋭い声が飛んだ。


「うるさいね。文句があるなら荷を引いて、腐らせて帰んな!」


 セルマだった。


 彼女は商人ギルドの実務責任者としての威圧感を放ち、騒ぐ商人たちを冷ややかに一瞥した。


「あんたらの頭は飾りかい? 何年も放置されて死にかけてた街が、昨日今日で魔法のように元通りになるわけないだろう! 今無理やりリフトを全開にして、回路が爆発して明日から『二度と動かなくなる』のと、少し待って『確実に荷が運べる』の、どっちが商売になるか計算もできないのかい!」


「う、ぐ……し、しかし……」


「止まるより、遅れる方がマシだ。商売人なら、全体のリスクを見て我慢しな!」


 セルマの容赦ない一喝に、商人たちは渋々といった様子で口を閉ざした。


 不満はある。だが、物流の元締めである彼女の言葉には、抗いがたい実務上の説得力があった。


「……助かりました、セルマさん」


「いいのよ。あたしの荷も混ざってるんだ、ここで回路に黒焦げになられちゃ困るからね。それで保守官殿、どう動かす?」


 アシュレイは分電盤の前に立ち、迷いのない手つきで操作を始めた。


「まず、現在使われていない夜間照明への待機魔力供給を、根元から一時的に完全に絞ります。ノラさん、第七バルブの閉鎖記録をつけておいてください」


「ええ、残しておくわ」


「次にガルドさん。三番リフトは熱を持ちすぎているため、一度完全に停止させます。代わりに、まだ熱を持っていない一番と四番のリフトに負荷を分散させます。一番と四番を交互に動かすよう、現場の作業員に指示を」


「おう! 一番、四番、交互稼働だ! 重い荷から順番に乗せろ!」


「セルマさんは、午後に回せる荷物のリストアップを。午前中の処理量を本来の七割に抑えれば、熱を持った回路も冷却期間を稼げます」


「了解。腐らない布地と鉱石は後回しにさせるわ」


 それは、派手な魔法による故障修理ではない。


 負荷を読み、時間をずらし、重要度を天秤にかけ、全体の流れを調整する。


 異常が発生して「壊れた後」に対応するのではなく、データを読んで「壊させない」ための運用コントロール。


 これこそが、王都魔導庁・都市基盤保守局の元保守主任、アシュレイ・グランの真骨頂だった。


 三十分後。


 アシュレイの細やかな暫定配分と、セルマやガルドの現場の統制が噛み合い、倉庫区画の魔力計の針は、警戒域からゆっくりと安全圏へと下がっていった。


 断続的にちらついていた照明も安定し、パイプの危険な熱も引き始めている。


 リフトの速度は少し落ちたが、完全に止まることなく、着実に荷物を上層へと運び続けていた。


「……落ち着きましたね。ピーク負荷の分散、成功です」


 アシュレイは工具を収め、小さく息を吐いた。


「す、すごいです……。グランさん、どこも直してないのに、街がちゃんと動いてます」


 隣で見ていたミレナが、感嘆の声を漏らす。


「何も壊れていませんでしたからね。直すのではなく、使い方を街の体力に合わせただけです。……ですが」


 アシュレイは振り返り、ノラが持っている負荷記録の束を見つめた。


 ノラもまた、帳簿に記された乱高下する数字の羅列を見つめ、細い息を吐き出して低く呟いた。


「この街、壊れなくなったんじゃないわね。……壊れ方がまだ見えてないだけよ」


 その鋭い指摘に、アシュレイは深く頷いた。


 基幹ルートを引き直したことで、街の許容量は上がった。


 だがそれは、今まで起きたことのない「新しい規模の障害」が起きる可能性が生まれたということでもある。


 どこに負荷が集中するのか、どの回路が弱いのか。それは実際に動かしてみなければ分からない。


「ええ。だからこそ、ここからが本当の保守の始まりです」


 アシュレイはポケットから使い込まれた手帳を取り出し、新しいまっさらなページを開いた。


 そして、備え付けのペンで、迷いなく太く力強い文字を書き込む。


『初運用時負荷監視』


 直したから終わりではない。再建された街は、まだ試運転の真っ只中にある。


 この街を本当に救うための果てしない運用実務が、今日、本格的に幕を開けたのだ。

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