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追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第2章:腐った行政網の解体 〜辺境都市の魔力網をゼロから作り直す〜
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第19話 サービス再起動(リブート)

 深い深い、イルダン中央魔力炉の最下層。


 あらかじめ設定した「二十四時間」という絶望的なタイムリミットが目前に迫る中、薄暗い地下空間は極限の緊張感に包まれていた。


「……接続テスト、全項目クリア。波長の干渉、一切なし。旧式の安全核マスターコアと、新設した基幹ルートの統合……完全に完了しました」


 アシュレイ・グランの静かな、だが確かな実感を伴った声が、冷え切った地下室に響き渡った。


 彼の手元では、五十年間も分厚い埃を被って沈黙していた古代の安全装置が、新しく敷設された現代の太い魔導線と見事に融合を果たし、脈打つように青白い光を放っている。


 それは過去の遺産と現代の技術が、一人の実務家の手によって完全に「翻訳」され、結びついた証だった。


「やった……本当に、たった一晩でやり遂げやがった……!」


 汗と油と煤で全身を真っ黒に汚し、愛用の巨大なハンマーを杖代わりにしてようやく立っていた現場作業員頭のガルドが、震える声で呟いた。


 彼だけではない。背後にいる数十人の職人たちも皆、泥のように重い極度の疲労と、それ以上の達成感に包まれながら、瞬きも忘れてその美しい青い光を見つめている。


 誰一人として一睡もしていない。それでも、彼らの瞳には職人としての確かな誇りが燃えていた。


 だが、安堵の余韻に浸る暇はなかった。


 アシュレイの腰に下げていた通信魔導具から、ひどく切羽詰まった事務官ミレナの声が、激しいノイズ混じりに飛び込んできたのだ。


『グ、グランさん! 聞こえますか! 北の防壁のリオネル副隊長から緊急通信です! 魔物の波がかつてないほど激しくなって、見張り隊の肉の壁も限界寸前だと! 広場にいる住民たちの焚き火も、ギルドの備蓄薪が尽きて、もう消えかかっています!』


 限界だった。


 丸一日、結界による守りも、魔導灯の明かりも、暖を取る手段もない状態で持ち堪えてきた辺境都市は、文字通り生命線の端ギリギリに立たされている。


 これ以上停止時間が長引けば、凍死者が出るか、あるいは防壁が破られて魔物の餌食になるかの二択しかない。


「了解しました、ミレナさん。職人たちの懸命な作業により、大工事はすべて予定通り完了しています」


 アシュレイは通信機に向かって極めて冷静に告げると、ゆっくりと立ち上がり、魔力炉のメインコンソールの前に立った。


「これより、中央魔力炉を再起動リブートします」


 アシュレイの両手が、重厚な金属製の起動レバーをしっかりと握りしめる。


 ガルドが、限界まで働き抜いた職人たちが、そして通信機の向こうのミレナやノラが、祈るように固唾を呑んで見守る中。


 ガチャン、という重い金属音が地下室に鳴り響き、レバーが一番上まで力強く押し上げられた。


 ――ズゥゥゥン……!!


 大地の下から、巨大な都市の心臓が再び鼓動を始めたような、腹の底を揺るがす重低音が響き渡った。


 セルマが正規ルートへ戻した特級の魔力石から、莫大なエネルギーが抽出される。


 その膨大な魔力は、まず旧式の安全核へと流れ込み、古代の緻密なろ過機構を通って完璧に純化され、暴走の危険が一切ない、極めて安定した波長へと変換される。


 そして、ガルドたちが徹夜で引き直した真新しい太い魔導線を通り、無駄なく、ノイズもなく、安定した魔力の奔流となって、イルダンの街の隅々へと一気に駆け巡っていった。


 * * *


 夜明け前の、最も冷え込む薄暗い地上。


 広場に集まり、商人ギルドから配給された毛布にくるまって震えていた住民たちは、絶望的な寒さと暗闇の中で、じっと身を寄せ合っていた。


 赤ん坊の泣き声と、不安に苛まれる大人たちの吐息だけが白く広がる中。


「……おい、見ろ!」


 薪窯でパンを焼き、徹夜で差し入れを続けていた恰幅の良いパン屋の主人が、空を指差して叫んだ。


 街路に等間隔で設置されている魔導灯が、一つ、また一つと、ふっと温かなオレンジ色の光を放ち始めたのだ。


 それはかつての、キーツが予算を中抜きしていた頃のような、明滅を繰り返す今にも消えそうな弱々しい光ではない。力強く、安定し、街の暗闇と恐怖を完全に払拭する頼もしい光の波だ。


 その光の波は、特権階級の住む第一区画の貴族街から、外縁の貧民街に至るまで、身分や区画の差など一切なく、全く平等にイルダンの街を照らし出していった。


「点いた……明かりが点いたぞ!!」

「うおおおおおっ! 魔力が戻ったんだ!」


 住民たちの間に、割れんばかりの歓声が沸き起こる。抱き合って泣き出す者、空に向かって感謝の祈りを捧げる者。街の中心が、爆発的な熱狂に包まれた。


 一方、北の防壁。


 副隊長リオネルは、血と泥に塗れ、幾度も魔物の硬い外殻を叩き斬って刃こぼれした剣を振るいながら、這い上がってくる魔物の群れを必死に叩き落としていた。


「押し返せ! 一歩も引くな! 俺たちがこの街の壁だ!!」


 喉が裂けんばかりに絶叫するリオネルだが、不眠不休で戦い続けた兵士たちの体力はすでに限界を迎え、陣形は崩れかけていた。無数の赤い目を持った魔物の黒い波が、ついに防壁の縁を越えようと牙を剥く。


(ここまでか……っ! すまねえ、グラン殿……!)


 リオネルが死を覚悟し、最期の一撃を放とうと剣を振り上げた、その瞬間だった。


 防壁に埋め込まれた魔導回路に、これまでにないほど強大で、澄み切った純粋な魔力が流れ込んだ。


 空気を震わせる甲高い起動音と共に、分厚く、透明な青い光の壁――『外縁結界』が、一瞬にして上空へと展開されたのだ。


「ギャァァァッ!?」


 結界に触れた魔物たちが、バチィッという強烈な閃光と共に、まるで枯れ葉のように激しく弾き飛ばされ、防壁の下へと墜落していく。


 かつての薄く脆い、穴だらけの結界ではない。旧式コアによって不純物を完全に取り除かれた純粋な魔力で編み上げられた、強固で絶対的な防壁が、魔物の群れを完全にシャットアウトしたのである。


「結界が……戻った……!」


 リオネルが、安堵のあまりその場にガクンと膝をつく。背後では、傷だらけで生き残った見張り隊の兵士たちが武器を空に掲げ、涙を流しながら勝利の雄叫びを上げていた。


 同時刻、役所の事務局では、ミレナが信じられない思いで手元の通信盤を見つめていた。


「すごい……雑音が、一切ない」


 これまでは途切れ途切れで、常に怒声やノイズが混じっていた各区画からの通信が、驚くほどクリアに、そして滑らかに入ってくる。


『こちら第三区画! 水路の浄化槽、正常に再始動しました! 水圧も完璧です!』


『第五区画、魔導灯の全点灯を確認!』


 エラーの報告は一つもない。すべてが、本来あるべき姿で完璧に機能している。


 広場の片隅で配給を指揮していた商人ギルドのセルマは、光を取り戻した街路と、泣き笑いする住民たちの姿を見つめ、腕を組んだままふっと口角を上げた。


「……本当にやり遂げたね、あの王都の保守官殿は」


 それは、アシュレイ一人の魔法の力などではない。誰もが自分の役割を死に物狂いで果たした結果だった。


 ガルドたち職人の徹夜の過酷な作業、リオネルたち見張り隊の命懸けの防衛、セルマの的確な物資統制、ミレナの献身的な情報伝達、ノラの厳格な予算と資材の管理。そして何より、文句を言わずに一日暗闇に耐え抜いた住民たち。


 それぞれが自らの役割で、一つの巨大なチームとして再建に参加したからこそ、この目に見える「奇跡のような成果」が返ってきたのだ。


 * * *


 やがて、長い夜が明け、眩しい朝陽がイルダンの街を照らし出し始めた。


 役所の地下から地上へと戻ってきたアシュレイとガルドたち職人を、ミレナやノラ、そして大勢の住民たちが出迎えた。


「グランの旦那ァッ!!」


 ガルドが目を真っ赤に潤ませながら、油まみれの大きな手でアシュレイの背中をバンバンと力強く叩く。


「へっ……見ろよ! 結界も明かりも、最高出力でピンピンしてやがる! 俺たち現場の人間が、あのクソ豚どもが壊したこの街を蘇らせたんだぜ!」


「やりましたね、グランさん! 私たち、本当にこの街を直したんですね!」


 ミレナも涙ぐみながら駆け寄ってくる。ノラも誇らしげに丸眼鏡を押し上げ、周囲を取り囲む大勢の住民たちからは、惜しみない割れんばかりの拍手と、心からの感謝の言葉が降り注いでいた。


 アシュレイは、歓喜に沸き返るイルダンの街を静かに見渡し、小さく頷いた。


 だが、その瞳には達成感だけでなく、冷徹な実務家としての次なる決意が、すでに明確に宿っていた。


「……いいえ、ミレナさん、ガルドさん。これで終わりではありません」


 アシュレイの静かな、しかしよく通る声に、周囲の熱狂が少しだけ収まり、全員の視線が彼に集まる。


 彼はいつものように作業着のポケットから手帳を取り出し、真っ新なページを開いて見せた。


「壊れたものを直すのは、ただの『復旧』です。俺がこの街を去った後、あるいは何十年か後に同じ不具合が起きた時、また誰かが手探りで直さなければならないようでは、意味がない」


 アシュレイは真っ直ぐにミレナとガルド、そして集まった実務者たちを見た。


「今度は、誰が見ても分かる形で残します。新しい魔力網の正確な『台帳』を作り、日々の『点検手順』を定め、異常を早期に発見する『監視体制』を構築する」


 それは、英雄個人の力や属人化を完全に排除し、特別な才能がなくても確実に都市を守り続けられる仕組みの確立。


「一時の熱狂や個人の努力に依存せず、凡人でも回せる『運用』の仕組みを根付かせる。……それが、真の都市再建です。さあ、休んでいる暇はありません。新しいルールの整備に着手しましょう」


 熱狂の冷めやらぬ中で放たれた、実務家としての冷徹で確かな宣言。


 辺境都市イルダンは、失われていた機能を取り戻しただけでなく、未来へと続く強靭なシステムを、今まさに手に入れようとしていた。

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