表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された運用保守担当、辺境都市の障害を全部直したら英雄になった  作者: 結城ログ
第1章:壊れた辺境都市の応急処置 〜見えない障害を切り分けろ〜
1/13

第1話 追放先は壊れた都市

 車窓から見えてきた辺境都市イルダンの外壁は、あちこちの石積みが崩れ、ひび割れを埋める魔力樹脂もすっかり劣化して白く濁っていた。


「……修繕の記録は三年以上前か。いや、もっと放置されているかもしれないな」


 アシュレイ・グランは、手元の擦り切れた手帳に短くメモを書き込み、小さく息を吐いた。

 三十ニ歳。実用性だけを重視した地味な外套に、現場作業用の工具入れ。どこからどう見ても、しがない平民の裏方職人である。

 だが、ほんの半月前まで、彼は王都魔導庁・都市基盤保守局の「保守主任」という肩書きを持っていた。


 追放の理由は、王都で起きた大規模な魔力障害だ。

 新規開発局が保守局の警告を無視し、新設備を既存の魔力網へ強引に接続したことが原因だった。だが上層部は開発側の失態を揉み消し、すべての責任を「事前の調整と対応を怠った保守局」へ押しつけたのだ。


『利益を生まない古い保守部門に、これ以上の予算も人員も割けない。君のような旧式の手法しか持たない人間は、もう王都には不要なのだよ』


 開発責任者であるダリウスの冷淡な通告を思い出すが、アシュレイの心に湧いたのは怒りより徒労感だった。

 新しい物を作る人間ばかりが評価され、「壊れないように維持する」仕事は評価されない。結果、壊れた時の責任だけが現場に降ってくる。

 あのまま働くよりは、辺境に左遷された方が精神衛生上はマシかもしれない。


 アシュレイは馬車を降り、重いカバンを提げてイルダンの役所へと足を踏み入れた。

 赴任の挨拶を済ませ、まずは現状の設備台帳を確認させてもらおう。そう考えていたが――役所の扉を開けた瞬間、その期待は呆気なく裏切られた。


「だから! 北の第三見張り塔からの定期連絡が途絶えているんです! すぐに保守班を向かわせてください!」

「保守班なんて今いないよ! それに通信塔が壊れたのか、向こうの魔導具が壊れたのかも分からんだろうが!」

「それを調べるのがそっちの仕事でしょう!?」


 薄暗い役所のロビーでは、革鎧を着た見張り隊の男と、書類の束を抱えた若い女性事務官が怒鳴り合っていた。周囲の役人たちはオロオロとするばかりだ。


「落ち着いてください。先週も同じような途絶があって、半日後に勝手に直ったじゃありませんか。今回も魔力の一時的な乱れかもしれませんし……」

「もし魔物が出ていたらどうするんだ! 見張りの命がかかってるんだぞ!」


 生真面目そうな女性事務官――ミレナが必死になだめようとするが、見張り隊の男の怒りは収まらない。

 誰も全体を把握していない。何が起きているのか、どこが壊れているのか、その原因をどう切り分けるべきか。誰もその手法を知らないまま、ただ目の前の事象に対して感情をぶつけ合っている。


 アシュレイは小さくため息をつき、手帳とペンを取り出しながら、二人の間に割り込んだ。


「失礼。少しよろしいですか」

「なんだあんたは! 今は立て込んでいるんだ!」

「本日付で着任した、臨時保守官のアシュレイ・グランです」


 淡々と名乗るアシュレイに、ミレナと男がぽかんと口を開ける。アシュレイは二人の反応を気にすることなく、手帳を開いた。


「状況の整理を手伝います。北の第三見張り塔との通信が途絶したとのことですが、『いつ』『どのように』途絶しましたか? ある日突然プツリと切れましたか? それとも、数日前から雑音が混じるなどの前兆がありましたか?」

「えっ……あ、えっと……」


 理路整然とした質問に、見張り隊の男が言葉に詰まる。


「そ、そういえば、ここ三日くらい、声が遠かったり、ざあざあという音が混じったりしていたと、報告書に……」


 ミレナが慌てて書類の束から一枚を抜き出して答えた。アシュレイは素早くメモを取る。


「なるほど。突然の断線ではなく、徐々に魔力の通りが悪くなっている症状ですね。では次。第三見張り塔とこの役所の間には、中継用の魔導柱がいくつかあるはずです。最後に正常な通信が確認できているのは、どの中継柱までですか?」

「中継柱……? ええと、それは……」


 ミレナは困惑したように周囲の役人を見たが、誰も目を逸らすばかりだ。


「……もしかして、中継柱ごとの稼働状況を監視する仕組みがない?」

「……はい。通信塔の管理は、基本的に『繋がらなくなったら現場を見に行く』という運用でして……」


 ミレナの消え入りそうな声に、アシュレイの目の奥がスッと冷えた。

 障害の切り分けすらできない。どこで不具合が起きているかを把握する監視網が、根本から欠落している。これでは、広大な街の端から端まで歩き回って原因を探す羽目になる。


(……想像以上に、ひどいな)


「分かりました。見張り隊の方は、念のため伝令を走らせて直接的な連絡手段を確保してください。魔力通信に再接続の負荷をかけ続けると、劣化している中継柱が完全に焼き切れる危険があります。通信の再試行は今すぐやめさせてください」

「わ、分かった。すぐ手配する!」


 明確な指示を出されたことで、男はようやく落ち着きを取り戻し、足早に役所を出ていった。


「あの……グランさん、でしたっけ。これからどうするんですか? 現場に修理に向かいますか?」


 ミレナが不安げな顔で尋ねてくる。アシュレイは手帳を閉じ、首を振った。


「いいえ。現場に行く前に、やることがあります」

「やること?」

「過去一ヶ月分の修繕記録と、この街の設備台帳をすべて出してください。まずは、この街の『見えない障害』を洗い出します」


 数分後。ミレナが慌てて書庫から運んできた数冊の台帳と書類の束。アシュレイはそれをめくり、すぐに動きを止めた。


「……なんだ、これは」

「えっ?」

「昨年の修繕記録と、この設備台帳の経路図……まったく噛み合っていない。いや、それどころか、存在しないはずの魔力線が引かれている」


 アシュレイの言葉に、ミレナは顔を青ざめさせた。

 王都から追放された男の目の前に現れたのは、ただの通信障害ではない。長年の継ぎ足しと放置によって原型を留めていない、「運用崩壊」という名の巨大な病巣だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ