第9話 三日月島防衛戦
今にもいっせいに開くかのような蕾、じいっと待っているその瞬間を、まるで太陽が昇るのを待つ、夜のように。
先に三日月島に向かっているのはモナーク・C・リミットの方である。そこにはハル・ドライバの無傷の2隻の戦艦が待ち構えている。合流には間に合わないと引き返させたのだ。モナークの6隻の戦艦がこの2隻に襲い掛かろうとしている。各個撃破に悪手なし。但し敵が合流する前に。僅かな時間の間に撃滅するのに遠距離から悠長に砲撃などしている暇はない。たとえ相打ちになろうとも直ちに近接戦闘に持ち込む。勝敗は殴り合いで決まるのだ。そこに戦略の入る隙などない。
軍港に近づけば敵はより守備的に機動するものだ。軍港に閉じこもって穴熊のようにぴくりとも動かず守りも固く時間を稼いでも良い。そういう勝利条件だってあるのだ。戦略がそれを決める。守備側には必ず戦略がある。何のために兵力を維持するのか。温存するのか。援軍を待つのか。時間稼ぎをするのか。敵の侵攻を遅延させるのか。守りに徹するのか。刺し違えても敵は撃滅するのか。暫時繰り出し少しずつ削るのか。それとも一気に決戦に持ち込むのか。
三日月島攻略は次の目標から構成されている。
1)夜間戦闘では軍港に艦砲射撃を試みたい
2)その為には港湾入口の機雷敷設を妨害したい
3)その為には機雷敷設前に艦隊を島の近海に配置したい
4)その為には島周辺の敵戦力を減らしつつ制海権を得たい
5)その為には最初の海戦で相当数の敵艦隊を殲滅せねばならない
こうして階段状に必要な事をはっきりさせてゆく。三日月島攻略に軍港への突入は大前提にある。だからその前に艦隊が壊滅したら作戦は破綻する。破綻しないように接近する為に策を練っているのだ。これを検討するのが予備演習だ。
ハル・ドライバ、ライン・ドットドット指揮の艦隊が、モナークの艦隊を後方から追跡している。前方に2隻の戦艦隊、後方に3隻の戦艦隊。挟み撃ちになるか各個撃破になるか、どちらに転ぶかは時間勝負。艦隊数だけでいえばモナークに利がある。だが一般的には守る側が有利としたもの。海上戦力を失っても陸上戦力がまだ残るからである。
二隻の戦艦隊は三日月島の入り口に固く陣取っている。もう梃子でも動かないだろう。だからモナークの艦隊は強引にでも剥がさなければならない。にらみ合いをする猶予はないから正面衝突する。強烈な被害を、強靭な突撃で!こちらが被る以上の被害を相手に与えるだけの事だ。艦隊数を比べればそう難しくはない。とは言えモナークの艦隊は全て小破、中破と被害を受けている。ハルの無傷の戦艦は強力である。
諸島での防衛戦は、相手の上陸を阻止する事、その為には敵の海上戦力は近づけない事。例え近づけても上陸はさせない事、仮に上陸されても海岸線で押し返す事。それでも上陸を許したら要塞化した陸上基地で防衛に徹する事、そこからは時間を稼ぐ戦闘に遷移する。そういう目論見を全て打ち倒してやっと陸上戦力というものは無力化できる。兎角タフなのだ。
海上戦力からの攻略が難しければ持久戦に持ち込んでもいい。海上輸送を途絶えさせれば呼吸点を失った植物のように陸上戦力は枯れてゆく。兵士が総力を挙げて農業に従事し食料の自給自足体制を取ったとしても、もし戦闘が始まれば弾薬や燃料まで自給できるものではない。諸島の攻略はじっくり取り組むのが基本である。
だがまぁ演習はそこまでは深く練る必要はない。ある決まったルールの中で行うものだ。その点で現実は相当に無視できる。ある意味、非現実的な遊戯である。
モナークは6隻の艦隊を駆って一気に2隻の戦艦へと襲い掛かる。ハルはそれを見て嬉しそうである。演習の検討としてはもう終わったも同然である。それくらいみんな分かっているが、演習の行く末は気になる。どちらが強いか、是非それを見物しようじゃないか、という状況にある。
モナークはハルの指揮する2隻の戦艦に向かって反航戦を行う針路を取る。6隻の艦列といっても先頭2隻はかなりの被害を受けている。つまり戦闘力が低くなっている。ハルとしては弱いものから処分してゆくか、強いものを弱体化させるかで逡巡している。
ラインは少し遠回りでモナークの6隻に接近してゆく。近づくほどに激しい砲撃が交わされる。一度の反航戦でも互いに直撃を受ける。それくらいまでハルとラインは猛烈に接近してきたのだ。残り3艦と合流するまで徹底的に敵戦力を削りに削り取る。確かに5隻と6隻、艦差はある。だが、2隻と3隻での挟撃を狙う。挟撃の利点は相手を混乱に陥らせる事だ。どちらかがもたれて攻撃してくる。それの相手をしていると、もう一方が本命として迫ってくる。それが読みにくい。相手だって状況で決めてくる。そうなれば挟撃する側に主導権が渡る。単縦陣のモナークはさてどうしようかと黙考に沈んでいる。
挟撃される前に敵戦力を奪う事が最善手であろう。しかしこちらの戦力も万全とは言えない。アグネスならそれでも何も考えずに突撃する。それは分かり切っている。撃ちあって生き残れば勝利する、撃ち負ければそれまでだ、そういう戦術でやる。
だがモナークはそういう性格ではない。とは言え撃ち合うしかない。仕方ない。書類上、とても大きな被害として記録されるだろう。だがそれは書類に書かれた数値に過ぎない。戦艦が沈んだ所で惜しむ理由はない。たかが兵棋演習の駒である。モナークは艦隊をふたつに分けその片方を囮にする。つまり、もう片方で突撃を仕掛ける。
ふたつに分かれたモナーク艦隊は全速力でハルの2隻に接近する。急接近に驚きそれを回避しようと試みるライン・ドットドット。モナークはふたつに別けたもう片方から砲撃を加えて動きを封じようとする。接近する両艦の距離がゼロへと向かう。
如何に少しずつ敵を漸減した所で、仮にここで大敗北をした所で、軍さえ再建できれば再戦を挑める。継戦さえ可能なら敗北は問題にならない。重要なのは敵戦力を減らしたり全滅させる事ではない。それだけで未来が決まる訳ではない。そこが戦争と戦闘の違いだ。ひとつの戦闘が終わる。戦う意志があろうとなかろうと次につながってゆくかどうか。軍はリベンジできる回数で勝負する。
モナークは3隻ずつふたつに分けた艦隊で砲撃を加えている。ハルは撃ち返している。凡そハルにはモナークの思惑が分かっていなかった。まさかと思うだろうが、モナークは接近しても速度を緩めなかったのである。方向は一直線だった。
「逃げろ」の声掛けは遅かったようである。後手を引いた。明らかに挟撃で追い込まれた風がある。どんどんと接近してくるモナーク艦隊群は、既に絶対回避不能である。まさか、またラム攻撃を試みるとは。
「お前もアグネスに毒されたか」どすんという衝撃音とともに戦艦同士が激しく衝突する。衝突のお駄賃とばかりにモナークはゼロ距離での主砲発射を命じる。激しい轟音とともに煙をあげて炎があがる。
ハルの戦艦2隻が破壊された。その代償にモナークも衝角攻撃に使用した3隻は使い物にならない。2隻が敵艦の舷側に食い込んでいる。残りの1艦も敵の艦尾に乗り上げている。被害は甚大である。だが、この犠牲で敵戦力を完全に屠った戦果も大きい。ハルもラインもわなわなと振るえている。「お前ら、兵士の命を、我が軍の装備をなんだと思っている」
「うん?紙の上の数字だ」アグネスが遠くの方から答えている。演習は心の呵責がないからいいよな、と誰かが言っている。
モナークの艦隊は残り3隻、ハルの艦隊も残り3隻。残存戦力はほぼ互角。
図上にはお互いの棋のすべてが置かれている。互いの状況を一目に把握できる。状況を十分に把握した上で戦術を決められる。これが演習を手談と呼ぶ所以である。先ほど一隻だけ他方面に動かした囮をモナークが動かそうとしている。ハルはそれを見てモナークの思惑を思案する。一番遠い場所にあったその戦力が単独とは言え戦場に加わろうとしている。戦力の増加は常に正義だ。モナークの囮が、ここにきて勝負手の様相を帯びてきた。
ハルたちの3隻の艦隊が戦場に合流する。間に合わなかったが、それは仕方がない。モナークの艦隊は3隻。体当たりだなんて贅沢な使い方をしてはあっとういう間に艦隊は全滅する。3対3の戦闘が始まろうとしている。これが恐らくは最後の戦闘。モナーク側にはもう1隻が加わる。少しだけ有利。
だが、この程度なら戦いになる。残った戦力をもってハルが最終決戦を挑もうとした時、モナークが声高らかに命じた。
「突撃陣形を取れ、全速力でハル艦隊の中央を突っ切る」
「なに?」とハルが思わず声を上げる。三度。三度もだ。またラム攻撃なのか。何時の時代の戦闘か。優れた蒸気機関の艦隊で体当たりなどありえないのだ。ありえなくとも起きたのだから仕方がない。それでも3度目は起きえない。こちらだってそこまで無様にはなれない。
正面から堂々と。どちらの戦艦も撃ち合いを続ける。ハル乗艦の真横をモナークの戦隊が通り過ぎてゆく。どちらの被害も止まらない。互いに肉を切らせて骨を断つようにも見えるが、実際にやっているのは、肉を切られて骨まで折られている感じだ。
「全艦、大回頭、二度目の攻撃を慣行する」ハルが命じる。 これだよ、これだ。とハルの横でラインが喜んでいる。二回目の撃ち合いこそが自分たちの臨んだもの。ウェルカム、モナーク!
それを横目にモナークが指示する。
「撤退する、全力で撤退する」
ハル艦隊の横を通り過ぎたモナークの戦艦隊はそのまま全速力で遠ざかってゆこうとしている。回頭中のハル艦隊から次第に消えてゆく艦影。
「ば、馬鹿な」驚愕するライン。
ハルは唖然として、に、逃げるのか?と聞いている。
「演習ってのは、戦って戦って戦い抜いて、一隻でも多くの敵艦を沈めるものだろう?」
「いいえ。それはアグネスの哲学です、わたくしの辞書にあるのは撤退の一字です」
しばし沈黙。
「二文字だがな」と誰かの声がした。




