表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
サーンズライド海軍記  作者: nanoris
海軍大学校・演習編
PR
1/1

第1話 プロローグ

 今、僕の国は戦争をしている。だから、貴族、平民を問わず、王民は兵役の義務を負う。


 戦争が始まったのはずっと前だ。僕は貧しい貴族の三男坊で家も継がず、かと言って遊んで暮らすほどの甲斐性も才覚もない。だから職業軍人となる道を選んだ。


 別に死にたい訳でも人生への絶望からでもない。貴族は国へ貢献する義務を負う。ノブレス(Noblesse)オブリージュ(oblige)。幼い頃から触れてきたし、この考え方も嫌いではない。その立場にある自覚もある。責任を果たさない地位などない。これも受け入れている。


 国家はいま産業革命の大きな変化の中にある。帆船が蒸気船に置き換わる。それで経済が大きく変わった。貿易というものが国と国の関係を変える。世界が狭くなり科学が発展し多くの産業が興っている。戦争の形も変わった。


 王国は大陸の端にある。戦争の相手は、海向こうの共和国。ついこの間まで王国だった。僕たちの国の間には昔から海を挟んで戦争と和平を繰り返してきた歴史がある。ほんの20年前にその国で市民革命が起きた。王は処刑され、市民たちは自由憲章を掲げた。その後に共和国で起きた権力闘争は他国の事とは言え、同情に値する。それは碌なもんじゃない。


 現在の戦争は海を中心で行う。だから海軍を選んだ。幾ら強くても海を越えられない陸軍では役に立たない。世界が狭くなったとはそういう意味だ。地政学的にも大陸に閉じこもっていては国の発展はない。もし大陸がもっと巨大であったなら今とは全く異なる地政学に従うのだろうけど。そう講義で言っていた。


 海軍大学校に入学してみるとこれが意外と楽しい。学びは面白い。色んな貴族の学友と巡り会えたし平民の友人も出来た。わが王国は基本的に軍の士官は貴族出身者で占める。とはいえ広く人材を求めるために10年以上も前から平民にも門戸を解放している。


 一度入校すればそこに貴族や平民の区別はない。それが覚悟できない生徒は入校しない方がいい。もちろん、心の奥底には身分が意識にのぼる事はある。それでも、例えば僕たち36期生なら64人。その中の12人は平民である。貴族か平民かで能力に差はない。当たり前の事。最近流行の進化論によれば貴族だろうと平民だろうと遠いご先祖様は同じ猿だから。


 どの世界にも、圧倒的な才覚を持っている人は居るものだ。生まれ持ったものか努力の結果かは別にして。そういう人を目の前にすると落ち込んで嫌な気にもなる。そういう気持ちはどこに居ても避けえない。嫌でも誰もがそれを味わう。優れた学校というものはそういう気持ちとの向き合い方がカリキュラムにも組み込まれているものらしい。


 そのおかげで才能とは自分より先を走っているだけの事と段々と思うようになってきた。才能とはスタートダッシュが早い事。それ以外の何物でもない。誰もが必ず追いつけるものだ。神童とか早熟に価値を置くなら別だが、この国には大器晩成という素敵な言葉もある。理解力が早い人はそれだけで人よりも早く先に進める。だから最初のうちはそのアドバンテージが効いている感じをこちらは受ける。


 だけど初速が早い事は別に最終到達点も遠い意味ではない。初速が早いだけである。そして人生は運に恵まれれば十分に長い。初速は遅くても遠くまで行ける人もいる。もちろん、才能に恵まれて一生が十分に長く遠い地点にまで到達できる人もいるだろう。だけど進む方向は360度。反対側に進むなら自分から見ればマイナスの速度だ。もちろん時々、みんなが北へ向かっているのにひとり南に向かって進んで一周して戻ってくる人もいたりする。それはもう仕方ない。拍手しよう。


 その人の後ろ姿しか見れないからと言って別に負けてはいない。ただ自分が持っているもので勝負する。何を持っているかを比べるのではなくそれをどう使うか。全てに抜きんでている人間もいるだろうがなにひとつ欠点がないわけではない。ここで敵わないなら、別の場所に行く。艦隊は全体で動く事に価値がある。


 僕ら36期生ではホークス・F・アレイがなんといっても一等だ。ひょろっとしたさらさら銀髪の碧眼の貴族。別に寡黙な訳ではないが、とても研究熱心な男だ。


「こんなにも船酔いするものなのか。どうも僕は海の上では役立ちそうにないなぁ」初めての航海の時そう語った。これだけで僕たちは相当に優越感を感じた。

「いくらホークスでも海の上なら俺らの勝ち」同期連中はみなそう納得した。


 ホークスは戦略の天才だ。その才覚を見ていると自信を失うが軍隊というものは決して一人の天才軍師だけでどうこうできる組織ではない。この巨大な組織を動かすにはとてもとてもとても多くの人の結合的な行動が求められる。


 たった一隻の軍艦を動かすにもどれだけ多くの人を要するか。艦船を整備する人、修理する人、必要な食糧や石炭や水を仕入れる人、砲弾を艦に運び込む人、手配する人、病人の代わりを用意する人、作戦を決める人、細かなスケジュールを立てる人、予算を計上する人、それを支払う人、家族も見知らぬ王民も含めた様々なサポートがあって初めて出航が成る。


 どこかが滞れば全体に影響する。その遅れが何十隻にも連鎖すれば簡単には解決しない。山積した問題をひとつずつ解消してゆく。それで解決しなければ艦隊行動は行き詰まる。全てを協調させ有機的に動かすには相当な苦心と経験が要求される。確か陸軍では最初に仕官に叩きこまれるのが兵の寝床と食事と排泄場所の用意らしい。一旅団8000人の兵士を食べさせ、寝させ、出させ衛生的に処理する、それなくして歩兵は機能しない。海軍だってその辺の事情は変わらない。


 軍の中で全員が自分の役割を果たす事に鋭意努力する。そうしなければ組織は1ミリも動かない。たったひとりの天才の号令だけで自由自在に動くものではない。ある期待されるパフォーマンスに至るまでにどれだけのトライアンドエラーを繰り返しどれだけ多くのリカバリを試みてきたか。たったひとりの天才で解決できるような問題などない。誰も機械ではない。それは士官だけではなく兵たちだって同じだ。多くの人たちの日々たゆまぬ粉骨砕身の計画遂行力のみがそれを可能にしている。


 だから凡才だからといって気に病まない。ここではそんな暇さえ与えられない。凡才しかいない軍隊が負ける訳ではない。天才が率いる軍が勝つとも限らない。多くを学べば。戦史の中で多くの天才たちの所業を見てきた。天才からでも凡才からでも学ぶものがある。それが僕たち学生の強みだ。歴史は数多の戦術の宝庫だ。授業で繰り返し学び僕たちは何か獲得している。強い軍艦や兵を用意すれば勝てる、そんな単純な考えでやっていけるほど甘い世界ではない。


 どの期でも同じだろうが同期の間には一種独特の連帯感がある。成績の順位に関係なく、身分や性別に関係なく、互いに背中を支え合う感覚。戦場に出る前から僕たちはもう戦友になっている。僕は主席になるほど優秀ではないがこの期への愛着はきちんと持っている。幸いに僕たちの期には大きな派閥は生まれなかった。一枚岩というほどの強力な団結力がある訳ではないが、協調性がないわけでもない。この緩やかさの関係が僕は心地いいと思っている。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ