枯葉日和
六畳ばかりの小さき住まひに移り住みしころ、我が身の心は、常にせはしく、張りつめて休む時なし。日暮れて帰り来たりても、思ひはなお外にさまよひ、胸の内、波立ちて鎮まらず。言ひ返すこともなく、咎むることもなく、ただそこに在りて我を受けとどめむものを、とあはれに思ひわたりて、軒端の狭き縁に紫陽花の鉢を据ゑたり。
朝な朝な、装束を整ふる折に、しばし立ち出でて土を指に取り、乾きたるを見ては水を注ぐ。かくてゐる間ばかり、胸の内に渦巻きし声は、露のごとく消え失せぬ。紫陽花は物言はず、ただ葉を広げて光を受け、静かに立ちゐたり。その姿の、我が疲れや怒りを、言葉なく引き受けたるやうに見えて、あはれ深く、心は次第に寄り添ひぬ。世話をなすは我なれど、いつしか我こそ支へられ、また、この花を育つるは我なりと、ほのかなる誇りも生まれにけり。
ある年、事いと忙しき折に入りて、日々の営み乱れ、数日、水を与へざることありき。ふと心づきて縁に出で見れば、紫陽花の葉、いささか色を失ひ、重きに堪へずうなだれたり。そのさまを見し刹那、胸の内、きしりと鳴るやうに痛みて、あはれ、あはれと心の底より声なき声ぞ立ちのぼりける。黙して耐へゐしものが、つひに我に訴へたるやうに覚えられて、しばし立ち尽くしぬ。
それより後、この思ひ、心より離れず。ここに在りては、この小さき鉢一つだに守り得ぬ身なり。紫陽花に目をかける暇さへ持たぬところにて、我はいかなる道を歩まむとするぞ、と夜ごと自らに問い返しぬ。思へば、答へは露ほども迷はず、心の奥にすでに在りけり。退きしるしを書きて職を探し始めしは、逃れといふより、あはれなる身が息を継がむがための、やむなき選びなりけり。
幸ひに、蓄へありければ、日々の暮らしに追はるることなく、朝も夕も紫陽花に向かふ時を得たり。土を整へ、葉を拭ひ、伸びすぎたる枝を少し剪りては、また眺め入りぬ。その間、世の音は遠のき、ただ風と葉擦れの声のみ耳に残りて、我は確かにこの世に要されゐるやうな、あはれ深き心地に包まれたり。
梅雨の気、しだいに濃くなりゆく五月の半ば、召しの知らせ来たり。雨を含める風、縁に忍び入りて、紫陽花の葉、瑞々しく揺れ動きぬ。そのさまを見ては、我が行く末もまた、かく潤ひてあらむかと、淡き望み胸をよぎりけり。
それより後、日々は露のごとく、気づかぬほどに姿を変へたり。朝はやや遅くなり、夜はなお明るきうちに帰り着く身となりぬ。息を詰めて過ごすこともなくなりて、縁へ向かふ足取りも、いつしか軽く、されど確かに遠のきたり。紫陽花を思ひ出さぬ日、重なりゆき、それを悲しとも、不思議とも思はぬ我が心の移ろひぞ、いとあぢきなし。
久方ぶりの休みに、洗ひ物を抱へて縁に出でたるに、倒れ伏したる鉢と、乾ききりたる土、目に入りぬ。枯葉、二三枚、床に散りて、風吹けばかさりと音を立てたり。胸の内、ちくりと痛むるにあらず。
紫陽花、ひとひらも咲かぬまま、季を失ひて立ち尽くしたり。土の埃、風に引きずられし跡を残し、過ぎにし時の名残のやうに見ゆ。やがて梅雨来なば、この埃も雨を含み、重き汚れへと変はらむ。その汚れこそ、かつてのあはれを、黙して語るものならむ。
救ひなりし
花を失ひ
涙なく
悔ゆる心の
冷えぞ身に染む




