【短編小説】ジョニー村上、登戸で果てる
部活の無い日は素晴らしい。
西陽の射す電車は平和そのもので、俺と村上は並んで座りながら揺られていた。
村上はそれまで自分で飲んでいたペットボトルのジュースをクルクルと回すと、急に俺を見て
「何か浮いてる」
と真顔で言った。
「そうか」
村上が読み終わって要らなくなった週刊少年マンガを読みながら、俺は適当な相槌を打った。
「おい、見ろって」
俺がマンガを読むのを中断させて、村上はペットボトルを見せた。
五分の一ほどに減ったペットボトルの中身はピンク色をした微炭酸の飲料で、その中には確かに何かが浮いていた。
「お前の痰か何かじゃねぇの」
俺はペットボトルを一瞥して、視線を再びマンガに戻した。
マンガの中では少年たちが殴り合ったりしている。
このマンガに描かれている少年たちも俺や村上とそんなに年齢が変わらないのに、何故だかバイクを所持している。
お小遣いとかカツアゲとかで貯めるにしたって無理がある様に思われる。
それに帰る家があって、お父さんとお母さんがいる。お父さんが仕事をして稼いだお金で、お母さんの作ったごはんを食べるのだろう。
どう言う事なんだろうか。
大体、村上だってこのマンガを全部読む訳でもないしペットボトルを飲み切ったのを見たことがない。
そうだ。村上は同じ年でありながら、ペットボトルのジュースも買えるし週刊少年マンガを買う金銭的な余裕がある。
おれは部活の日にしか買い食いなんて出来ないし、週刊マンガを買うお金は無い。
バイトだって出来ないし、何なのだ。
俺が少年時代に於ける深刻な金銭的格差について思いを馳せていると、村上は再び俺を呼んで
「痰なんかじゃない、見ろって」
とペットボトルの観察を強要してきた。
やれやれ、とマンガを閉じる。
村上を見ると、吊り上がり気味で切長の目を輝かせて俺のリアクションを待っていた。
ハンサムなのに何て変な奴なんだろう。
俺は村上が顔の高さに掲げたペットボトルを良く見た。
振り回され続けたピンク色の飲料は底の方から泡を浮かべている。
その水面に、確かに白い何かが浮かんでいた。
「確かに何か浮かんでるな」
「だろ?」
別にそれが何であるかと言うことに興味が無いのか、村上は俺が追認したのを聴いて満足気な顔になり、またペットボトルをくるくると回し始めた。
俺は村上の奇行をしばらく眺めていた。
端正な顔立ちをしているが、変な奴だ。とても変な奴だ。
そう言えば最近、毎朝同じ電車に乗り合わせる他校の女子生徒と付き合ってたのが別れたと言う話を聞いた。
やはり村上の奇行に付き合いきれなくなったのだろうか?
そりゃあペットボトルを回して「何か浮いてる」と見せてくる奴は厭だよな、と思った。
ペットボトルの中に浮かんでいたのが、村上の元恋人の生き霊だったりしたら面白いなと考えていたが、当の本人は急にそのペットボトルに興味を失い
「これもやるよ」
と俺にペットボトルを渡してきた。
「要らないよ」
俺は再びマンガ雑誌を開いた。
例えそれがお前の元恋人の素で、上手く育てると肉人形になるとしてもな。
電車が駅に着いた。
俺と村上が乗り換えの為に電車を降りると、村上は手にしていたペットボトルをゴミ箱に入れた。
俺はゴミ箱の中で恨めしそうな声を上げるペットボトルのことを考えながら、村上に別れを告げて駅の改札を出た。
「じゃあな」
「あぁ。明日の部活サボんなよ」
階段を三段飛ばしで上がろうとして、途中から二段飛ばしにした村上の背中を見ながら、例のペットボトルについて思い出していた。
もしあのペットボトルにあるのが村上の恋人か何かのもとで、うまく育てたら肉人形になるのなら、あれ貰っておけば良かったかな。
村上はもうセックスしたんだろうか?
少年マンガの不良たちも、セックスはしてるんだろうか?
「制服セックスしてぇなぁ」
思わずそう呟くと、角打ちの日雇い達がワハハと笑った。




