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2話 悪役令嬢の真実

 実は、私には秘密がある。


 私、リュシエル・ヴァン・エリュドールは転生者である。


 前世では、日本で普通のOLをしていた。

 名前は田中美咲。

 27歳。

 彼氏なし。

 趣味は乙女ゲーム。


 毎日、会社と家の往復。上司に怒られ、後輩に愚痴を聞かされ、休日は部屋でゲーム三昧。


 そんな平凡な、いや、退屈な人生を送っていた。

 そして、ある日。


「はあ……また残業か……」


 深夜、疲れ果てて会社を出た私は、ふらふらと駅に向かっていた。


 信号が青になる。

 横断歩道を渡り始めた、その時。


「危ない!」


 誰かの叫び声。


 振り返ると、信号無視した電動キックボードが猛スピードで突っ込んできた。


 ガシャン!


 衝撃。


 そして――暗転。




「……は?」


 次に目を覚ました時、私は見知らぬ部屋にいた。

 天蓋付きのベッド。豪華なシャンデリア。窓の外には、中世ヨーロッパ風の街並み。


「なにこれ……夢?」


 いや、違う。

 痛みも、感触も、全部リアルだ。


 私は慌ててベッドから起き上がり、部屋の隅にあった鏡を見た。


 そして、絶句した。


「……誰?」


 鏡に映っているのは、翡翠色の瞳に、プラチナブロンドの長い髪。

 陶器のような白い肌。整った顔立ち。


 完全に別人。

 しかも、めちゃくちゃ美人。


「お嬢様、お目覚めですか?」


 背後から声がして、侍女が入ってきた。

 侍女? お嬢様?


「あの、ここは……」

「エリュドール公爵家でございます。お嬢様、また悪夢でも?」


 エリュドール?


 その名前を聞いた瞬間、私の脳裏にフラッシュバックが走った。


 エリュドール。


 それは、私が前世でプレイしていた乙女ゲーム『クレイジー・アバウト』に登場する――

 悪役令嬢の名前だった。


「……うそでしょ」


 私は震えた。

 まさか、まさか。


 転生したのは構わない。異世界転生、流行ってるし。むしろ、ちょっと憧れてた。

 でも、よりによって悪役令嬢かよ!


 しかも、リュシエル・ヴァン・エリュドールって、ゲーム内で最も悲惨な末路を迎えるキャラじゃん!


「お嬢様? 顔色が悪いですが……」

「だ、大丈夫……」


 私は必死に記憶を整理した。


 ゲーム『クレイジー・アバウト』。

 主人公は、平凡な男爵令嬢クラリッサ・ド・ピンクリー。

 彼女が魔法学院に入学し、イケメン攻略対象たちと恋をするという、王道乙女ゲーム。


 そして、その恋路を邪魔する悪役令嬢が、リュシエル・ヴァン・エリュドール。

 第二王子セドリックの婚約者で、主人公クラリッサをいじめまくり、最終的には……


 国外追放エンド。


「……最悪じゃん」


 しかも、このゲーム、私、全ルートクリアしてる。

 つまり、リュシエルがどのルートでも悲惨な目に遭うこと、全部知ってる。


 王子ルート? 国外追放。

 騎士ルート? 牢屋行き。

 魔法使いルート? 魔力剥奪。


 どのルートでも、リュシエルはボロボロ。


「どうしよう……」


 パニックになりかけた私だが、深呼吸して冷静になった。

(待て、落ち着け。パニックになっても仕方ない)


 前世の知識がある。

 ゲームの内容も全部覚えてる。

 なら、破滅フラグを回避すればいいだけだ。


「そうだ、まだ間に合う!」


 それから数日。

 私は必死に、この世界のリュシエルの記憶を整理した。

 幸い、転生時に元のリュシエルの記憶も引き継いでいた。


 そして、わかったこと。

 今は、ゲームが始まる三年前。

 リュシエルは14歳で、魔法学院にはまだ入学していない。

 セドリックとは幼い頃に婚約しているが、最近は疎遠。


 そして、クラリッサはまだ登場していない。


「……つまり、まだ間に合う!」


 私は決意した。

 破滅フラグを回避する!

 原作のリュシエルは、なぜ悪役になったのか。


 理由は簡単。

 婚約者のセドリックが、クラリッサに一目惚れしたから。


 嫉妬したリュシエルは、クラリッサをいじめまくる。

 結果、全攻略対象キャラから嫌われ、社交界から追放される。


「……でも、よく考えたら、これって理不尽じゃない?」


 だって、婚約者を取られたら誰だって怒るでしょ。

 しかも、クラリッサって実は裏で色々やってる女なんだよね。


 ゲーム内では「天使のような優しい女の子」として描かれてたけど、よくよく考えると怪しい行動が多い。

 プレイヤーには見えない部分で、絶対何かやってる。


「よし、決めた」


 私は方針を立てた。


 方針その1:セドリックとは適度に距離を置く

 どうせ彼、クラリッサに一目惚れする運命だし。

 最初から執着しなければ、嫉妬もしない。


 方針その2:クラリッサが登場したら、関わらない

 いじめなければ、悪役にならない。


 方針その3:婚約破棄されたら、むしろ喜ぶ

 自由になれるチャンスじゃん。


「完璧な作戦!」


 こうして、私の破滅回避計画が始まった。



 そして、三年が経った。


 私は17歳になり、魔法学院に入学。

 セドリックとは、計画通り適度な距離を保っていた。

 彼も私も、互いに「婚約者」という立場は意識しているが、恋愛感情はゼロ。


 むしろ、最近は会話すらほとんどない。


「このままいけば、平穏に卒業できるな」


 そう思っていた矢先。

 彼女が現れた。

 クラリッサ・ド・ピンクリー。

 ピンク色の髪に、猫のような瞳。可愛らしい外見で、儚げな笑顔。

 まさに、乙女ゲームのヒロイン。


「はじめまして、リュシエル様。私、クラリッサと申します」


 彼女は上品にスカートの裾をつまんで、お辞儀をした。


「……よろしく」


 私は警戒しながらも、笑顔で返した。

(原作ヒロイン、登場か)


 ここからが本番だ。


 原作では、クラリッサが転入してきた初日、セドリックが彼女に一目惚れする。

 そして、リュシエルは嫉妬からクラリッサをいじめ始める。


「でも、私はいじめない。絶対に」


 私は心に誓った。

 関わらない。無視する。

 これが最善策。

 ところが。


「リュシエル様、セドリック殿下とクラリッサ嬢が廊下で話し込んでますわ」


 侍女のソフィアが報告してきた。


「……へえ」

「しかも、殿下、すごく楽しそうに笑ってます」

「……ふーん」

「リュシエル様、本当に大丈夫ですか? 婚約者が他の女性と」

「全然平気」


 本当に平気だった。

 だって、セドリックに恋愛感情なんてないし。

 むしろ、「原作通りだな」と冷静に観察していた。


「でも、このままだと周囲が黙ってませんわ」


 ソフィアが心配そうに言う。


「『婚約者がいるのに他の女と親しくするなんて』って、貴族たちが噂し始めてます」

「……面倒くさいわね」


 貴族社会って、本当に面倒。

 でも、私は動かない。

 だって、ここで嫉妬したら破滅フラグ。


「放っておきましょう。私は気にしませんから」


 そう言って、私は優雅に紅茶を啜った。


 ある日のこと。

 私は図書館で魔法書を読んでいた。

 すると、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「ねえ、リュシエル様って本当に高慢よね」


 クラリッサの声だ。

 私は本で顔を隠しながら、聞き耳を立てた。


「セドリック様があんなに素敵なのに、全然相手にしてないのよ? 信じられない」

「でも、リュシエル様、美人ですし……」

「美人なだけで中身は空っぽよ。それに、あの家、お金持ちだから調子に乗ってるだけ」


 おいおい。


「私、本当はリュシエル様が可哀想だと思ってるの。だって、誰にも愛されてないもの」


 は?


「セドリック様も、本当は私のことを見てくれてる気がするの。だから、私が殿下を幸せにしてあげなきゃ」


 ……この女、完全に婚約者狙ってるじゃん。

 しかも、さりげなく私を下げてる。


(ああ、これが原作ヒロインの本性か)


 ゲーム内では、クラリッサは「天使のような優しい女の子」として描かれていた。


 でも、現実は違う。

 彼女は計算高く、自分を良く見せるために他人を貶める女だ。


(やっぱり、関わらないのが正解だな)


 私は静かに図書館を後にした。




 それから数ヶ月。

 セドリックとクラリッサは、どんどん親密になっていった。

 周囲は噂し、私に同情の視線を向ける。

 でも、私は平然としていた。


「リュシエル様、本当に大丈夫ですか?」


 エミリーが心配そうに聞いてくる。


「大丈夫よ。むしろ、これで婚約破棄してくれたら万々歳なのに」

「婚約破棄!?」

「だって、自由になれるじゃない」


 私は本音を言った。

 でも、セドリックはなかなか婚約破棄を言い出さない。

(もどかしいな)



 そして、ある日。

 園遊会が開かれた。

 私は、エルフ風豆のポタージュを飲んだ。

 美味しくて、おかわりもした。


 そして――腹が痛くなった。


「やばい、トイレ……!」


 走る私。

 しかし、貴族専用トイレは全滅。

 そして、最後の一つが空いた時。

 セドリックと鉢合わせた。


「お、空いたぞ!」

「それはどうかしら、殿下」


 私たちは、トイレを奪い合った。

 そして、クラリッサが横入りしようとした時。

 私は言った。


「浮気は譲っても――トイレは譲れませんのよ」


 その瞬間、私は気づいた。

(あ、これ、破滅フラグ回避のチャンスだ!)


 セドリックは激怒し、婚約破棄を宣言した。


「リュシエル嬢は、トイレすら譲らない! 婚約者失格だ!」


 やった!

 私は内心で大喜びしながら、トイレに駆け込んだ。

(ありがとう、豆スープ! ありがとう、トイレ!)


 こうして、原作の「ヒロインいじめ」による破滅フラグを回避し、まさかの「トイレ戦争」で婚約破棄に成功したのだ。


 翌日。

 私は侍女たちと共に、勝利の美酒(紅茶)を味わっていた。


「信じられませんわ。まさか、トイレで婚約破棄になるなんて」


 マリアンヌが呆れる。


「でも、結果オーライです!」


 エミリーが嬉しそうに言う。


「リュシエル様、これで自由ですよ!」

「そうね」


 私は満足げに微笑んだ。

(原作では、ヒロインいじめで国外追放)

(でも、今回はトイレ戦争で婚約破棄)

(しかも、世間の評判は悪くない)

 完璧じゃないか。


「それに、セドリック殿下とクラリッサ嬢、もう終わりが見えてますしね」


 ソフィアがにやりと笑う。


「ピンクリー家の借金、もうすぐバレますよ」

「楽しみね」


 私は心の底から思った。

(転生して、悪役令嬢になって、最初は絶望した)

(でも、今は違う)

(この世界、案外悪くない)


 しかも、原作にはなかった「トイレ戦争」という伝説まで作ってしまった。


「リュシエル様、次の舞踏会、楽しみですね」

「ええ、楽しみだわ」


 私は窓の外を見た。

 青い空。白い雲。


 そして、これから始まる新しい人生。

(悪役令嬢の私が、幸せになってやる)

 そう、心に誓った。


「さて、明日からも頑張りましょう」

「はい!」


 侍女たちが元気に返事をする。

 こうして、私の破滅回避劇は、大成功に終わった。


 そして、次に待っているのは――

 新しい出会いと、新しい恋。

(灰色の魔法騎士、か)


 マーガレット侯爵夫人が言っていた、テオドール・グレイフォード。


(どんな人なんだろう)


 少しだけ、期待感が膨らんだ。


 でも、それはまだ先の話。

 今は、この自由を満喫しよう。


 トイレ戦争で勝ち取った、最高の自由を!

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