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エピローグ その後の物語

 結婚から五年。


 私、リュシエル・フォン・グレイフォード男爵夫人は、穏やかな朝を迎えていた。


 カーテンの隙間から差し込む朝日が、寝室を優しく照らしている。


 小鳥のさえずりが、心地よく聞こえる。


「ママー!」

「ママー!」


 ニつの声が、同時に響く。

 バタバタと、小さな足音。

 双子の子供たちが、寝室のドアを勢いよく開けて飛び込んできた。


「おはよう、エリオット、エリザベス」

「おはよー!」


 三歳の双子。

 エリオットは、テオドールにそっくりの灰色の瞳。

 髪も、同じ色。

 エリザベスは、私に似た翡翠色の瞳。

 プラチナブロンドの髪。

 ニ人とも、元気いっぱいだ。


「パパは?」

「パパはね、お庭で剣の稽古してるよ」

「見に行く!」

「待ちなさい、朝ごはん食べてから」


 私はニ人を抱きかかえた。

 小さな体が、温かい。


「はーい」


 ニ人は素直に頷いた。

 朝食の席には、テオドールが戻ってきていた。

 汗を拭きながら、爽やかな笑顔。


「おはよう、リュシエル」

「おはよう」


 彼は私の額にキスをした。

 いつもの、朝の挨拶。


「パパ!」

「パパ、剣見せて!」


 子供たちが、テオドールに飛びつく。

 テオドールは、ニ人を軽々と受け止めた。


「よしよし。でも、まず朝ごはんだ」

「はーい」


 私たちは、家族で食卓を囲んだ。

 メイドが運んできた朝食は、シンプルだが温かい。

 パン、スープ、卵料理、果物。

 全てが、愛情込めて作られている。


「いただきます」

「いただきまーす!」


 子供たちが、元気に食べ始める。

 エリオットは、パンを両手で掴んでかじる。

 エリザベスは、スープを慎重にスプーンですくう。


「パパ、今日お外行く?」


 エリオットが尋ねた。

 口の周りに、パンくずがついている。


「ああ、午後から騎士団の訓練だ」

「僕も行きたい!」

「お前はまだ小さい。もう少し大きくなったらな」

「えー」


 エリオットが膨れる。

 その顔が、テオドールにそっくりで可愛い。


「ママ、私はママと魔法の勉強する!」


 エリザベスが目を輝かせた。

 スプーンを握りしめて。


「いいわよ。じゃあ、午後は一緒に図書館に行きましょう」

「やったー!」


 こんな日常が、愛おしい。

 何気ない、でも幸せな朝。

 食事が終わり、子供たちは庭で遊び始めた。

 私とテオドールは、テラスでお茶を飲んでいた。


「平和だな」


 テオドールが呟く。


「ええ、本当に」


 私は彼の手を握った。


「五年前、こんな日が来るなんて思わなかったわ」

「僕もだ」


 テオドールは微笑んだ。


「でも、今は毎日が幸せだ」

「私も」


 私たちは、庭で遊ぶ子供たちを見守った。

 エリオットが、木の枝を剣に見立てて振り回している。

 エリザベスは、花を摘んでいる。


「あの子たち、本当に元気ね」

「ああ。君に似たんだな」

「あなたにも似てるわよ」

 私は笑った。



 午後。

 テオドールが騎士団に出かけ、私はエリザベスと魔法の勉強をしていた。

 図書館の一角で、簡単な魔法陣を教えている。


「エリザベス、ここに線を引いて」

「こう?」


 小さな手が、丁寧に線を引く。


「上手ね」

「ママ、これで魔法使える?」

「まだよ。でも、いつか使えるようになるわ」

「やったー!」


 エリザベスは目を輝かせた。

 その時、執事がノックした。

 コンコン。


「奥様、お客様です」

「お客様?」

「はい。マーガレット侯爵夫人が」

「まあ!」


 私は急いで応接室へ。

 エリザベスの手を引いて。

 そこには、マーガレット侯爵夫人が優雅に座っていた。

 相変わらず、美しい女性だ。


「リュシエル、お久しぶり」

「侯爵夫人!」


 私は彼女を抱きしめた。


「元気にしてた?」

「ええ、とっても」


 夫人は微笑んだ。

 そして、エリザベスを見て。


「まあ、この子が?」

「はい、娘のエリザベスです」

「可愛いわね」


 夫人はエリザベスの頭を撫でた。


「ママみたいに、美人になるわよ」

「ありがとう」


 エリザベスは、照れくさそうに笑った。


「エリザベス、お庭で遊んできなさい」

「はーい」


 娘が出て行くと、私たちはゆっくりとお茶を飲んだ。


「お兄ちゃんは?」

「元気すぎて、困ってるくらいです」

「ふふ、それはよかったわ」


 夫人は紅茶を啜った。

 優雅な仕草。


「それより、聞いたわよ。あなた、また論文を書いたんですって?」

「ええ、魔法陣の効率化についてです」

「相変わらず、勤勉ね」


 夫人は感心したように言った。


「魔法学院でも、話題になってるわよ」

「本当ですか?」

「ええ。『男爵夫人の魔法理論』って」


 夫人は誇らしげに言った。


「でも、無理はしないでね。子育ても大変でしょう?」

「大丈夫です。テオドールが手伝ってくれますから」

「素敵な旦那様ね」

「自慢の夫ですわ」


 私は微笑んだ。


「そういえば」


 夫人が話題を変えた。

 声を少し潜めて。


「セドリック殿下の噂、聞いた?」

「いえ、最近は……」

「辺境で、すごく頑張ってるらしいわよ」


 夫人は手紙を取り出した。


「レオンハルト殿下から聞いたの。セドリック殿下、辺境の村を立て直してるんですって」

「本当ですか?」

「ええ。道路を整備したり、学校を建てたり、孤児院を作ったり」


 夫人は嬉しそうに言った。


「村人たちからも慕われてるらしいわ」

「……よかった」


 私は心から思った。


「セドリック、変わったんですね」

「ええ。あの失敗が、彼を成長させたのね」


 夫人は優しく微笑んだ。


「人は、失敗から学ぶものよ」

「そうですね」


 私も頷いた。


「それと」


 夫人は声をさらに潜めた。


「クラリッサ嬢の話も聞いた?」

「いえ……彼女、どうしてるんですか?」

「隣国に追放されたけど、最近は孤児院で働いてるらしいわ」

「孤児院?」


 意外だった。

 あのクラリッサが?


「ええ。最初は不平不満ばかり言ってたらしいけど、子供たちと接するうちに変わってきたんですって」


 夫人は柔らかく笑った。


「まだ完全には改心してないみたいだけど、少しずつよ」

「……そうなんですね」


 私は複雑な気持ちになった。

 クラリッサのしたことは許せない。

 でも、彼女も被害者だった。


「人は、変われるのね」

「ええ」


 夫人は頷いた。


「時間はかかるけど、きっと」




 夕方。

 私は庭で、子供たちと遊んでいた。


「ママ、お花綺麗!」


 エリザベスが、青いバラを指差す。

 私の好きな花。


「本当ね。パパが植えてくれたのよ」

「パパ、優しいね」

「そうね」


 私は微笑んだ。

 その時、門が開く音。

 ギィィ。


「ただいま」


 テオドールが帰ってきた。

 騎士服姿で、凛々しい。


「パパー!」

「パパー!」


 子供たちが駆け寄る。

 バタバタと、小さな足音。


「よしよし」


 テオドールはニ人を抱き上げた。

 片手に一人ずつ。


「今日は、いい子だったか?」

「うん!」

「ママと魔法の勉強したの!」

「そうか、偉いな」


 テオドールは私のもとに歩み寄った。


「お疲れ様」

「ただいま」


 彼は私にキスをした。

 優しい、愛情のこもったキス。

 子供たちが、キャーキャー騒ぐ。


「パパとママ、チューした!」

「恥ずかしー!」


 私たちは笑い合った。

 子供たちを寝かしつけた後。

 私とテオドールは、寝室でニ人きりになった。


「今日も疲れたな」

「ええ、でも幸せな疲れよ」


 私は彼の胸に寄りかかった。

 その胸は、温かくて力強い。


「ねえ、テオドール」

「ん?」

「私たち、本当に幸せね」

「ああ」


 彼は私を抱きしめた。


「君と結婚できて、子供にも恵まれて」

「全部、あの日から始まったのよね」

「あの日?」

「トイレ戦争」


 テオドールは笑った。


「またその話か」

「だって、事実だもの」


 私も笑った。


「あの日、私がトイレを勝ち取らなければ、今はなかった」

「そうだな」


 テオドールは私の髪を撫でた。


「トイレに、感謝しないとな」

「もう、変なこと言わないで」


 私は彼の胸を軽く叩いた。

 でも、心の中では思っていた。

(本当に、感謝してる)


 一人になった夜。

 子供たちも寝て、テオドールもシャワーを浴びている。

 私は、窓から月を見上げた。

(前世の私、見てる?)


 田中美咲。

 27歳のOL。

 彼氏なし。趣味は乙女ゲーム。

 キックボードに引かれて、気づいたらこの世界にいた。


(あの時は、絶望したわね)

 悪役令嬢に転生するなんて。

 しかも、破滅確定の。


 でも、今は違う。

(トイレ戦争のおかげで、破滅フラグを回避できた)


 そして、テオドールと出会えた。

 子供たちにも恵まれた。

(前世より、ずっと幸せ)

 私は微笑んだ。

 人生、何が起こるかわからない。


 でも、それがいい。

 予想外の幸せが、待ってるかもしれないから。


 数日後。

 私とテオドールは、魔法学院を訪れた。

 懐かしい門をくぐり、石畳の道を歩く。


「懐かしいわね」

「ああ」


 テオドールは私の手を握った。


「ここで、君と出会ったんだ」

「そうね」


 私たちは、図書館へ。

 あの日、私が本を探していた場所。

 そこには、懐かしい顔があった。


「シュタイン教授!」

「おお、リュシエル君、テオドール君」


 教授は嬉しそうに微笑んだ。

 白髭が、風になびく。


「久しぶりだね」

「お元気そうで」

「君たちもな。子供は元気か?」

「はい、双子です」

「ほう、双子か。楽しみだな」


 教授は目を細めた。


「将来、この学院に入学するかもしれんな」

「そうですね」


 私は微笑んだ。

(エリオットとエリザベスが、ここで学ぶ日が来るのね)


 帰り道。

 私とテオドールは、馬車の中で手を繋いでいた。

 窓の外には、夕日に染まる街並み。

 オレンジ色の光が、美しい。


「ねえ、テオドール」

「ん?」

「私たちの物語、どう思う?」

「どうって?」

「トイレ戦争から始まって、結婚して、子供ができて」


 私は彼を見た。


「こんな幸せな結末になるなんて、思ってた?」

「……いや」


 テオドールは笑った。


「まさか、トイレ戦争が人生を変えるなんて」

「でしょう?」


 私も笑った。 


「人生って、面白いわね」

「ああ」


 彼は私を抱き寄せた。


「面白いね」

「そうね」


 私は彼の胸に顔を埋めた。

(前世の私、ありがとう)

 乙女ゲームをプレイしてくれて。

 おかげで、この世界の知識があった。

(そして、この世界、ありがとう)

 私を受け入れてくれて。

 素敵な人たちと出会わせてくれて。

(そして、トイレ戦争、ありがとう)


 あの日、あの場所で、あの出来事があったから。

 今の幸せがある。


「リュシエル」

「なに?」

「愛してる」

「私も、愛してるわ」


 ニ人で、キスをした。

 優しくて、温かいキス。

 馬車は、夕日の中を進んでいく。

 家族が待つ、我が家へ。


 トイレ戦争から始まった、私たちの物語。

 それは、予想外の場所から始まった奇跡。

 でも、それこそが、最高の物語になった。

 恋の始まりは、時に予想外の場所から訪れる。

 トイレだろうと、図書館だろうと、戦場だろうと。

 大切なのは、その瞬間を掴むこと。

 運命を、自分の手で変えること。

 私は、それができた。


 そして今、幸せな日々を送っている。

 これからも、この幸せが続きますように。

 家族みんなで、笑顔で過ごせますように。

 私は、そう願いながら、テオドールの胸に顔を埋めた。


「ねえ、テオドール」

「ん?」

「もう一人、子供欲しいかも」

「……え!?」


 彼は驚いた顔をした。


「だめ?」

「いや、嬉しいけど……」 


 テオドールは照れくさそうに笑った。


「じゃあ、頑張ろうか」

「うん」


 私は彼にキスをした。

 これからも、私たちの物語は続く。

 幸せな、笑顔に満ちた物語が。

(完)





 十年後。

 辺境から戻ってきたセドリックは、立派な男になっていた。

 そして、私たちの結婚十周年パーティーに招待された。


「リュシエル、テオドール、おめでとう」 


 彼は心からの笑顔で言った。


「君たちを見てると、幸せな気持ちになる」

「ありがとう、セドリック」


 私は微笑んだ。

 そして、三人の子供たち――エリオット、エリザベス、そして末っ子のアレクサンダーが駆け寄ってきた。


「パパ、ママ、ケーキ食べていい?」

「いいわよ」


 私たちは、幸せな時間を過ごした。

 トイレ戦争から始まった物語は、こうして幸せに続いていく。


 永遠に。

(本当の完)



ここまで読んでくださり、ありがとうございました!

トイレ戦争から始まった、リュシエルとテオドールの物語。

笑いあり、涙あり、そして愛に満ちた冒険でした。

二人は、これからも幸せに暮らしていきます。

きっと、三人の子供にも恵まれ、賑やかな家庭を築くことでしょう。

そして、セドリックも立派な男になって帰ってきました。

みんなが、幸せになる未来。

それが、この物語の真の結末です。

改めまして、最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました!

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