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18話 結婚式

 結婚式当日。


 朝日が窓から差し込み、私は目を覚ました。

 カーテンの隙間から、金色の光が部屋を照らしている。


「……今日、結婚式なんだ」


 実感が、じわじわと湧いてくる。

 心臓が、ドキドキと高鳴る。


「お嬢様、お目覚めですか!」


 扉が勢いよく開き、侍女たちが飛び込んできた。

 エミリー、ソフィア、マリアンヌ。

 三人とも、目を輝かせている。


「さあ、準備ですわ!」

「ちょ、ちょっと待って……」

「待ちません! 今日は一生に一度の日ですのよ!」


 侍女たちに引っ張られ、私は支度部屋へと連れて行かれた。

 まだ寝ぼけている私を、容赦なく。


「え、えっと、まだ心の準備が……」

「心の準備は後です! まずは体の準備から!」


 支度部屋では、美容師やメイク担当が待っていた。

 総勢十人以上。

 みんな、プロフェッショナルな顔つきだ。


「では、髪から」


 髪を丁寧に洗い、ブローして、巻いていく。

 一本一本、丁寧に。


「お嬢様の髪、本当に綺麗ですわ」

「プラチナブロンド、珍しい色ね」


 美容師たちが、感嘆の声を上げる。


「メイクは、ナチュラルに」


 薄く、でも美しく。

 ファンデーション、アイシャドウ、チーク、リップ。

 全てが計算されている。


「お嬢様、目を閉じてくださいませ」

「はい」


 まつ毛にマスカラを塗られ、眉を整えられる。


「完璧ですわ」


 そして、最後にドレス。

 純白のウェディングドレス。

 レースがあしらわれた、エレガントなデザイン。

 スカートは、ふんわりと広がっている。


「では、お召しになってください」


 侍女たちが、丁寧にドレスを着せてくれる。

 ボタンを留め、リボンを結ぶ。


「……綺麗」


 鏡に映る自分を見て、思わず呟いた。

(これ、本当に私……?)


「お嬢様、本当にお美しいですわ」


 マリアンヌが、涙ぐんでいた。

 ハンカチで目頭を押さえている。


「赤ん坊の頃から見てきたあなたが、こんなに立派な花嫁に……」

「マリアンヌ、泣かないで」

「無理ですわ……嬉しくて……」


 侍女たちも、もらい泣きしている。

 エミリーもソフィアも、目が潤んでいる。


「みんな、ありがとう」


 私は彼女たちを抱きしめた。

 ドレスが少しくしゃくしゃになるけど、構わない。


「あなたたちがいてくれて、本当によかった」

「こちらこそですわ、お嬢様」


 その時、執事がノックした。

 コンコン。


「リュシエル様、お手紙が届いております」

「お手紙?」

「はい。辺境から」


 辺境。

 ということは


「セドリック……」


 私は手紙を受け取った。

 封筒は、少し汚れている。

 長旅をしてきたのだろう。

 開けてみると、そこには丁寧な字で書かれていた。


『リュシエルへ

 結婚、おめでとう。

 辺境からこの手紙を書いている。

 辺境の生活は厳しいが、充実している。

 毎日、氷点下の中で見張り塔に立ち、自分と向き合う時間がある。

 最初は辛かった。

 でも、今は感謝している。

 そして、気づいたんだ。

 僕は、君の価値を理解していなかった。

 君は、本当に素晴らしい女性だ。

 聡明で、優しくて、強くて。

 そして、何より誠実だ。

 テオドールは、幸せ者だ。

 どうか、末永く幸せに。

 十年後、僕が戻ったら、また会おう。

 その時、僕は立派な男になっているはずだ。

 君に恥じない、立派な男に。

 本当に、おめでとう。

 ――セドリック・ヴァン・アルセナール』


「……」


 涙が、こぼれた。

 一粒、二粒と、頬を伝う。


「お嬢様?」

「ううん、大丈夫」


 私は涙を拭った。


「嬉し涙よ」


 セドリックは、変わったんだ。

 きっと、十年後には立派な男になっているだろう。


「セドリック、ありがとう」


 私は手紙を胸に抱いた。


 そして、いよいよ出発の時間。

 白い馬が引く馬車に乗り、大聖堂へと向かった。

 街には、祝福する民衆が溢れていた。

 道の両脇に、何百人もの人々。


「リュシエル様、おめでとうございます!」

「お幸せに!」

「テオドール様も、かっこいい!」

「トイレ戦争の英雄だー!」


(その呼び方、本当にやめてほしいんだけど……)


 花びらが舞い、歓声が響く。

 ピンク、白、黄色の花びらが、雪のように降り注ぐ。


「すごい人ね……」

「お嬢様、人気者ですから」


 エミリーが笑った。


「トイレ戦争の英雄ですもの」

「その呼び方、やめてほしいんだけど……」


 でも、もう諦めた。

 きっと、私は一生「トイレ戦争の令嬢」として語り継がれるんだろう。


 まあ、それもいい。

 おかげで、幸せになれたんだから。



 大聖堂に到着。

 白い大理石でできた、荘厳な建物。

 尖塔が、空高くそびえている。

 中には、何百人もの人々が集まっていた。

 王族、貴族、騎士、平民。

 みんなが、私たちの結婚を祝福しに来てくれた。


「リュシエル」


 父が、私の腕を取った。

 その手は、温かい。


「準備はいいか?」

「……はい」


 私は頷いた。

 心臓が、早鐘を打っている。

 オルガンが鳴り響き、扉が開かれた。

 荘厳な音楽が、聖堂に響く。


 バージンロードが、目の前に広がる。

 赤い絨毯が、祭壇まで続いている。


 そして、その先には。

 テオドール。


 白い礼服に身を包み、真っ直ぐに私を見つめている。

 その目には、愛情が溢れている。

(かっこいい……)

 私は、父と共にバージンロードを歩き始めた。

 一歩、一歩。

 テオドールとの距離が、縮まっていく。

(緊張する……)


 でも、彼の目を見ると、不思議と落ち着いた。

 あの優しい、灰色の瞳。

 参列者たちが、立ち上がる。

 みんな、笑顔で見守ってくれている。


 そして、祭壇の前。

 父が、私の手をテオドールに渡した。


「娘を、頼む」

「はい」


 テオドールは力強く頷いた。


「命に代えても、守ります」


 父は満足そうに微笑んだ。

 司祭が、前に進み出た。

 白い法衣を着た、厳格な顔つきの老人。


「本日、ここに集いし皆様」


 司祭の声が、聖堂に響く。


「我々は、リュシエル・ヴァン・エリュドールと、テオドール・フォン・グレイフォード男爵の結婚を、神の前で祝福いたします」

「アーメン」


 参列者たちが、唱和する。


「では、新郎、新婦に問います」


 司祭は私たちを見た。


「リュシエル・ヴァン・エリュドール、あなたはテオドール・フォン・グレイフォード男爵を、夫として迎えることを誓いますか?」

「はい、誓います」


 私は力強く答えた。

 声が、聖堂に響く。


「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、共に歩むことを誓いますか?」

「誓います」

「テオドール・フォン・グレイフォード男爵、あなたはリュシエル・ヴァン・エリュドールを、妻として迎えることを誓いますか?」

「はい、誓います」


 テオドールの声が、震えていた。

 でも、力強かった。


「病める時も、健やかなる時も、富める時も、貧しき時も、共に歩むことを誓いますか?」

「誓います」


 彼は私の手を、強く握った。


「では、指輪の交換を」


 テオドールが、指輪を私の指にはめた。

 プラチナの指輪。

 ダイヤモンドが、光を反射して輝く。

 私も、指輪を彼の指にはめた。

 同じデザインの、ペアリング。


「神と、ここに集いし証人たちの前で、二人は夫婦となりました」


 司祭が宣言する。


「新郎は、新婦に誓いのキスをしてもよろしい」


 テオドールは、優しく私の頬に手を添えた。

 その手は、震えている。


「愛してる、リュシエル」

「私も、愛してるわ」


 そして、キス。

 会場が、拍手と歓声に包まれた。


 パチパチパチパチ! 


「おめでとう!」

「お幸せに!」


 声が、四方から響く。

 披露宴が始まり、食事が運ばれてきた。

 豪華な料理の数々。

 前菜、スープ、魚料理、肉料理、デザート。

 全てが、一流シェフの手によるもの。


「美味しそう……」


 私は、つい食べ過ぎてしまった。

 特に、スープ。

 エルフ風豆のポタージュ。

 クリーミーで、豆の風味が効いている。


「……あれ?」


 私は、ふと気づいた。

(これって……あの時の……)

 トイレ戦争の原因になった、あのスープ。


「まさか、また出すなんて……」


 でも、美味しいから、おかわりまでしてしまった。

 二杯、三杯。


 そして、披露宴も終盤。

 テオドールがスピーチをしている時。

(……あれ?)

 お腹が、ぐるぐるしてきた。

(まずい……)

 私は、テオドールに小声で囁いた。


「ねえ、テオドール」

「ん?」

「……トイレ」

「え?」

「トイレに、行きたい……」


 テオドールの顔が、一瞬固まった。

 目が、大きく見開かれる。


 そして、次の瞬間。


「ぶはっ!」


 彼は吹き出した。


「ちょ、ちょっと!」

「ごめん、ごめん」


 テオドールは笑いを堪えながら、マイクに向かって言った。


「皆さん、少々お待ちください」

「え?」

「新婦が、トイレに行きたいそうです」


 会場が、一瞬静まり返った。

 シーン……


 そして


「ぶわははははっ!」


 爆笑の渦。


「またトイレか!」

「トイレ戦争の再来だ!」

「リュシエル様、相変わらずだな!」

「これぞ、運命のトイレ!」


 私は顔を真っ赤にした。


「も、もう!」

「でも、安心してください」


 テオドールが、優しく微笑んだ。


「僕は、いつでも譲りますよ。夫婦ですから」


 会場が、再び笑いと拍手に包まれた。

 トイレから戻ると、披露宴は再開された。


「お帰りなさい、新婦」


 司会者が、にやにやしながら言った。


「すっきりしましたか?」

「……はい」


 私は恥ずかしさで死にそうだった。

 でも、みんな笑顔だった。

 悪意のない、温かい笑顔。


「リュシエル」


 テオドールが、私の手を取った。


「一緒にダンスを」

「……うん」


 私たちは、ダンスフロアへ。

 音楽が流れ始め、私たちは踊り始めた。

 ワルツの優雅な曲。


「今日、最高だな」


 テオドールが囁いた。


「トイレのハプニング込みで?」

「当たり前だ」


 彼は笑った。


「君らしくて、最高だよ」

「……ありがとう」


 私は彼の胸に顔を埋めた。


「愛してるわ、テオドール」

「僕も、愛してる」


 二人で、踊り続けた。

 まるで、世界に二人きりのように。

 ダンスが終わると、侍女たちが前に出てきた。


「お嬢様、テオドール様」


 エミリーが代表して言った。


「私たちから、プレゼントです」

「プレゼント?」


 三人が持ってきたのは、大きな額縁。

 中には、たくさんの写真が飾られていた。


 私とテオドールが初めて出会った日。

 図書館で本を探していた日。

 魔法試験大会で戦った日。

 舞踏会で踊った日。

 全部、全部、大切な思い出。


「みんな……」


 涙が溢れた。


「ありがとう」

「お嬢様、お幸せに」


 侍女たちも、泣いていた。

 みんなで、抱き合った。


 披露宴が終わり、私たちは馬車に乗り込んだ。

 新婚旅行用の、特別な馬車。


「お幸せに!」

「また会いましょう!」


 人々が手を振っている。

 私たちも、窓から手を振り返した。

 馬車が動き出す。


「……終わったわね」

「ああ」


 テオドールは私を抱き寄せた。


「これから、新しい人生が始まる」

「うん」


 私は彼の胸に顔を埋めた。


「楽しみね」

「ああ、楽しみだ」


 馬車は、夕日の中を進んでいく。

 オレンジ色に染まった空。


 新婚旅行へ。

 そして、新しい未来へ。


「ねえ、テオドール」

「ん?」

「私たちの子供が生まれたら、この話してあげましょう」

「どの話?」

「トイレ戦争から始まった、私たちの恋の話」

「……それ、子供に話していいのか?」

「いいのよ。だって、本当のことだもの」


 私は笑った。


「『お父さんとお母さんは、トイレのおかげで結婚したのよ』って」

「……子供、困惑するぞ」

「大丈夫よ」


 私は彼にキスをした。


「きっと、笑ってくれるわ」

「そうだといいけど」


 二人で、笑い合った。

 夕日が、私たちを照らしている。

 トイレ戦争から始まった、私たちの物語。

 まさか、こんな幸せな結末になるなんて。


 でも、それがいい。

 人生は、予想外の幸せに満ちている。


「愛してる、リュシエル」

「私も、愛してるわ」


 二人で、強く抱き合った。

 そして、馬車は夕日の彼方へと消えていった。

 新しい未来へ。

 共に。

 永遠に。

 これは、終わりではない。

 始まりなんだ。

 私たちの、新しい物語の。

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