表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

16話 英雄と令嬢

 戦勝から数日後。


 王宮の大広間では、盛大な祝賀会が開かれていた。

 巨大なシャンデリアが煌めき、何百というキャンドルの灯りが会場を照らしている。


 オーケストラが華やかな曲を奏で、その音色が天井高く響く。

 貴族たちは最高のドレスや礼服に身を包み、笑顔で談笑していた。


 宝石がキラキラと光り、香水の甘い香りが漂う。


「すごい人ね」


 私は、テオドールの腕に寄りかかりながら呟いた。

 深紅のドレスを着た私と、黒の礼服を着た彼は、注目の的だ。


「ああ。王国中の貴族が集まってるんじゃないか?」

「あなたのおかげよ。英雄だもの」

「君もだろう。『美しき魔法使い』って呼ばれてるぞ」

「……恥ずかしいわ」


 私は顔を赤らめた。

 最近、街を歩けば「美しき魔法使い様!」と声をかけられる。


 正直、慣れない。

 その時、ファンファーレが鳴り響いた。


「国王陛下、ご入場!」


 大広間の扉が、ゆっくりと開いた。

 国王アルベルト三世が、金の王冠を被って姿を現した。


 その後ろには、レオンハルト王子が続く。

 人々が一斉に膝をつく。

 私とテオドールも、膝をついた。


「面を上げよ」


 国王の声が響く。

 その声には、威厳と優しさが混ざっている。


「今宵は、我が王国の勝利を祝う夜だ。皆、存分に楽しむがよい」

「おおっ!」


 歓声が上がった。

 貴族たちが立ち上がり、再び談笑を始める。


「さて」


 国王が壇上に立った。

 会場が、再び静まり返る。


「まずは、今回の戦いで功績のあった者たちを讃えたい」


 会場が、ざわついた。

 みんな、誰が呼ばれるのか興味津々だ。


「テオドール・グレイフォード、前へ」

「はい」


 テオドールが前に進み出た。

 彼は騎士服を着ているが、背筋がピンと伸びている。

 堂々とした歩き方だ。


「お前は、最前線で騎士団を率い、敵軍を退けた」

「恐れ多いことでございます」

「そして、リュシエル・ヴァン・エリュドール嬢を危険から救った」


 国王は微笑んだ。

 その笑顔は、父親のように優しい。


「お前の勇気と献身は、王国の誇りだ」

「ありがとうございます」

「よって、ここにお前を男爵に叙する」


 会場が、どよめいた。


「えっ!?」

「男爵!?」

「平民を貴族に!?」


 ざわざわと、噂話が広がる。


「テオドール・グレイフォード、今日よりお前はテオドール・フォン・グレイフォード男爵だ」

「……!」


 テオドールは驚いた。

 目を見開き、言葉を失っている。

 平民出身の彼が、貴族になる。

 それは、王国史上でも極めて稀なことだった。


「頭を下げよ」


 国王が剣を取り出した。

 王家に代々伝わる、聖剣だ。

 テオドールが跪くと、国王は彼の両肩に剣を当てた。


「この剣の名において、テオドール・グレイフォードを男爵に叙す」


 厳かな声が、会場に響く。


「立て、男爵」

「……はっ」


 テオドールが立ち上がると、会場が拍手に包まれた。

 パチパチパチパチ!


「おめでとう、テオドール!」

「よくやった!」

「平民から男爵だなんて、すごい!」

「伝説の騎士だ!」


 祝福の声が、四方から響く。

 特に若い貴族たちが、熱狂的に拍手している。

 拍手が収まると、貴族たちがざわめき始めた。


「しかし、平民を貴族にするなんて……」

「前例がないぞ」

「王家の権威が損なわれるのでは?」


 保守派の老貴族たちが、不満そうに囁き合う。

 渋い顔をして、腕を組んでいる。


 でも、若い貴族たちは違った。


「素晴らしいじゃないか!」

「実力で貴族になったんだ。尊敬するよ」

「身分なんて関係ない。大切なのは、その人の心だ」

「僕もテオドール様みたいになりたい!」


 進歩派の貴族たちが、テオドールを讃える。

 会場は、完全に二つに分かれた。


「でも……」


 ある老貴族が立ち上がった。


 白い髭を生やした、威厳のある男性だ。

「陛下、平民を貴族にするなど、前例がございません」

「前例? そんなものは作ればいい」


 国王はきっぱりと言った。

 その声には、一切の迷いがない。


「この国は、実力ある者が報われるべきだ。生まれなど関係ない」

「しかし……」

「それに」


 レオンハルト王子が口を開いた。

 金髪碧眼の王子は、堂々としている。


「テオドール・フォン・グレイフォード男爵は、もはや平民ではない。彼は、この国を守った英雄だ」

「そうだ!」

「英雄に身分なんて関係ない!」

「我々も、実力で評価されるべきだ!」


 若い貴族たちが声を上げる。

 老貴族は、黙り込んだ。


 次に、私の父エリュドール公爵が立ち上がった。

 会場が、再び静まり返る。


「陛下、一言よろしいでしょうか」

「許す」


 父は、ゆっくりとテオドールのもとに歩み寄った。

 その足取りは、重々しい。


「テオドール・フォン・グレイフォード男爵」

「はい」


 テオドールは緊張した面持ちで答える。


「お前は、我が娘を守ってくれた」


 父の声は、重々しかった。

 でも、そこには感謝が込められている。


「二度も、命を懸けて」

「……それは、当然のことです」

「いや、当然ではない」


 父は首を横に振った。


「娘のために命を懸けるなど、並大抵の覚悟ではできぬ」

「……」

「お前は、真の騎士だ」


 父は、テオドールの肩に手を置いた。

 その手は、温かい。


「そして、娘の婚約者として相応しい」


 会場が、再びどよめいた。

 私は、涙が溢れそうになった。


「よって、ここに正式に宣言する」


 父は声を張り上げた。


「リュシエル・ヴァン・エリュドールと、テオドール・フォン・グレイフォード男爵の結婚を、エリュドール公爵家として承認する!」

「おおっ!」


 歓声と拍手が、会場を包んだ。

 パチパチパチパチ!

 私は、涙が溢れた。

(お父様……)

 父は私のもとに歩み寄り、優しく微笑んだ。


「リュシエル、幸せになれ」

「……はい!」


 私は父に抱きついた。


「ありがとう、お父様!」


 父は優しく私の頭を撫でた。


「お前は、よく頑張った」

「お父様……」

「テオドール男爵を、よろしく頼む」

「はい!」


 その後、私とテオドールは、次々と貴族たちから祝福を受けた。


「おめでとうございます、リュシエル様!」


 若い令嬢たちが、キャーキャー騒ぎながら近づいてくる。

 ドレスの裾を翻して、走ってくる。


「素敵なカップル!」

「早く結婚式を見たいですわ!」

「ドレスは何色になさるんです?」

「花束は?」

「式はどこで?」


 質問攻めだ。

 息つく暇もない。


「え、えっと……白のドレスを予定してます」

「まあ、素敵!」

「やっぱり白ですわよね!」

「テオドール様も、かっこよくなりましたわね!」

「男爵様ですもの!」

「あの背中の傷、見ました? リュシエル様を守った傷ですのよ!」

「ロマンチック!」


 令嬢たちが盛り上がる。

 テオドールは、照れくさそうに頭を掻いていた。


「い、いや、僕はまだ慣れなくて……」

「謙虚なところも素敵ですわ!」

「私、テオドール様のファンになりました!」

「私も!」


(……人気者ね、あなた)

 私は少し嫉妬した。

 でも、悪い気はしなかった。

 だって、自慢の婚約者だもの。


「リュシエル嬢」


 背後から、上品な声。

 振り返ると、マーガレット侯爵夫人が立っていた。

 彼女は社交界の女王として知られる、優雅な女性だ。


「侯爵夫人」

「おめでとう。本当に、おめでとう」


 夫人は優しく微笑んだ。

 その笑顔は、母親のように温かい。


「あなたは、自分の幸せを掴んだのね」

「はい」

「トイレ戦争から始まった、あなたの物語」


 夫人はクスクス笑った。


「まさか、こんな素敵な結末になるとは」

「……トイレ戦争って言わないでください」


 私は顔を赤らめた。

 もう、その呼び名から逃れられないのだろうか。


「でも、あれがなければ今はないのよ?」

「それは……そうですけど」

「セドリック殿下との婚約を破棄して、正解だったわね」


 夫人は私の手を取った。


「あなたは、本当の愛を見つけた」

「……はい」


 私は頷いた。


「テオドールは、私の運命の人です」

「素敵ね」


 夫人は私を抱きしめた。

 温かい抱擁。


「幸せになりなさい。そして、たくさん子供を産みなさい」

「え、子供!?」

「当然でしょう? あなたたちの子供、きっと素敵よ」


 夫人はウインクした。


 次に、シュタイン教授が近づいてきた。

 白衣を着た、厳格な顔つきの教授だ。


「リュシエル嬢、テオドール男爵」

「教授!」

「おめでとう。二人とも、よくやった」


 教授は満足げに頷いた。

 その目には、誇らしげな光が宿っている。


「特に、あの魔法陣は見事だった」

「ありがとうございます」

「君の魔法理論、論文にまとめてくれんかね?」

「え?」

「後世に残すべきだ。『リュシエル・ヴァン・エリュドールの魔法陣理論』として」

「そんな大げさな……」

「大げさではない」


 教授は真剣な顔をした。


「君の魔法陣は、革新的だ。三つの魔法を統合する技術は、これからの魔法学に大きな影響を与えるだろう」

「……わかりました。書いてみます」

「よろしい」


 教授はテオドールを見た。


「テオドール男爵、君もだ」

「僕も?」

「ああ。君の剣術と戦術、騎士学院で教えるべきだ」

「いや、僕なんて……」

「謙遜するな」


 教授は笑った。


「平民出身の騎士が、貴族になった。それだけでも、歴史的だ。若者たちに希望を与えるべきだ」

「……はい」


 テオドールは照れくさそうに頷いた。



 祝賀会が終わり、深夜。

 私とテオドールは、王宮の庭園で二人きりになった。

 月が美しく輝き、噴水の音が心地よい。

 花の香りが、夜風に乗って漂ってくる。


「……疲れたわね」

「ああ。でも、いい疲れだ」


 テオドールは私の手を取った。

 その手は、温かい。


「リュシエル」

「なあに?」

「男爵になってしまった」

「おめでとう」

「でも、正直まだ実感がない」


 彼は苦笑した。


「僕、本当に貴族になったのか?」

「なったのよ。テオドール・フォン・グレイフォード男爵」


 私は彼の頬に手を添えた。


「あなたは、立派な貴族よ」

「……ありがとう」

「それに」


 私は微笑んだ。


「もうすぐ、私の夫になるんだから」

「ああ」


 テオドールは私を抱きしめた。


「君の夫になれるなんて、夢みたいだ」

「私も」


 私は彼の胸に顔を埋めた。

 彼の心臓の音が聞こえる。


「あなたと結婚できるなんて、幸せすぎて怖いくらい」

「怖がらなくていい」


 彼は優しく私の頭を撫でた。


「これからずっと、僕が君を守る」

「私も、あなたを守るわ」

「ありがとう」


 二人で、月明かりの下でキスをした。

 優しくて、温かくて。

 愛に満ちたキス。


「ねえ、テオドール」

「ん?」

「結婚式、どんなのがいいかしら」

「……え、今考えるのか?」

「だって、来月よ? もう準備始めないと」

「そうだった」


 テオドールは慌てた。

 その慌てぶりが、可愛い。


「え、えっと、僕は君が幸せならなんでも……」

「もう、頼りないわね」


 私は笑った。


「じゃあ、私が決めるわ」

「頼む」

「ドレスは白で、花は青いバラ。式は大聖堂で、披露宴は王宮の大広間」

「……盛大だな」

「だって、王国の英雄の結婚式ですもの」


 私はにっこり笑った。


「盛大にやらないと」

「そうだな」


 テオドールも笑った。


「じゃあ、盛大にやろう」

「うん」


 私は彼の胸に顔を埋めた。


「新婚旅行は、海のある南の島がいいわ」

「ああ、青い海と白い砂浜だな」

「そう。二人でのんびり過ごしたい」

「いいね」


 二人で、未来を語り合った。

 結婚式のこと。

 新婚旅行のこと。

 子供のこと。


「何人くらい欲しい?」

「え?」

「子供よ」


 私が尋ねると、テオドールは少し考えた。


「君が望むだけ何人でも」


 テオドールは笑った。


「男の子たちには剣を教えて、女の子には君が魔法を教える」

「素敵ね」


 私も笑った。


「幸せな家庭になりそう」

「ああ」


 テオドールは私を抱きしめた。


「君と出会えて、本当によかった」

「私も」


 私は彼を見上げた。


「あなたと出会えて、人生が変わったわ」

「僕もだ」


 二人で、強く抱き合った。

 星空が、二人を見守っていた。

 新しい未来へ。


 二人で、手を繋いで歩んでいく。

 これは、終わりではない。

 始まりなんだ。

 私たちの、幸せな物語の。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ