15話 決戦の日
テオドールは、騎士団の先頭に立っていた。
朝日が彼の鎧を照らし、まるで光の戦士のように見える。
「敵軍、増援視認!」
見張りが叫ぶ。
その声は、恐怖に震えていた。
地平線の向こうから、グラナダ帝国の軍勢がさらに迫ってくる。
黒い波が、また一つ。
今度はさらに大きな波。
総勢七万五千。
「……増援か」
テオドールは舌打ちした。
さらに兵を集めてきたらしい。
(まずい。これは、想定外だ)
「テオドール様、どうします!?」
副官が尋ねる。
その顔は、青ざめている。
「決まってる。迎え撃つ」
彼は剣を抜いた。
その刃は、朝日を反射して輝いている。
「リュシエルが、必ず道を開いてくれる」
「しかし……」
「信じるんだ。彼女を」
テオドールの目には、確信があった。
テオドールは騎士たちに向かって叫んだ。
「諸君! 今日、我々は決戦を迎える!」
「おおっ!」
騎士たちが応える。
「敵は多い! だが、我々には誇りがある! 守るべきものがある!」
騎士たちの目が、輝いた。
恐怖が消え、決意に変わっていく。
「そして、最強の魔法使いが、我々の味方だ!」
「おおおっ!」
士気が、最高潮に達した。
剣を掲げ、雄叫びを上げる騎士たち。
「全軍、突撃ーっ!」
テオドールを先頭に、騎士団が駆け出した。
馬の蹄が大地を叩き、砂埃が舞い上がる。
敵軍との距離が、みるみる縮まる。
五百メートル。
三百メートル。
百メートル。
そして――!
後方支援陣地。
私は、魔法陣の中心に立っていた。
足元には、複雑な文様が描かれている。
三つの魔法陣が、互いに絡み合うように配置されている。
「敵軍、接触!」
伝令が報告する。
その声は、緊張で上ずっている。
「わかったわ」
私は目を閉じた。
(テオドール……あなたを守る)
魔法陣が、光り始める。
淡い青白い光が、地面から立ち上る。
まるで、生きているかのように脈動する。
「全員、魔力注入開始!」
私と生徒たちが、一斉に魔力を注ぎ込む。
三十人の魔力が、一つに集まる。
魔法陣が、さらに強く輝いた。
「これは……!」
シュタイン教授が驚いた。
その目が、大きく見開かれている。
「こんな膨大な魔力……! まるで、大精霊の力のようだ!」
魔法陣から、巨大な光の柱が天に向かって立ち上がった。
空を貫くほどの、眩い光。
雲が、光に押されて渦を巻く。
「出力、最大値100パーセント!」
「いけます!」
生徒が叫ぶ。
そして、三つの魔法が統合された力が、
その光が渓谷に向かって放たれる。
「渓谷崩落!」
私の叫びと共に、光が解き放たれた。
光が渓谷に到達した瞬間。
ゴゴゴゴゴ……!
大地が唸りを上げた。
まるで、巨人が目覚めたかのように。
地面が揺れ、鳥たちが驚いて飛び立つ。
渓谷の岩壁が、崩れ始めた。
ドドドドドド!
巨大な岩が、次々と谷底に落ちていく。
一つの岩は、家ほどの大きさ。
それが、何十、何百と落ちていく。
轟音が、戦場全体に響き渡った。
まるで、雷鳴のように。
「成功です!」
生徒の一人が叫んだ。
その声は、喜びに震えている。
「渓谷が塞がりました! 完全に!」
「やった……!」
私は安堵のため息をついた。
でも、次の瞬間。
膝が、がくりと折れた。
「リュシエル嬢、大丈夫か!?」
教授が駆け寄る。
私を支えてくれる。
「はい……ちょっと、疲れただけです……」
「無理をするな。後は休んでいろ」
「でも……」
「いいから休め。君はもう充分やった」
教授の言葉に、私は頷いた。
(テオドール……後はお願い……)
私は地面に座り込んだ。
全身から、力が抜けていく。
最前線。
「敵軍、混乱しています!」
伝令が興奮した声で報告してきた。
「補給線が断たれたようです!」
「なんだと!?」
敵の指揮官が驚く。
その顔は、信じられないという表情だ。
「馬鹿な! 渓谷が塞がるなんて……! あんな巨大な渓谷を!?」
「リュシエル……やってくれたな」
テオドールは笑った。
その笑顔は、誇らしげだ。
「今だ! 突撃ーっ!」
テオドールが叫ぶ。
騎士団が、混乱した敵に斬り込む。
敵は、完全に混乱していた。
補給が断たれたことで、士気が崩壊している。
味方と敵の区別もつかず、同士討ちを始めた。
「やった! リュシエル、ありがとう!」
テオドールは心の中で叫んだ。
彼の剣が、次々と敵を倒していく。
「灰色の魔法騎士だ!」
「くそっ、あいつを倒せ!」
敵兵たちがテオドールに集中する。
五人、十人、二十人。
どんどん敵が集まってくる。
でも、彼は恐れない。
「来い!」
剣を振るい、敵を薙ぎ払う。
一人、二人、三人。
四人、五人、六人。
彼の周りには、敵の死体が積み上がっていく。
まるで、山のように。
「すごい……」
味方の騎士たちが、見惚れた。
「あれが、平民出身の騎士……」
「いや、もう平民じゃない。あれは、英雄だ」
「伝説の騎士だ!」
騎士たちの士気が、さらに上がった。
みんな、テオドールに続こうと必死に戦う。
「全軍、続けーっ!」
勝利は、もう目前だった。
敵軍は混乱し、撤退を始めている。
旗が倒れ、隊列が崩れていく。
「追撃だ!」
テオドールが叫んだ時。
「テオドール様、危ない!」
副官の叫び声。
見ると、敵の魔導兵が隠れていた。
二十人ほどの魔導兵が、茂みに潜んでいた。
そして、彼らが狙っているのは――
「後方支援陣地……!」
テオドールの顔が、青ざめた。
「リュシエル!」
敵の魔導兵が、一斉に魔法を放った。
火炎、雷撃、氷柱。
あらゆる攻撃魔法が、後方支援陣地に向かって飛んでいく。
赤い炎。
青い雷。
白い氷。
それらが、空を覆い尽くす。
「まずい……!」
テオドールは馬に飛び乗り、全速力で後方支援陣地へ。
馬が悲鳴を上げるほど、強く蹴る。
でも、間に合わない。
魔法の方が、速い。
(リュシエル……!)
後方支援陣地。
魔法攻撃が、迫ってくる。
空が、赤と青と白に染まっている。
「きゃあ!」
生徒たちが悲鳴を上げる。
みんな、魔力を使い果たしている。
防御魔法を使う余力はない。
「防御魔法陣、展開!」
シュタイン教授が叫ぶ。
青白い障壁が、生徒たちを覆う。
でも、攻撃が多すぎる。
障壁に、ひびが入り始める。
防ぎきれない。
(まずい……!)
私は立ち上がろうとしたが、魔力が残っていない。
体が、言うことを聞かない。
(くっ……体が動かない……!)
火炎が、私に向かって迫る。
赤い炎が、視界を覆う。
(これで、終わり……?)
その瞬間。
「リュシエルーッ!」
テオドールが飛び込んできた。
馬から飛び降り、空中で私を抱きかかえる。
そして、自分の背中で炎を受けた。
ゴオオオッ!
炎が、テオドールの背中を焼いた。
肉の焼ける匂いがする。
「テオドール!」
「……っ」
彼は痛みに顔を歪めたが、私を離さなかった。
その腕は、震えている。
「大丈夫……か……?」
「馬鹿! あなたこそ!」
私は彼の背中を見た。
服が焼け焦げ、皮膚が赤黒く爛れている。
ところどころ、皮が捲れている。
「治癒魔法……!」
私は必死に魔力を振り絞った。
体に残っている、わずかな魔力を全て使う。
「治癒の光!」
温かい光が、彼の背中を包む。
傷が、少しずつ癒えていく。
「……ありがとう」
テオドールは微笑んだ。
その笑顔は、痛みを堪えている。
「でも、もう無理するな。魔力、残ってないだろう?」
「……うん」
「なら、後は僕に任せろ」
彼は立ち上がり、剣を構えた。
敵の魔導兵が、まだ攻撃を続けている。
「お前ら……許さん」
テオドールの目が、怒りで燃えた。
その目は、まるで炎のように赤い。
「リュシエルに手を出すな!」
彼は疾風のように駆け出した。
その速さは、見えないほど。
テオドールの剣が、魔導兵たちを斬り裂く。
「ぐあっ!」
「なんだ、この速さ……!」
「化け物か!?」
魔導兵たちは、なすすべもなく倒されていく。
一人、二人、三人。
「リュシエルに……触るな!」
彼の剣は、怒りで輝いていた。
まるで、光の剣のように。
四人、五人、六人。
次々と敵が倒れる。
そして、最後の一人。
「ひっ……」
魔導兵が怯える。
地面に座り込み、後ずさりする。
「許さん」
テオドールの剣が、彼の首を刎ねた。
静寂。
敵の魔導兵は、全滅した。
「……はあ、はあ……」
テオドールは肩で息をしながら、私のもとに戻ってきた。
その体は、血と汗で濡れている。
「リュシエル……大丈夫か?」
「ええ……あなたのおかげで」
私は彼を抱きしめた。
強く、強く。
「ありがとう……」
「当たり前だ。君は、僕の大切な人だから」
二人で、強く抱き合った。
周囲の歓声も、戦いの音も、何も聞こえない。
そして、戦いは終わった。
敵軍は完全に撤退し、国境を越えて逃げ帰った。
旗を捨て、武器を捨て、命からがら逃げていく。
「勝った……!」
騎士たちが歓声を上げる。
「勝利だ! 我々の勝利だ!」
「灰色の魔法騎士、万歳!」
「リュシエル様、万歳!」
歓声が、戦場に響き渡る。
剣が天に掲げられ、兜が投げ上げられる。
私とテオドールは、お互いを見つめ合った。
「やったわね」
「ああ、君のおかげだ」
「あなたのおかげよ」
二人で、笑い合った。
そして、キスをした。
戦場の真ん中で、人々が見守る中で。
「おおっ!」
騎士たちが、さらに大きな歓声を上げた。
「結婚しろーっ!」
「幸せになれよーっ!」
「子供は何人作るんだーっ!」
私たちは顔を赤らめながら、それでも笑った。
「ねえ、テオドール」
「ん?」
「来月の結婚式、楽しみね」
「ああ、楽しみだ」
彼は私の額にキスをした。
「君と、永遠に一緒にいられる」
「私も」
夕日が、戦場を赤く染めていた。
でも、それは血の色じゃない。
希望の色。
新しい未来の色。
私たちは、その未来へと歩み始めた。
手を繋いで。
共に。
翌日。
私たちは、王都へと凱旋した。
街には、歓迎する民衆が溢れていた。
「英雄だ! 灰色の魔法騎士だ!」
「リュシエル様も! 美しい魔法使い!」
「トイレ王子を捨てた女!」
(最後の呼び名、やめてほしいんだけど)
花びらが舞い、歓声が響く。
私とテオドールは、馬に乗って街を進んだ。
「すごい人ね」
「ああ。でも、これも君のおかげだ」
「二人のおかげよ」
私は彼の手を握った。
「これから、どんな未来が待ってるのかしら」
「きっと、幸せな未来だ」
テオドールは微笑んだ。
「君と僕で、作っていく未来」
「……うん」
王宮の門が、開かれた。
そこには、国王、レオンハルト王子、そして父母が待っていた。
「よくやった、二人とも」
国王が、労いの言葉をかけてくれた。
「君たちは、王国の英雄だ」
「ありがとうございます」
私たちは、深々と頭を下げた。
「さあ、祝賀会の準備だ」
レオンハルトが笑った。
「盛大に祝おう!」
「おおっ!」
民衆が歓声を上げた。
こうして、長い戦いは終わった。
そして、新しい物語が始まる。
私とテオドールの、幸せな物語が。




