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10話 誘拐事件

 陰謀が明らかになってから、二日後。


 私は侍女たちと共に、街の市場に出かけていた。

 王宮内にこもってばかりじゃ気が滅入るし、少しくらい息抜きも必要だ。


「お嬢様、このリボン可愛いですわ!」


 エミリーが、ピンク色のリボンを見せてくる。

 ふわふわのレースがついた、乙女チックなデザイン。


「……ピンクはもういいわ」


 最近、ピンク色を見るとクラリッサを思い出して複雑な気分になる。

 彼女は今、王宮の保護下にある。

 脅されていたとはいえ、罪は罪だ。


「では、この青いのは?」

「それはいいわね」


 私が深い青のリボンを手に取った時。

 突然、背後から何かが迫ってきた。


 殺気。

 鋭い、明確な殺気。


「リュシエル様、危ない!」


 ソフィアの叫び声。

 振り返ると、黒装束の男たちが襲いかかってきた。

 五人、いや六人!


「きゃっ!」


 私は咄嗟に防御魔法を展開した。

 青白い障壁が、私の周囲を覆う。

 だが、相手は多い。

 そして、明らかに訓練されている。


「お嬢様!」


 侍女たちが私を守ろうとするが、男たちは容赦なく彼女たちを突き飛ばした。


「エミリー!ソフィア!」

「やめなさい!」


 私は攻撃魔法を放とうとした。

 でも、ここは市場の真ん中。

 周囲には一般市民がいる。


(大きな魔法は使えない……!)


 その瞬間。

 何かが首筋に刺さった。


「……っ!」


 麻酔針だった。

 細い針が、首に刺さっている。

 視界が、ぐらぐらと揺れる。

 体から、力が抜けていく。


「テオ……ドール……」


 彼の名前を呼びながら、私は意識を失った。


 最後に見えたのは、青い空。


 そして、叫ぶ侍女たちの顔。


「なんだと!?」


 テオドールは、報告を聞いて血の気が引いた。

 訓練場で剣を振っていた手が、止まる。


「リュシエルが、誘拐された!?」

「はい……申し訳ございません」


 ソフィアが、顔を青ざめさせて報告する。

 彼女の服は汚れ、髪も乱れている。

 必死に抵抗した跡だ。


「侍女たちは、全員無事です。でも、リュシエル様だけが……」

「くそっ!」


 テオドールは拳で壁を叩いた。

 石壁に、ひびが入る。


「僕が、僕がそばにいれば……!」

「テオドール、落ち着け」


 レオンハルト王子が、彼の肩に手を置いた。

 金髪碧眼の未来の国王は、冷静そのものだ。


「今は冷静に、犯人を探すんだ」

「でも、殿下……!」


 テオドールの目から、涙が溢れそうになる。


「リュシエルが、攫われたんですよ!?あの、リュシエルが……!」

「わかってる。君の気持ちはわかる」


 レオンハルトは真剣な目で言った。


「だからこそ、冷静になれ。感情に流されたら、彼女を救えない」


 テオドールは深呼吸して、必死に気持ちを落ち着けた。

 拳を握りしめ、震えを抑える。


「……すみません」

「いい。では、情報を整理しよう」



 その夜。

 王宮に、一通の手紙が届いた。

 血のように赤い封蝋。

 グラナダ帝国の紋章。


『リュシエル・ヴァン・エリュドールは、我々が預かった。

 返してほしければ、以下の条件を飲め。


 1. 王国の軍事機密情報を全て提出すること

 2. 国境警備を三日間、解除すること

 3. エリュドール公爵が、第一王子への支持を撤回すること


 期限は三日。従わなければ、令嬢の命はない。

 なお、救出作戦などを試みた場合も、即座に殺害する。

 ――グラナダ帝国、特務諜報部』


「……ふざけるな!」


 エリュドール公爵が、手紙を握りつぶした。

 怒りで、顔が真っ赤になっている。


「娘を人質に、国を売れというのか!」

「落ち着いてください、公爵」


 レオンハルトが冷静に言った。


「彼らの要求を飲めば、王国は滅びます。国境警備を解除すれば、グラナダ帝国が侵攻してくる」

「しかし、娘が……!娘が死んでしまう!」

「わかっています。だから、救出作戦を立てましょう」


 テオドールが前に出た。

 その目には、炎のような決意が宿っている。


「僕に、やらせてください」

「テオドール……」

「リュシエルは、僕の恋人です。僕が、必ず救い出します」


 彼は深々と頭を下げた。


「この命に代えても」


 一方、その頃。

 私は、薄暗い牢屋で目を覚ました。


「……う、頭痛い」


 麻酔の副作用で、頭がガンガンする。

 体も重い。


「ここは……」


 周囲を見回すと、石造りの牢屋。

 窓には鉄格子。

 扉には頑丈な錠前。

 床は冷たい石。


「完全に、捕まってるじゃない」


 私はため息をついた。

 でも、パニックにはならない。

 前世で、サバイバル番組とか脱出ゲームとか、結構見てたし。


 それに、異世界転生者として、こういう展開は想定内だ。


(冷静に、状況を分析しよう)


 まず、体の確認。

 怪我はない。

 服も無事。


 ただし、かなり汚れている。

 持ち物は……全部取られてる。

(チッ、魔道具も取られた)


 でも、魔法は使える。

 魔力は体内にあるから、道具がなくても発動できる。

 ただし、大きな魔法を使うと敵に気づかれる。

(慎重にいかないと)


 その時、扉が開いた。

 ギィィィ、と錆びた蝶番が悲鳴を上げる。


「目が覚めたか、令嬢」


 入ってきたのは、黒マントの男。

 あの時、屋敷で戦った諜報員だ。


「あなた……逃げてたの?」

「ああ。王宮の牢獄など、朝飯前だ」


 男は不敵に笑った。

 その笑顔には、余裕と自信がある。


「そして、君を誘拐した」

「何が目的?」

「決まっている。王国を混乱させることだ」


 男は椅子に座った。

 まるで自分の家にいるかのように、リラックスしている。


「君の父、エリュドール公爵が第一王子を支持している。それが我が帝国にとって邪魔だ」

「だから、私を人質に?」

「その通り。頭の回転が速いな、さすが公爵令嬢」


 男はナイフを取り出し、リンゴを剥き始めた。

 器用な手つきで、皮を一本の螺旋状に剥いていく。


「三日後、公爵が我々の要求を飲めば、君は解放される」

「飲まなければ?」

「君は死ぬ」


 あっさりと言われた。

 まるで、「明日は晴れだ」とでも言うような軽い口調で。

(……最悪)


「でも、安心しろ。君が死んでも、それはそれで王国にダメージだ」

「ひどい」

「戦争とは、そういうものだ」


 男はリンゴを一口かじった。

 シャクッと、音が響く。


「綺麗事では、国は守れない。汚い手段を使ってでも、勝つ。それが諜報員の仕事だ」


 彼は立ち上がり、扉へと向かった。


「では、ゆっくり休むといい。最後の三日間かもしれないからな」


 ガチャン。


 扉が閉まり、再び一人。


(……どうしよう)


 私は牢屋の中を調べ始めた。

(前世の知識、活かす時ね)


 まず、鉄格子。

 錆びているけど、まだ頑丈。

 これは、魔法で熱すれば曲げられるかも。

 でも、時間がかかるし、音が出る。


 次に、扉の錠前。

 古い、シンプルな構造。

 これは……トリッキーだけど、細い針金があれば開けられる。

 問題は、針金をどうやって手に入れるか。


(待って……髪留めのピン!)


 私は髪を解いた。

 飾りのヘアピンが、数本ある。


「よし、これを使おう」


 私はヘアピンを伸ばして、錠前に差し込んだ。

 カチャカチャ。


(……むずい)


 前世で、脱出ゲームの攻略動画を見たことはあるけど、実際にやるのは初めて。


 錠前の中で、ピンが引っかかる感触を探る。


 カチャカチャ、カチャ。

(もう少し……!)

 十分後。

 カチッ。


「……開いた!」


 やった!

 私、意外と器用!

 私は静かに扉を開けた。


 ギィィ、と小さな音。

 廊下を覗くと、誰もいない。


(よし、逃げよう)

 私は裸足で廊下を進んだ。

 靴は脱がされていたから、仕方ない。

 でも、裸足の方が音が出ないから、むしろ好都合。


 石の床は冷たいけど、我慢。

 廊下を進んでいると、声が聞こえてきた。


「……本当に、これでいいんですか?」


 聞き覚えのある声。

 女性の声。

(……クラリッサ?)

 物陰から覗くと、クラリッサが諜報員と話していた。

 彼女の顔は、涙で濡れている。


「当たり前だ。お前の家族を守りたいなら、従え」

「でも、リュシエル様を殺すなんて……」


 クラリッサの声が震える。


「彼女は、私に優しくしてくれました。婚約を破棄されても、私を責めなかった」

「情が移ったか?」


 諜報員が冷笑する。


「忘れるな。お前の家族は、我々が握っている。弟も、妹も、母親も」

「……っ」


 クラリッサは、唇を噛んだ。

 血が滲むほど、強く。


「お前がもし裏切れば、家族全員が死ぬ。わかっているな?」

「……わかって、います」


 彼女は、絞り出すように答えた。

(……やっぱり、脅されてるのね)

 私は少し同情した。

 彼女も、被害者なのだ。

 家族を人質に取られて、悪事に加担させられている。

(いつか、彼女も助けないと)


 でも、今は自分が逃げることが優先。

 私は静かに、反対方向へと進んだ。


 建物の構造を探りながら、私は出口を探した。

(ここ、古い砦みたい)

 壁には苔が生えているし、天井も低い。

 窓から見える景色は、深い森。

 恐らく、国境近くの廃墟を使っているのだろう。

(ということは、外に出れば森……)


 その時、背後から足音。

 複数の、重い足音。


「侵入者だ!囚人が逃げたぞ!」


 見つかった!


「くっ……!」


 私は走り出した。

 裸足の足が、冷たい石の床を蹴る。


「待て!」


 男たちが追いかけてくる。

 がしゃんがしゃんと、鎧の音が響く。

(もう、隠密行動は無理ね)


 私は振り返り、魔法を展開した。

 手のひらに、青白い光が集まる。


氷結床アイスフロア!」


 床が一瞬で凍りつき、追ってきた男たちが転倒する。


「うわっ!」

「何だ、この魔法!?」

「令嬢のくせに、戦闘魔法が使えるのか!?」


 男たちが驚愕の声を上げる。

 その隙に、私は外へ。


 重い木の扉を押し開ける。

 夜の森が広がっている。

 満月が、木々の間から顔を覗かせている。

(よし、逃げ切った……!)


 でも、安心するのは早かった。


「そこだ! 捕まえろ!」


 松明を持った男たちが、四方から迫ってくる。

 まるで、最初から待ち構えていたかのように。


(まずい……!包囲されてる!)


 私は森の中を走った。


 木の根に足を取られそうになりながら、必死に走る。

 でも、魔力が切れかけている。

 さっきの魔法で、かなり消耗した。


(体力も、限界……)


 その時、前方に崖が見えた。


 断崖絶壁。

 下には川が流れている。

 月明かりに照らされた、激しい流れ。


「詰んだな、令嬢」


 背後から、諜報員の声。

 彼は余裕の笑みを浮かべている。


「観念しろ。大人しく戻れば、痛い目には遭わせない」

「……」


 私は崖を見下ろした。

 高さは、十メートルくらい。

 川の流れは、速い。

(……飛び込むしかない!)

 私は覚悟を決めて、崖から飛び降りた。


「馬鹿な!死ぬぞ!」


 諜報員の叫び声が、遠ざかる。


「うわぁぁぁ!」


 風が、体を包む。

 髪が、激しく舞う。


 そして。


 バシャーン!


 冷たい水が、体を包んだ。

 息ができない。

 体が、流れに飲み込まれる。

(……死ぬかも)


 でも、諦めない。

 私は必死に水面を目指した。


 同じ頃。

 テオドールは、騎士団を率いて森を捜索していた。


「リュシエル……どこだ……!」


 彼の目には、焦りと絶望が浮かんでいた。

 松明の灯りが、彼の険しい表情を照らす。


「テオドール、こっちだ!」


 仲間の騎士が叫ぶ。


「川に、誰か流されてる!」

「なに!?」


 テオドールは馬を全速力で走らせた。

 枝を避け、岩を飛び越え、崖へと向かう。

 川を見ると、確かに誰かが流されている。


 月明かりに照らされたその姿。

 プラチナブロンドの髪。

 深紅のドレス。


「リュシエル!」


 彼は馬から飛び降り、川に飛び込んだ。

 冷たい水が、体を包む。


 でも、構わない。

 彼女を救うためなら、どんな危険も冒す。


「リュシエル、しっかりしろ!」


 彼は必死に泳いだ。

 流れに逆らって、彼女のもとへ。


「……テオ、ドール……?」


 彼女は弱々しく微笑んだ。

 その顔は青白く、唇は紫色になっている。


「……助けに、来てくれたの……」

「当たり前だ!」


 テオドールは彼女を抱きかかえ、岸へと泳いだ。

 片腕で彼女を抱き、もう片方の腕で水をかく。

 岸に上がると、彼は彼女を優しく横たえた。


「大丈夫か!? 怪我は!?どこか痛むか!?」

「……ちょっと、寒いだけ」


 リュシエルは震えながら笑った。


「でも、あなたが来てくれて……嬉しい」

「馬鹿……心配したんだぞ……」


 テオドールは彼女を抱きしめた。

 冷たく濡れた体を、必死に温める。


「もう、離さない。絶対に。二度と、君を危険な目に遭わせない」

「……うん」


 リュシエルは彼の胸に顔を埋めた。

 冷たい体に、温かさが戻ってくる。

(……やっと、会えた)

 安心したら、涙が溢れてきた。


「怖かった……」


 私は震える声で言った。


「本当に、怖かった……」

「もう大丈夫だ」


 テオドールは私の頭を撫でた。


「僕がいる。もう、何も怖くない」

「……ありがとう」


 私たちは、月明かりの下で抱き合った。

 まるで、世界に二人きりのように。


「リュシエル」


 テオドールが私の顔を両手で包んだ。


「本当に、本当に心配した。君がいなくなって、世界が終わったかと思った」

「ごめんなさい……」

「謝らなくていい」


 彼は優しく微笑んだ。


「君は、よく頑張った。一人で脱出して、ここまで来た」

「……まあね」


 私は少し得意げに笑った。


「前世で見た脱出ゲームの知識が、役に立ったわ」

「前世?」

「あ、えっと、何でもない!」


 つい、口が滑った。


「とにかく、もう大丈夫よ。私、結構タフだから」

「……本当に、君は強いな」


 テオドールは私の額にキスをした。


「でも、もう無茶はするな。心臓が持たない」

「あなたこそ、川に飛び込むなんて無茶しないで」

「君のためなら、炎の中にだって飛び込む」


 彼は真剣な目で言った。


「君は、僕の全てだから」


 私は、顔が真っ赤になった。


「……ずるい」

「何が?」

「そんな格好いいこと言われたら、もっと好きになっちゃうじゃない」


 テオドールは笑って、もう一度私を抱きしめた。


「さあ、帰ろう。みんな、心配してる」

「うん」


 私たちは立ち上がり、手を繋いで歩き出した。


 まだ、これから、どんな困難が待っているかわからない。



長くなってきたので気分転換に他の小説も読んで見ませんか?


ギャグ

●異世界に召喚されたけど、帰る条件が「焦げない鮭を焼くこと」だった 〜千田さん家の裏口は異世界への入口〜

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ホッコリファンタジー

●黒猫フィガロと、願いの図書館 〜涙と魔法に満ちた旅の記録〜

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●私を処刑した王子へ 〜死んだ公爵令嬢は呪いとなり、王国を沈める〜

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