審議官にマッチで
タクシーは財務省正門の前に停った。
運転手の林が、
「財務省の正門です」
「おう、着いたか。林さん、またここでまた待っててくれる」
「ハイ、気を付けて下さ」
「アイヨ~」
結城は相変わらずリズミカルな返事である。
-財務省審議官室-
結城がドアーを開ける。
受付に中年の女が座っている。
三角の席札には『羽生喜美子』とある。
審議官控え室のドアーには「在室中」の挿し札が差してある。
羽生は結城を見るなり笑顔で立ち上がり、
「ご苦労様です」
と丁寧に挨拶をする。
結城は慇懃に、
「イヤ~、イヤイヤ、お世話になりま~す」
控えめにドアーを指差す結城。
羽生が、
「はい。どうぞ」
結城は軽くドアーをノックする。
部屋の中から渋い声が。
「アーイ・・・」
そっとドアーを開けて中を覗く結城。
財務審議官(大臣官房担当)鮫島庸司が結城に気付き椅子を立つ。
「おお、結城さん! どうぞどうぞ」
鮫島は結城を応接テーブルに誘う。
結城は直立不動で、
「すいませ~ん。アポも取りませんで」
政信は結城の後に付き、そっとドアーを閉める。
鮫島はニッコリと笑い、
「かまいませんよ。どうぞ・・・」
「恐縮で~す」
鮫島がソファーに座る。
政信は結城の分厚いカバンを足元にそっと置き静かに座る。
鮫島は二人と対座して先ず一言。
「中国は怒っていますね」
結城は身を小さく固め、
「ああ、あの一言ですか? まあ、少し冷やして置けば落ち着きますよ。中国は日本の内政を知り尽くしている。どうも、高市さん個人の問題でしょう。確かに高市さんも総理に成って、少し羽目を外した感が有りますけど」
鮫島は、
「高市さんはどうするんでしょう」
「う~ん。総理はあまり気にしてはいないみたいですよ」
鮫島が、
「待ちに待った総理の椅子ですからねえ。こんな事で無碍には出来ないでしょう。何か丸く収める方法はありますかねえ・・・」
鮫島がテーブルの上のタバコケースから一本を取り出し、ケースを結城の方に向ける。
「あッ、いや、私はタバコは・・・」
「え? 吸わない。ほーう。お酒も? 」
「お酒はほどほどに」
鮫島は笑いながらタバコを口元に。
「コレは煙の出ないタバコなんですよ」
結城が、
「えッ、そんなタバコが有るんですか?」
「最近はタバコの煙を嫌う方が多いですから・・・」
と言いながら備え付けのライターでタバコの先に火を点け様とする。
が! 火が点かない。
どうやらガス切れの様である。
結城は政信の靴を軽く踏む。
政信は足を引っ込める。
結城は膝で政信の膝をこづく。
政信は結城の顔をそっと覗く。
結城は片眼と顎で鮫島の咥えるタバコを指す。
鮫島はポケットをまさぐりライターを探している。
政信はやっと空気が読め、ポケットから居酒屋のマッチを取り出し素早く火を点ける。
「うッ」
硫黄の匂いで顔を顰める鮫島。
政信はマッチの火を両手で包み鮫島の咥えたタバコの先に持って行く。
鮫島は渋い顔で、
「おッ、お~、・・・すいませんな」
煙の無いタバコを一服深く吸い込み結城を見て、
「・・・新人ですか?」
「あッ! イヤ~、紹介が遅れました。うちの『カバン持ち』です」
政信は直立して、ぎこちなくポケットから名刺の入ったプラスチックケースを取り出す。
そして蓋を開けて一枚。
「申し遅れました。いつもお世話になります。土屋政信と申します。今後とも宜しくお願いします」
渡された名刺をしみじみと見る鮫島。
「・・・土屋政信か・・・良い名前だ」
鮫島は座りながらテーブルの上の名刺箱から一枚をつまみ私に渡す。
「・・・鮫島です」
政信は両手で名刺をアツく受取る。
鮫島は政信の名刺をテーブルの上にキチッと置き、
「・・・土屋さんは、角サン(田中角栄)の若かりし頃に似てるなあ。ハハハハ」
その一言で政信の顔の緊張感が緩む。
「そうですかッ! 有り難うございます」
鮫島は結城に目を移し、
「で、今日は」
「あ、すいません。先だっての電話の件・・・」
「ああ、先生の勉強会の件(チケット捌きの窓口)ですね。あの担当は文書課ですよ」
結城はわざとらしく驚き、
「ブンショカ! なるほど・・・そうでしたか(結城はその流れは知っているらしい)」
鮫島は背広の内ポケットから手帳を取り出し、捲りながら、
「・・・え~と、いつでしたっけ先生の裏パーチー(勉強会)は・・・」
「十月二五日の金曜日です」
「十月二五日かあ・・・。なんなら私の方からプッシュしときましょうか」
「あッ、イヤ~、イヤイヤ、有り難いです。で、 審議官のご自宅の住所は変わり有りませんよね」
「ええ。何か?」
「いや、先日、車の中で審議官のお話が出ましてね。金井が上州牛の味噌漬けを食べさせてあげたいなあ、なんて言うんですよ。ハハハ」
「あ~あ、あれは旨い!」
「そうですか! じゃ、早速特急便でお送りします。スタミナを付けて暑い夏を乗り切って下さい。ハハハハ」
つづく




