甘〜いカステラ
文教振興会の応接室である。
応接室のドアは開いている。
浦口と政信がテーブルを隔てて座っている。
テーブルの上には浦口と政信の名刺が交互に置いて有る。
手土産の『杵屋のカステラ』はテーブルの下の紙袋に。
浦口はテーブルの上のマイルドセブンのタバコを一本抜き取り、口元に。
政信はすかさずポケットから例の「デュポンのライター」を取り出し、火のサービスを。
浦口がニッと笑い、咥えたタバコを政信のライターの火に近づける。
浦口はタバコの煙を深く吸い込み政信を見て、
「君、タバコは?」
「私はやりません」
「そう。健康的ね。・・・アナタが『カバン持ち』? 」
「はい」
政信は足元の「杵屋のカステラ」の紙袋をテーブルの上に載せる。
浦口は「杵屋」と云う文字を見て『態度が急変』する。
「お~おッ! そう。いやいやいや、チョット待って」
事務員を呼ぶ。
「山口サ~ン(山口喜美子)、お茶を出してくれる~!」
事務室から山口の声。
「はーい」
浦口が、
「玉露ネー」
「はーい、分かりました」
「それから、このカステラを持って行って」
「はーい」
暫くして山口がお茶を二つ、盆の上に載せて応接室に入って来る。
山口はテーブルの上の『杵屋のカステラ』を見て、
「あらー、理事長の一番好きなモノじゃないの。これが来ると何か良い知らせでしょう?」
山口は政信を見る。
「えッ? あ、まあ・・・」
浦口が満面の笑みを湛え、
「フタツだってよ。ふ・た・つ!」
「二つ! 国分寺の方も? さすが、金井先生ね~え」
山口は若い政信を見て妙な「熟女の色気」を出す。
「ウフフ。土屋さんて良い男ねえ・・・」
「え?」
「良いのよ。ごゆっくりしてらっしゃい」
「あッ、いや、恐縮です」
山口が応接室を出て行く。
浦口は咥えたタバコを灰皿に置き、お茶を一杯啜る。
政信を見て、
「・・・で?」
「で? あッ、実は早稲田に入りたい青年が居りまして」
浦口は驚いて目を丸くする。
「ワセダ!?」
二人の沈黙が暫く続く。
「・・・」
浦口が新しいタバコを一本取り出す。
政信はすかさず、またデュポンのライターで火を。
「ピ~ン、チャッ!」
浦口はタバコの端を噛み、ニッコリと笑い、
『で、何人?』
政信は驚いて、
「なッ、ナンニン? いや、一人ですよ」
浦口はヘリンボーンのジャケットの内ポケットから『赤い手帳』を取り出す。
「ナ・マ・エ、聞かせて?」
「枝野末男、十八歳です。金井の後援会長の息子さんです」
浦口は手帳に書き取って行く。
「で、何処の学部に入りたいの?」
「文学部らしいです」
「文学部? そんな学部で良いの?」
「はい」
「一部でしょうね」
「え? そりゃあ、・・・多分」
「分かった」
浦口は手帳をポケットに仕舞ながら政信を見て、
「この時期は多いのよ~。いや~、他の先生からもナンダカンダで合計十人も頼まれちゃって」
政信は驚いて、
「えッ! そんなにッ?」
「川田大臣のお嬢さんも、どうしても上智に入りたいなんて言うのよ」
「ジヨウチ! 凄いですねえ」
「凄くないわよ~。『ウラ』だもの。何処の大学も学生の取りあいで大変よ。少子化、少子化で経営が大変なの。学部を減らしたり、聴講生を幅広く募集したり、先生(准教授)を名前が売れてるタレントにしたり。個性のある大学にしないと学生は集まらないのよ。こう云う時だからこそ、出来るだけ身元のシッカリとしたご子息サンの方が安心なの。特に先生方のお子さんは『丸ホ』が付いて来るじゃない」
「マルホ?」
「あら、アンタ新人?」
「あ、いやまあ、カバン持ちですから」
「そうよね~え。マルホって『補助金』の事よ」
「ああ、そう云うモンですか?」
「そう云うモンよ。・・・確認の為、もう一度聞くけど、この枝野クンだけで良いのね?」
「え? あッ、はい。『今の所』は」
浦口は政信を見てお茶を勧める。
「アナタ、玉露が冷めちゃうわよ」
「あ、はい!」
「冷めても美味しいけど」
浦口は女より若い男の方が好みの様である。
つづく




