常在戦場、日々是決戦!
松永が受話器を取る。
「はい。衆議院金井事務所です。・・・あッ、お世話になります。少しお待ち下さい」
受話器を押えて、
「結城さん、三番に経産省の濱田さんからです」
「ハマちゃん? おう、ハイハイハイハイ」
結城は急に顔が緩み、三番のボタンを押す。
相変わらずの慇懃な応対である。
「イヤー、いやいやいや、お世話になりまーす」
-経産省審議官室-
濱田(濱田庸一審議官)が結城と電話している。
「すいませ~ん、連絡が遅れて。昨日、黒沢さんとビンちゃんの会談が終わって戻って来たもので」
「お疲れ様でえーす。あの、例の『自動車工業会の件』・・・」
結城と濱田が電話中に突然、応接室のドアーが開く。
先生が、
「結城くん、ちょっと・・・」
結城は受話器の口元を手で塞いで、
「あッ、今、電話中・・・」
先生は大声で、
「良いから、受話器を置きなさいッ!」
「ハイ!」
急いで受話器を置く。
-経産省審議官室-
濱田が受話器を耳にして聞いて居る。
電話の向こうが騒がしい。
と、突然電話が切れてしまう。
濱田は受話器を睨み舌打ちをする。
「チッ! 先生が居るのか・・・アカンな」
先生は急に顔が緩み猫なで声で、
「ちょっと来てくれる」
結城は直立して、
「ハイ!」
応接室に入る結城。
先生はソファーを指して、
「ちょっと、そこに座ってくれる」
「ハイ!」
「で、アナタの今日の予定は?」
「ハイ! 十時に中元の酒の段取り、十時半、経済振興部会に代理出席。十一時、赤堀村の村長以下十名の陳情団を総務省へ。その後、直ぐに農水省に連れて行きその後、陳情団と食堂で食事。十三時から地元から「博康会」が国会見学に来ますのでその付き添い案内と・・・」
先生は冷静に、
「もう良い、分かった。・・・そんな事は松永くんでも出来る。アンタはもっと重要な事を忘れてるんじゃなの?」
「え? あッ!・・・ハ?」
先生は結城を蔑んだ目で見る。
「これだ。ねえ。これが出来の悪い秘書の実態なんですよ」
結城の声のテンションが徐々に上がって行く。
「目先のニンジンしか見えない。・・・良いですか? 余裕がない! 脇が甘い!気が抜けている! こう云うのを『ヨ・ワ・キ』と言うんだッ! バカ者が・・,」
結城は顔を紅くして、
「ハイッ! 勉強に成ります」
「アナタ、この間の食事会で何を聞いてたの?」
「ハイ! 先生と土屋くんの会話です」
「聞いたなら直ぐに実行に移さないッ!」
「いや、明日・・・」
「バカ者ッ! クイックアンドレスポンスと云う言葉を知らないのか!」
「いや、あの・・・」
「イヤ、アノ? 水神村はどうした! 山川の婆サンに会って来たのかッ!」
「ミズカミ? ヤマカワ? ・・・」
「由紀ちゃんだッ!」
結城は少し考えて頭を掻きながら、
「失礼します。あの~、記憶に・・・」
先生は呆れた顔で、
「赤坂の中華屋だ!」
「あ~あ、 ウエイトレスの由紀ちゃん」
「どうした。報告が無いぞ!」
「いや、すっかり」
「スッカリ?」
「アナタは私の秘書を何年やってる」
「ハイ! 三年です!」
「・・・陳情団だとか見学者なんてモノは不動票じゃないか! 婆さんの新鮮な三十票の方がよっぽど大切と思わないのか! バカ者が。今すぐ群馬に走りなさい!」
「え、今? ハイッ!」
「日々是決戦! 常在戦場! 時は金と票! 土屋は何をしているのだ!」
「ハイ! 国交省に」
「コッコウショウ? 後援会長の息子の件は!」
「ハイ! 適時進めて・・・」
「バカ者ッ! 文豪と同じ大学だ。早稲田なんかあの蟻男を使えば誰でも入れる。そっちの方が先だ! こう云った陳情処理が一番大切だと云う事を、アナタも分かってるでしょう」
「ハイ!」
結城は先生の叱咤の嵐の中で、直立したカラダは固まって居る。
先生が松永に向かって優しく、
「松永く~ん! 土屋くんに直ぐに戻るように。少し打ち合わせをしょう」
松永が事務室から、
「は~い!」
先生が棒立ちの結城を見て、
「打ち合わせの後、直ぐに『文教の蟻の巣』にアナタと土屋で行って来なさい。甘いカステラを忘れない事! その後、アナタは群馬に戻りなさい! 地下の売店から湯呑を三十個。忘れずに持参する事。良いねッ! 粗品ではないからね。婆さんの家に『忘れ物』として置いて来る事。良いですか。下手な言葉は使わないように。買収になるからね」
先生が松永に、
「松永く~ん、売店に湯呑三十! 金井事務所で」
「ハイ。売店で湯呑三十個~。何時に・・・」
「夕方で良い」
「ハイ。では四時半と云う事で」
俯いて溜息を吐く結城。
つづく




