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先生の息子さん

 政信は文豪(先生の息子)の隣の席に座る。


 「はじめまして。お世話になります。秘書の土屋です」

 「文豪ブンゴウです。宜しく」


政信は初めて会う文豪に驚き、


 「えッ? ブンゴウさんですか?」

 「はい」


政信はまじまじと文豪の顔を見る。


 「何か?」

 「あッ、いや、ちょっと・・・」


文豪は回転テーブルを回し、シュウマイに箸を持って行く。

政信も同じくシュウマイに箸を。


 「あッ、どうぞ!」

 「いや、どうぞ」

 「いや・・・」


文豪が、


 「そうですか。じゃあ、失礼してお先に・・・」


松永は色気も無く手当たりしだい食べまくっている。

文豪を見て、


 「文豪サン、彼女はどうしました?」

 「彼女? そんなの居ませんよ」

 「ええ? 先週の日曜日、銀座の周文堂で見かけましたよ」

 「あれ? 居たんですか。なんだ、声を掛けてくれたら良かったのに」

 「・・・年増トシマ好みですね」

 「ああ、あれは同人誌の先輩ですよ」

 「そ~ですか? そうは見えなかったけど・・・」


政信は二人の会話に割って入る。


 「失礼ですけど、文豪サンはバレーをやってたんですか?」


文豪は政信の問い掛けに驚いて、


 「え! 誰に聞きました?」

 「いえ、ちょっと・・・。ああ謂うのって恥ずかしくないですか?」

 「恥ずかしい? どこがですか」

 「どこがって、何て言ったら良いのかなあー・・・。僕は自信がないなあ」

 「自信が無い方が良いんですよ。最初はみんな自信が無いものです」

 「え? そ、そうですよねえ。その方が目立たないし・・・」

 「土屋さん、何か勘違いしていませんか」

 「勘違い? ああ云うのは特殊なサポーターなんて有るんですか?」

 「やだなー、土屋さん。バレーは芸術ですよ。昔はオペラの一部だったんです。あまり、そう云う所は見ない方が」


政信は『オペラ』と聞いて目を輝かせる。


 「えッ! そうだったんですか」

 「そうですよー。」

 「あの、僕この仕事する前に『オペラ歌手』を目指していたんです」


文豪も驚いて、


 「オペラ歌手? 本当ですかッ! いや~、土屋さんと話が合いそうですねえ」


政信が、


 「ところで、文豪さんはどんなジャンルの作品を書いてらっしゃるんですか?」

 「ああ、小説ですか? 僕は、アバンギャルドな作品が多いんです。おそらく直木賞の上を行ってるんじゃないかなあ。だから賞は取れないんですよ。まあ、今の審査員の顔ぶれを見ても、トボケタ連中が多い。土屋さんは知っているかなあ、僕の作品」

 「え? ・・・?」

 「『愛とマコトのルネッサンス』。 今、全国でひそかに話題に成ってるんです。屈折したこの世の中で細々と肩を寄せ合いながら生計を立てている家族。『物干し竿』を軽トラに載せて売り廻る夫婦と三人の子供達の愛と感動の物語。土屋さんはご存知ですか? 「名も無く貧しく美しく」って云う、松山善三先生の映画」

 「勿論、知っていますよ。夫婦の聾唖者が空襲のとき拾った孤児を内職しながら自衛隊員に成るまで育て上げるヤツでしょう。でも、最後が悲しいです。その義理の母親がリッパに成長した孤児だった息子が帰省したのを見に、家の外に飛び出したら車に轢かれて死んじゃう・・・」


松永はつまらなそうにチャーハンを食べている。


 「詳しいですね。まあ、アレを彷彿とさせる名作で、涙無くしては読めない作品です。僕も書いている内につい涙腺を刺激されて・・・」

 「それって、『ゴム紐の話』に似ていませんか?」

 「ゴム紐? いや、物干し竿です」


と、そこに金井が話しを割って入って来る。


 「おい、文豪!」

 「はい」

 「オマエ、早稲田の理事長を知ってるか?」

 「大島さんでしょう?」

 「その大島ってヤツはうちの親戚らしいな?」

 「ああ、オフクロの姉さんの旦那です」


先生は驚いて、


 「何ッ! あのオヤジが!? ただのインターネットの株屋かと思ってた。人は見かけによらないね~え」


先生はシューマイをほおばり、結城を見て、


 「おう、そうだ! それから、さっき気に成ったんだけど隣の部屋の稲葉吾朗って、あれは主計局長の稲葉じゃないのか?」

 「えッ?・・・ちょっと確認して来ましょうか?」

 「そうだね」


結城は席を立ち、ドアーを開けて出て行く。

暫くして戻って来ると先生の耳元に、


 「間違い有りません。『箇所付け』の時に、陳情に行きましたから」

 「ふーん・・・。おい! 由紀チャンを呼びなさい」

 「ハイ!」


結城が部屋の隅の小テーブルに置いてある受話器を取り、ウェイトレスの山川由紀を呼ぶ。

部屋をノックして、由紀が入って来る。


 「お呼びでしょうか?」


先生が、


 「おお、由紀チャン! ワリーね。隣の部屋のお客さんに老酒ラオチュウを三本、お出ししてくれる」

 「はい!」

 「それから、この名刺を稲葉さんと云う方にお渡ししてくれる。あ、老酒は私の方に付けといてね」

 「はい!」


由紀が部屋を出て行こうとドアノブに手を掛ける。


 「あ、由紀チャン。ちょっと来なさい」

 「はい!」


由紀が先生の傍に来る。


 「まだ何かありますか?」

 「これは、由紀チャンのお駄賃だ」


先生は小さくたたんだ『五千円札』を由紀のエプロンのポケットに入れる。

由紀は驚いて、


 「えッ! 困ります。支配人にきつく言われてますから」

 「良いから貯金しておきなさい」

 「でも~・・・」


先生は、


 「マネージャーには内緒にしておきなさいよ。どーぞ」

                          つづく

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