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催促の論理

 夕方の衆議院議員第一会館。

金井事務所の事務室である。

壁の時計は十五時三十分を指している。

松永が電話をしている。


 応接室のドアーが閉まっている。


応接室では政府委員室の植松(植松行政)が明日の「臨時国会予算委員会」の本会議場での質疑応答について先生にレク(レクチャー)をしている。


 「最近、大臣の失言が多いですから慎重に、調子に乗らない様にお願いします」

 「大丈夫だよ~。私はいつも冷静だ」

 「どなたもそうおっしゃるんです。でも、熱が入るとつい肝心な所をトバしてしまったり、本音ホンネが出たり。そこまで私は責任を持てませんから。今は少数野党ですからね」


先生は苦笑ニガワライいをして、


 「じゃ、前の松木さんや岸本さんみたいにずーっと下を向いてペーパーを読んでようか」

 「は?」


先生は、


 「責任なんて持ってもらわなくても良い。私は副大臣だ。私の言動は晴天一点の雲無しッ!当日は地元で私の支持者達が全員テレビを観てるんだ」


植松は先生をニラみ、


 「兎に角、そこに書いて有る通りに答弁して下さいね」

 「良いから、早く内訳を説明しなさい」


 結城が事務所のドアーにスライドキーを通し静かに入って来る。

松永が受話器を耳にしたまま振り向く。

結城は首を縦に振りながら(癖)事務所に入って来る。

アトに続く政信。

結城が緊張した表情で自分の机の脇にカバンをそっと置く。

政信も自分の机の椅子を引いてカバンを置き、そっと座る。

松永が電話を終え受話器を置く。


 「お疲れ様です」


結城は小声で、


 「おう」


応接室を指差し、


 「何やってんだ?」


松永が小声で、


 「明日の本議会の打ち合わせです」


結城が思い出したように首を縦に振りながら、


 「うん、うん、うん。そうだったな! 明日は代弁するんだな」

 「はい。三番目です」

 「質疑者は誰だ?」

 「立民党の大塚先生です」


結城はバリスタのボタンを押し、自分でコーヒーを入れながら、


 「大塚?」

 「はい」

 「うるさい男だな・・・」


結城は椅子に座り机の上の『本日の来訪者名簿』を広げる。

政信も結城の真似をして、湯呑みにお茶を入れて席に着く。

突然、応接室のドアーが開き植松と先生が出て来る。

結城と政信が急いで身をツクロって起立する。

植松が、


 「じゃ、明日は宜しくお願いしますね。良いですか、大塚さんが突っ込んで来ても軽く交わしてくださいよ。そのペーパーから外れない様に。落ち着いて」


先生が確認する様に、


 「ハコ(答弁用紙)の漢字にはルビ(カナ)を符ってあるよね」

 「符ってあっても間違う先生が居ますから」

 「ハハハハ、私はあの安部さんの様なバカではないぞ」


植松は神経質そうな目線でメガネの縁から先生を見る。


 「じゃッ!」


松永と結城、政信が不動の姿勢で、


 「お疲れ様です!」


植松は三人を見て軽く会釈し、事務所を出て行く。

先生は応接室に戻りドアーを閉める。

松永が急いでお茶を下げに、応接のドアーをノックする。

ドアーを静かに開ける松永。

松永はテーブルの上の水コップと湯呑みを盆に載せる。

先生が咳払いをして優しい声で、


 「結城くんと土屋くんが戻っていたね」

 「ハイ」

 「ちょっと呼んでくれる」

 「ハイ」


松永がテーブルを拭いて急いで応接室を出て行く。

松永は事務机に座っている結城と私に向かって、


 「先生がお呼びです」


結城と政信が椅子を立ち、先生に聞こえるように、


 「ハイッ!」


二人が急いで応接室に入って行く。

先生は二人を見て優しく「ニッ」と笑い、


 「ご苦労さんね。そこに座ってくれる」


結城と政信は静かにソファーに座る。

松永は盆の上のコップに水を、結城と政信にはコーヒーとお茶を入れて開いたドアーを軽くノックする。

結城と政信がソファーに姿勢を正して座り、先生の説法を聞く準備をしている。

松永はテーブルの上に水入りコップ、お茶とコーヒーを置いて応接室を出て行く。

先生は書棚を見て、


 「素晴らしい! たった二つ変えただけでこうも事務所の品格が上がる! この位な発想が出来なくては一流の秘書には成れませんよ」

 「は?」

 「ハ?とは何だ。書棚の中が変わったとは思わないのか」


二人は鍵のかかった書棚を見る。

結城が、


 「お~お! 綺麗にマトまりましたねえ~」

 「何だッ! その応え方は。『綺麗に纏まりましたね?』 バカ者ッ! オマエ達がやる仕事だ」

 「すいません! ちょっと忙しくて」

 「イソガシイ?」

 「あッ、気が付きませんでした」


先生はきつい目で二人を見る。

結城と政信は緊張した顔でウツムく。

先生は急に優しい声になり二人を見て、


 「で、ど~お? 最近は」


先生はフトコロから手帳と老眼鏡を取り出す。

老眼鏡を掛けてページを捲り始める。

と結城が、


 「ハイ。なんとか三十は・・・」


先生は怒り、


 「私はまだ何も聞いてない。ダメッ! 話は最後まで聞くッ! 私は土屋くんに質問しょうとしている。だいたい君は勇み足過ぎるぞ」 

 「あッ、ハイ! すいません」


政信は声をはって、


 「ハイッ! 十です」

 「? 何を言ってるのだ君は。私はアンタに今日、何をしてたのかを聞こうとしていたのだ」

 「あッ! 気が付きませんでした」

 「当たり前だ。私はまだ何も喋ってはいない」


先生は手帳のページを捲り、日にちを確認して、


 「勉強会は終わってしまったし・・・? あ~あ、そうだった。君の場合は地元で私の運転手をやっていたんだね。で、結城君は?」


先生はメガネをズラし上目使いで結城をニラむ。


 「はい! 挨拶廻りで三十置いて来ました」

 「そう。どこへ?」

 「西村組です」

 「そう。西村さんは勉強会に来たんじゃないの?」

 「それが・・・」

 「声を掛けて無い!・・・まあ、そう云う事もあるでしょう。あとで通帳をノゾきましょう」


結城は焦って、


 「いや、あの~、入金は少し遅れて入る予定です」


先生は突然、語気を強め、


 「催促しなさいッ! 勉強会は終わってるんだよ。催促しないと相手は忘れてしまうじゃなか。絶え間なく、優しく、均等に催促する事ッ! 集金とは川の流れのごとく、ゆったりと大きく、またある時は激流のごとく激しくッ!」

 「ハイッ! 勉強になります」


政信はオビエえながら聞いている。

先生は政信を見て口調を変え、


 「土屋くん、あの名刺の件は?」

 「あッ、ハイ! 本日、結城さんと動いて参りました」

 「ほう。で?」

先生はまたコップの水を一杯飲み、二人をニラむ。

 「ハイ! 早稲田の事務局長は先生をよくご存知でした」


先生は不気味な笑いを浮かべ、


 「そう。・・・で?」

 「理事長に近々お会いするつもりです」

 「理事長? 大島か? アイツはダメだ。使えない男だ。文教振興会の浦口(浦口 剛)の所に行きなさい」


結城が口を挟む。


 「浦口さんは補助金の箇所付けの時のパイプ役です」

 「君は黙ってなさい。私は土屋くんと話してるんだ」

 「あッ、ハイ!」


先生は議員手帳の間から名刺を一枚抜き、走り書きをする。


 「これを浦口に見せなさい」


政信が先生から名刺を受取る。


 「ハイ」

 「二件は付けると言いなさい。良いですか、『二』だよ」

 「は?」

 「いいから、ニケンと言えば良いのだッ! 後は何も喋るな」

 「あ、ハイッ!」


結城は二人の会話を聞いて、急いで席を立ち応接室のドアーを閉める。

先生は結城が席に着いた所を見計らって、


 「結城くん」

 「ハイ」

 「一緒に行ってやりなさい。土屋くんには荷が重いかもしれない」

 「ハイ。分かりました。さっそくアポをとって」

 「そうね。その時、『虎屋のカステラ』を持って行きなさい。アイツは甘い物が大好物きだ。アリの様な男だからね」

 「アリ? あッ、ハイ」

 「それとね」


先生は改まって、


 「ちょっと・・・」


二人は先生の顔の近くに「顔」を近づける。

先生は小声で、


 「・・・秋月クンの所に司直の手が回った」


二人は驚いて、


 「え! アキズキ?」

 「司直?」


先生は二人を見て更に小声で、


 「搾り過ぎだ。良いか、私がいつも言ってるように無理はいかん。取引は根回しが肝心! 良いんだよそんなモノは。私は一度も要求した事はない。放っとけば良いんだ。ましては事務所内でレンガを二個もテーブルに積むなんて。それを受ける方も受ける方だ。その特殊法人はそれ以外に秋坂の後援会まで作って、ついでに地元事務所の燃料代等をスベてその会社が支払っていたと聞いている。まさにガバナンスの欠如! 秋月も、よっぽど人に言えない事情が有ったんだろう。結城くん、君は若干強引な所があるから気を付けなさいよ。『広く、浅く、澱みなく、地味に、タユまぬ努力と前進!』 この『五つ』を忘れない事。あ、それから土屋くんにも言っといたが、名刺には必ず『番号』を符っておきなさい。中には渡した名刺に足がえる事が有るからね。兎に角、シボり過ぎはいかん。後で私が搾られてしまう。お互いに十分、気を付けないとね。・・・あの本屋(文春)はどこからそんな情報を仕入るんだろうねえ」


先生は腕を組み宙を睨む。


 「まあ、とにかく、気を付ける事にこしたことは無い」


結城と政信は力強く小声で、


 「ハイッ!」

 「で、今夜は高輪の宿舎の方に泊まる。夜は皆さんと一緒に軽くメシでも食おう。松永く~ん!」


松永が応接のドアーを開ける。


 「ハイ!」

 「君は今夜は空いてるの?」

 「ハイ。何も予定は有りません」

 「そう。じゃ、いつもの赤坂の中華屋を予約しなさい。たまには皆なでメシでも食おう。あッ、文豪も呼びなさい」


松永は嬉しそうに、


 「えッ、文豪さんも! ハ~イ!」

                          つづく

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