裏口へ
タクシーのドアーが開く。
運転手が二人を見て、
「ドーゾー」
結城が先に乗る。
「おい、早く乗れ!」
「ハイッ」
「どちらまで?」
「ワリーけど、馬場下の方までお願い」
「早稲田ですね」
夏目坂通りを走るタクシー。
車内で政信が、
「結城さんは凄い! 多いに勉強に成ります」
「バカ野郎、こんなの序の口だ。おい、西村は五! 覚えておけ」
「えッ? 三十じゃないんですか」
「こんなモノは、歩留り三割以下が良いとこだ。会長、社長、総務部長と関係支店長で五~六枚ってとこだ」
「そんなものですか?」
「そんなモンよ。パー券の後捌き(アトサバキ)は、売るんもんじゃねえ。置かせてもらうんだ」
「売らないんですか?」
「買う訳ねえだろ。カラ手形だし」
「カラ手形?」
「勉強会は終わってんだぞ」
「ああ、そう云う事か」
「だから、言ったろう。ただの『キッカケ作り』だと。キッカケまで話しを持って行く事。秘書はバカじゃ出来ねえんだ」
「じゃ、ボクには無理です」
「うん? 分かれば、バカじゃない」
「は?」
結城が外の景色を見ながら独り言を言う。
「・・・裏口か・・・」
「え? ああ、後援会長の息子さん件ですね」
「オヤジ(金井代議士)の息子と同じ大学って言ってたな」
「はい」
結城は運転手に。
「あッ、運転手さん。その交差点を左に曲がってくれる」
「はい」
「おい、事務所に連絡!」
「あ、そうだ」
政信は背広の内ポケットからスマホを取り出し事務所に電話する。
「土屋です。お疲れ様です。・・・ハイ。・・・ハイ、分かりました」
「何か有るか?」
「本人(代議士)が十五時に事務所に戻って来るそうです」
「十五時? 」
結城は腕時計を見る。
「うーん・・・。それだけか?」
「はい。今の所は」
突然、結城が、
「おい、裏口に行くぞ」
「え、ウラグチ?」
「大学の裏門だ」
「貸し金業者じゃないんですか?」
結城はいぶった気に政信を見て、
「あんな所は政連(政治連盟)に一本化してある。一言で門前払いだ」
「へ~え」
「でも俺は後で挨拶に行くがな」
「キッカケ作りに?」
「勿論よ。顔繋ぎにもなるし。そうやって窓口を広げて行くんだ」
「なるほど。勉強になります」
「何が?」
「いや、結城先輩の一挙手一投足が」
「おい、褒めてんのか?」
「もちろんですよ」
「バカ野郎、もっと勉強しろ!」
「すいません。僕、営業は初めてですから」
「裏口はオメーが一人で行って来いよ」
「えッ! ヒトリ!」
結城は政信を見て、
「そうだろうよ、営業だ。だいたいオメーが本人(代議士)から渡された仕事だ。当然、オメーが一人でやらねえとダメだ」
「そんな大それた事、私には無理ですよ」
「バカ。陳情処理だ。政治家の秘書はそれが仕事だ」
「でも・・・」
「デモ? 何だ」
「でも、何て話し掛けて良いのか分かりません・・・」
「いいから事務局長にオメーの名刺を渡して来れば良いんだよ」
「えッ、それだけで良いんですか?・・・でも、どうやって」
「『お世話になってます』だろう。決まってるじゃねーえか」
「え~え・・・?」
結城は情けない顔の政信を見て、
「天気の話でもして渡してくれば良いんだよ」
「そんなあ~・・・。あ、勉強会の話!」
「オマエはバカか? 事務局長が勉強会に来るか? だいたいオヤジは文教族じゃねえぞ」
「じゃ、今話題の『補助金』の方で行きましょうか」
「おおッ! 冴えてきたな。でも、まだ陳情は来てねえ」
「じゃあ、どんな?」
「うん?・・・今年の試験には間に合わねえ。しかし、こんな事は半年前に決まってる。どこの大学だって秘密の『特別枠』がある。この枠をいじくれるのは理事長かその上のヤツだけだ。所詮、事務局長なんて三下だ。オヤジとオマエの名前を覚えてもらえば良い。名刺は空からから撒いた警告チラシみてえなもんよ。その内、頭に一トン爆弾をドカーンと落としてやる」
「結城さんて本当に凄いですねえ」
「バカ野郎。政治屋だよ、セ~ジヤ! 政治屋は下から上からジワーと素早く攻める!」
「凄いッ! 勉強に成ります。で、何と言って近づくんですか?」
結城はいぶった気に政信を見た。
「オメー、本当に頭が悪りいな。そんなんでよく地元でオヤジの運転手をやってたなあ」
「僕は後ろで新聞を読みながら、叱咤激励されてました」
「ナニ?」
運転手が二人の会話を聞いて振り向く。
「営業は大変ですねえ」
結城が、
「仕事はみんな大変ですよ」
「ハハハ。おっしゃる通りです」
タクシーが早稲田通り入る。
「お客さん、どこまで行きます?」
「おう! そうだ。え~と、・・・そこの交差点を左に曲がってくれる」
「はい」
「それで・・・、その道を真っ直ぐに」
「はい」
タクシーの正面に大学が見えてくる。
運転手が、
「大学ですか?」
「そう」
タクシーが暫く走る。
結城が、
「運転手さん! ワリーけど裏に回ってくれる」
「裏口ですね」
タクシーが大学の裏門に停まる。
「運転手さん、ここで少し待っててくれる」
「分かりました」
結城が政信を見てこずく。
「着いたぞ。俺は車で待ってるから、ゆっくり話して来い」
「ええッ!」
タクシーのドアーが開く。
政信は不安そうにタクシーを降りる。
結城がタクシーの窓を開けて、
「上手く(ウマク)やれよ」
「上手くやれって、どこへ行くんですか?」
「何? あ~あ、そうか。まだ言ってなかったな。教務課だ。受付でオマエの名刺を出せば、どっかへ連れて行ってくれるよ」
政信は結城を見て不安そうに、
「え~ッ、何て言うんですか?」
結城は仕方が無くタクシーの外に出て来る。
小声で、
「バカ野郎! 良いか、こう言うんだ。『大島理事長様には大所高所から大変お世話に成っております。僕も代議士の長男も御校を卒業させて頂いて、今、代議士の長男は直木賞に引っ掛かっています。今日は稲門会の議員親睦会に代議士の付き添いで御伺いしました。それで、ついでにチョコッとご挨拶に立ち寄らせてもらった次第です。忙しい所、申し訳ありませんが、宜しく御見知りおき下さい』とでも言って来い」
政信は感心して、
「な~るほど、勉強になります。でも~・・・」
「デモ? 何だッ! 早くしろ。皆なが見てるじゃねえか」
「教務課の受付で課長は不在と言われたらどうしましょう?」
「そんな事、行ってみねえと分からねえだろ。ドアーは叩かねえと開けてはくれないって知らねえのか? いいから、早く行け!」
政信は気合いを入れて、
「はい! じゃッ、行って来ます」
「土屋!」
政信が結城の声に振り向いた。
「頑張れよ」
「ハイ!」
結城は手でコブシを作り親指を立ててガッツポーズを見せる。
政信も得も言われぬ顔でガッツポーズを送り返す。
政信はカバンを小脇に抱え、裏門から急いで校内に入って行く。
暫らくして、政信が停車中のタクシーに戻って来る。
タクシーのドアーが開き運転手が、
「大変ですねえ・・・」
政信はようやく解放されタクシーに乗り込んだ。
結城が政信の表情をじっと見つめて、
「で、どうだった?」
「いやあ~、久しぶりに行った教務課だったんで緊張しました。山野美容学校の陳情とは全然違いますね」
「そりゃー、オメエ~美容学校は正門しかねえからなあ」
運転手がタクシーのエンジンキーを捻り、
「どうしますか?」
「あ、永田町に行ってくれる」
「はい」
タクシーが走りだす。
運転手はルームミラーで後部座席を覗いて、
「・・・秘書さんですか?」
結城が、
「セールスマンですよ」
運転手が、
「?」
結城は窓の外を見ながら、
「居たか?」
「はい。応接に通されて、少し待たされましたけど」
「どうだった?」
「先生の事はよく知ってました」
結城は政信を見て、
「ソリャーそうだろう。昔、野党の議員を野次り過ぎて、出入り禁止に成る寸前だったからな」
「デイリキンシ? そうだったんですか。それで?」
「そんな事はどうでも良い。それで?」
「ああ、・・・息子さんの事も良く知ってました」
「ムスコを?」
「文豪さんて在学中はバレー部だったんですってね」
結城はまた外を見ながら、
「バレーか・・・。アイツ、タッパ(身長)が有るからな。バレーボールには持って来いだ」
「いや、モダンバレーです」
結城は驚いて、
「モダンバレー? ・・・ダンスか?」
「そうです。随分、男女にモテタらしいです」
「ダンジョに?」
「モデルもやっていたらしいです。何か事務局長も昔、フアンだったそうです」
「おい、人違いじゃねえか? 文豪はジェンダーじゃねえぞ」
「いや、間違い有りません。直木賞の五回落選も知ってました」
「何! アイツ、五回も落ちてるのか。こればっかりはオヤジの力じゃどうする事も出来ねえしな。・・・まあ良い。今回はオマエの名前を覚えてもらえば上出来だ。後は下(天下り)った大島を突っつけば何とか成る・・・」
つづく




