封筒を預かった
事務所の駐車場に着く。
外はすっかり暮れて月が笑っいてる。
公用車の中の先生と政信。
先生は事務所用のゴムのサンダルに履き替えながら、
「お疲れさんねえ」
「はい。勉強になります」
「ベンキョウに成る?・・・そうか~」
先生は運転席を抱く様にして、右手の指先に一万札を摘み、政信の頬にピタピタと仰く。
政信は驚いて、
「えッ! 残業代ですか?」
「何ッ?」
「あ、失礼しました。『秘書は食わねど』です」
「?・・・君、アタマ大丈夫か? 時々、奇妙な事を言うね。コレでスタミナを付けなさいと言うのだ」
「あッ! なるほど」
「ナルホド?」
「あ、すいません。勉強になります」
先生は後ろの席から政信を睨み、
「・・・それから、寄宿舎の風呂は壊れている。銭湯に浸かって来なさい。飲み屋なんかに行くんじゃないよ」
「あッ、はい」
政信は、有り難く一万円札を頂戴した。
そして、
「あの、さっきの婦人部の会合でこんなモノを預かったのですが」
政信は封筒を先生に渡した。
先生は封筒を取って、
「うん?・・・陳情かな・・・」
朝の永田町。
第一議員会館 金井事務所。
政信は群馬の事務所から戻って、元気よくドアーを開ける。
「おはよう御座います!」
松永は久しぶりの政信の顔を見て、
「あ~ッ、 ツッチー!」
「ツッチー?」
「地元では、ツッチーって呼ばれてるんですって?」
「あ~あ、博子さんですね」
松永はニッコリ笑って、
「お疲れ様でした。結城さんがお待ちですよ」
「本当ですか?」
「本当ですよ~。・・・大丈夫でした? 点数」
「あ~あ、免許ですよね。皆んなが免許の事を聞くので何かと思いましたよ」
「皆さん地元に行くとあれで苦労してるみたいで」
政信が応接室のドアーをノックした。
結城の渋い声が。
「あ~い」
応接室のドアーを開けると、結城が上座のソファーに座ってコーヒーを飲んでいる。
政信は姿勢を正し、
「ただ今、戻りました」
結城は政信を見て、
「おう? おうおうおう! お疲れお疲れ。良かったなあ、運転手が見つかって」
「ハイ!」
「うんッ? 良い返事だな。だいぶ秘書らしく成って来たじゃないか。ハハハハ、まあ座れや」
「はい、失礼します」
結城は両手を大きく上げて伸びをした。
「あ~あ」
そして鋭い目で政信を見て、
「で、その陳情書ってヤツ、見せてみろ」
「はい」
政信は懐から封筒を取り出し結城に渡した。
封筒から陳情書を取り出し、テーブルの上に広げる。
「おい、ドアーを閉めろ」
「あ、はい」
政信はドアーを閉めてソファーに座り直した。
結城は黙って広げた陳情の内容を一読する。
「・・・ほ~う」
「その『戸倉みち子』さんて知ってますか?」
「戸倉、トクラ、トクラ・・・? オヤジ(先生)の関係かな?」
結城は席を立って代議士の机上の受話器を取り、短縮ボタンを押す。
「もしもし、ヨネさん?」
「あいよ」
「憲護だけど・・・」
「どうかしたかい?」
「戸倉みち子って知ってるかい」
「トクラミチコ? なんだいそりゃ」
「陳情らしいや」
「チンジョウ?」
「うん。戸倉って女からだ」
「若いのかい?」
結城は受話器を手で塞いで政信に、
「おい、若けえのか年寄りか?」
「メガネを掛けた中年の女性でした」
「中年?」
受話器を塞いだ手を外し、
「もしもし、メガネを掛けた中年の女らしいや」
「中年の女? トクラ、トクラ・・・。あ~あ、沼田に一人居るよ。養豚組合の専務理事が戸倉耀蔵って云うんだ。そのカミさんじゃないかな? ただ、その人は五木田派だよ」
「ゴキタ!? 五木田ん所で処理出来できねえのか?」
「ありゃ~、ダメだ。最近、評判の悪りいこと。よく動く秘書を五木田がクビにしちゃったんだよ」
「よく動く秘書? ・・・今井か?」
「そうだよ、可哀そうに」
「クビって何で?」
「交通違反らしい」
「・・・面白れえ。票の半分取っちまおうか」
「ま~あ、ヤルんだったら今だね。アレ(解散)も近いし。で、戸倉がどうかしたのかい?」
「旦那(燿蔵)の心臓がイカレたらしいや」
「あら、そら~、気の毒だねえ。何とかならないのかい」
「何とかするんだよ。土屋が良い話しを持って来てくれた」
「ツッチーかい。あの子はよく動く子だ。博康も誉めてたよ」
結城はヨネの話しを聞いて感心する。
「ほう。あのオヤジがか・・・」
結城は政信を見る。
「おい、忙しいから切るぞ」
「あいよ。ウィルスに気をつけるんだよ」
「ナニ?」
「ウィルスだよお。また流行ってるらしいじゃないか」
「あ~あ、あっちこちで咳払いしてるからな」
結城は受話器を置く。
「どうかしました?」
「オメ~は大したもんだ」
「え? 何か・・・」
「あのオヤジ、オメーの事ベタ誉めだぞ! その陳情、頑張れや」
「イヤ、そんなあ~。僕一人じゃ」
「バカ野郎ッ! 俺は金集めで忙しいんだ」
「僕、陳情処理なんて初めてですから」
結城は仕方なく、
「分かったよ。俺が線を引いてやるよ」
結城は応接室のドアーを開けて、
「松永くん! 厚労省の冨田係長につないでくれる」
「はい」
政信は結城を見て、
「ありがとう御座います」
結城は政信をキツイ目で見て、
「まったく面倒見切れねえよ」
松永が、
「結城さん、二番、冨田係長さんです」
「あいよ~!」
結城が代議士の机上の受話器を取り、ボタンを押す。
「イヤ~、いやいや、お世話になりま~す。結城で~す。どうですかスコアーは?」
受話器から冨田(冨田優作・厚労省医政局係長)の声が。
「え~え?・・・最近右肩が上がっちゃって。シャンクしちゃうんですよ~お。どうしてだろう・・・」
「上がる? そりゃイップスじゃないの? それじゃ、また沼田を取らなくっちゃ」
「教えてくれますか?」
「ハイ! 簡単ですよ。精神的な問題だ。ハハハハ。それはそうと冨田さん、心臓の名医を誰かご存知ありませんか」
冨田さんは驚いて、
「えッ! 金井先生ですか」
「いや、金井の後援会長なんですよ」
「あ~あ。それなら順天堂の松本先生が良いですよ。伊藤先生も生還しましたから。ただ、順番がねえ・・・。ちょっと聞いてみましょう」
「あ、いや~、お世話になりま~す」
結城が受話器を置く。
政信が結城の顔を見ている。
結城が、
「はい、ここから先は土屋くん。冨田係長の所に直ぐに行きましょう。以上ッ!」
「え?」
「教えた通りにやるんだ」
「まだ何も・・・」
「いいから、早く行け! 戸倉の心臓が止まっちゃうぞ」
「・・・はい」
政信は気が進まない返事を返した。
つづく




