名刺の活用法
午後からの政治日程は、初めに川場村メモリアルホール(山田トク告別式会場)である。
入口を隔て両サイドに大きな花輪が立ち並ぶ。
車内で先生が喪服に着替え、黒ネクタイを締めながらひとり言。
「・・・あの婆さん少し逝くのが早過ぎた・・・」
政信が運転席のルームミラーを覗いて、
「ハ?」
「姉さんを残して先に逝きやがった」
「アノ~」
「うん?」
「姉さんは、お幾つでしょうか」
「九九歳だ。来月で二人合わせて二百!」
政信は驚いて、
「エッ! 双子? 二百歳ですか? それは残念ですねえ」
「あと一ヶ月生き延びてくれたら、この町も私と一緒に全国紙に載って、私の票が延びたのに。あの生還病院のバカ院長が・・・。俺の病院だったら身体中にチューブを付けて心臓だけは動かしておく」
「そうですねえ。何とか生還しませんかねえ」
「うん? うん。何が、生還病院だ。な~あ・・・。よしッ! 行くぞ」
「はい!」
政信は急いで後部のドアー開閉ボタンを押す。
先生が車から降りてホールに急ぐ。
政信は車を裏の駐車場に廻した。
会場では二人の坊さんが経を読誦している。
葬儀業者の司会者が、
「それでは御親戚の方からご焼香をお願いします」
焼香が終わる。
「え~、ではお席の順に、ご焼香をお願がいします」
まず先生が粛々と段上に向かう。
親戚縁者達が椅子に座りながら深々と頭を下げる。
遺影にうやうやしく一礼し、焼香を済ませる先生。
政信は参列者に慇懃に「金井の名刺」を配っている。
先生は政信の後ろを通り、手の甲で尻を叩く。
「あッ! ハイ」
急いで先生の後を追う政信。
政信が駆け足でホールから出て来て駐車場へ向かう。
先生は歩走りにホールから出て来て玄関前に立つ。
政信は玄関前に車を着け、後部ドアーを開けた。
ドアーが開き、車に乗りながら一言。
「もたもたするな、バカ者」
「ハイ! 勉強になります」
先生は後部座席でネクタイを外しながら、
「・・・何であんな男と名刺交換なんかしてるんだ」
「えッ? あんな男?」
「あれは立憲の秘書だぞ。君と廻ると私の名前がドンドン地に落ちて行く」
「すいません。気が付きませんで」
「気が付きません? オマエは地元議員の便覧を見てないのか」
「アッ、いや、アノ~、まあ・・・」
「何だ! その答え方は」
「ハイッ!」
「アンタは名刺を渡した人の名前と特徴をキチット覚えてるだろうね」
「ハイ! 名刺を交換したら直ぐに、日にちと顔の特徴をメモっております」
「?・・・そうね。君の様な将来有望な青年は一日に最低三十枚は私の名刺を配りなさい。一ヶ月で九百枚、一年で一万と八百枚! 三年やってみなさい。石の上にも三年! 人脈は無数に広がって行く。いいね。大いに私の名刺を利用しなさい。そうすれば、君も将来晴れてこの『檜舞台』で活躍が出来る!それと、一つ言って置くが名刺は一人歩きするからね。十分きをつける事。番号を振って置くのも一つの手だね」
先生は後部座席で力説する。
「ハイ! 大いに勉強になります」
つづく




