白豚令嬢と呼ばれたのでダイエットをしましたが、どうやら婚約者はデブ専のようです
太ってても、全然私は可愛いと思う!
学園の人たちは私を「白豚令嬢」なんて蔑称で呼ぶけれど、太っていても私は可愛いので問題はない。ちょっとぽっちゃりしているけれど、それだって愛嬌の一つ。
元々可愛い私が少しぽちゃぽちゃしたところで、可愛さは損ねられない。
十五歳の今日まで、ずっとそう思っていた。
そう、思っていた、のに。
「お前のような白豚を家族に迎える気はない!!」
遊びに行った婚約者シャルル様のお父様、ヤニック侯爵にそう言われてしまっては、ダイエットをするしかないじゃない!
だって私、三歳の時に婚約者になったシャルル様のことが大好きだもの!!
ショックを受けたのと同時に決意を固める。ぽっちゃりした体がダメだというなら、全力で痩せてみせるわ!!
私には前世の記憶というものがある。
こことは全く違う世界で生きた思い出。
その頃の私は、とにかく病弱だった。
気温が少しでも変われば風邪を引き、重症化して入院するなんてしょっちゅうだ。
食事が喉を通らないことも多くて、いっつも痩せていた。
痩せすぎてさらに体調を崩す負のスパイラルに陥っていたのだ。
風邪をこじらせて肺炎になって、病室の冷たいベッドの上で、十六歳で死んだ。
そして生まれ変わったこの世界で、私の体は健康体だったのだ。
嬉しくて嬉しくてたまらなかった。ご飯を一杯美味しく食べられるのが何より嬉しかった。
だから、食べた。
いっぱい食べた。
お母様もお父様も「たくさん食べて偉いね」と褒めてくれたから、これでもかと食べまくった。
三食しっかり食べるだけではなく、少しでも小腹が空いたらスイーツを口に入れ、常に満腹感に浸っていた。
少しでも食べれば吐いていた前世に比べると、本当に天国だった。
その結果『白豚令嬢』なんて言われるほど太ってしまったわけだけど。
「父上の言葉は気にしなくていいからね」
「いえ! シャルル様! 認めていただくために痩せます!!」
ヤニック侯爵が出て行った応接室で、慰めてくれているのは婚約者のシャルル様。
そっとぷよぷよの手を握られる。私より全然細い指先が、ぷに、と私の手の甲を押した。
「僕は今のフランソワも好きだけどなぁ」
「そういっていただけるのは嬉しいです!」
眉を八の字に寄せているシャルル様の言葉は優しい。
今まで私を甘やかしてくれる両親やシャルル様に甘えて、食べられるだけ食べていたけれど、婚約を破棄されるのは嫌なので、やっぱり痩せないといけない。
「ダイエットを頑張ります!」
贅肉たっぷりの腕を掲げて、宣言した。
「ダイエット、って何をするの?」
この世界では、ダイエットという単語は一般的ではない。
太ったから痩せなくては、となる人が圧倒的に少ないのだ。
平民はそもそも太るほど甘いものを食べられないし、貴族は常に体形に気を付けているから、ダイエットという概念が薄い。
「えーっと……運動と食事制限……?」
はて、と私は首を傾げた。前世でダイエットと無縁、むしろ体重を増やすために四苦八苦していたので、ダイエットの知識がほとんどない。
テレビでやっていた番組ではハードな運動をしていた気がするけれど、いまの私の体重で果たしてそれはできるのだろうか。
「うーん、お散歩から、ですかねぇ」
まずは健康的にストレッチとお散歩を頑張るとして。食事も少しセーブしたほうがいい。
ひとまず、三食のご飯以外の間食は止めようかな。
「シャルル様、私がんばりますね!」
「……うーん、あまり頑張ってほしくないなぁ」
渋い表情でぼそぼそと言われた言葉は聞き取れなかった。
「シャルル様?」と尋ねると、彼は「うん、頑張ってね」と笑ってくれたから、きっと応援してくれたのだ。
そんなわけで始まったダイエット生活。
これが、中々どうして大変だった。
「フランソワがお散歩を?!」
「間食をしない?! どうしたんだ、体調が悪いのか?!」
お母様もお父様も、突然ダイエットを始めた私に上から下への大騒ぎ。
ちょっと屋敷の庭園をぐるりと散歩して汗だくになっているとお母様が飛んでくるし、三食の食事以外の間食を断れば、お父様は慌ててしまう。
「お母様、お父様、私は痩せようと思います!」
さすがにヤニック侯爵に言われたことは口にできない。
私を溺愛する両親が侯爵家に乗り込みかねないからだ。
私の宣言に、二人して目を丸くしている。
「どうしたの?! なにがあったの?!」
「フランソワはそのままでも十分に愛らしい。無理をする必要はない!」
まさかのダイエットへの大反対。今度は私が驚いてしまう。
「えっと、でも、可愛いドレスが着たくて……」
「特注でいつも作っているドレスでは不満なの?」
「えっと、夜会でシャルル様とダンスを踊りたくって……」
「彼もそのままのお前を愛しているよ」
あ、ダメだこれ。何を言っても意味がない。理解した瞬間、すんと真顔になってしまう。
私は「とにかく!」と大きな声を出す。
「私は痩せます! 邪魔をしないでください!」
そういってどすどすと大きな足音を立てながら部屋に引っ込む。
痩せてもっと可愛く綺麗になって、ヤニック侯爵をぎゃふんといわせるんだから!
朝起きたら、まずストレッチ。ラジオ体操ができればよかったけれど、残念ながらラジオ体操の中身を覚えていなかった。
ここにスマホと動画サイトがあればいいのに~!! そしたらサクッと動画を見ながら体操ができたのに!
嘆いても仕方ないので、できる範囲のストレッチをしっかりと行う。
軽く体が汗ばんできたら、メイドにタオルで体を拭いてもらって、朝ご飯へ。
食堂で出される山盛りの食事を、少しずつ口に入れる。
いままでみたいに口に入るだけ詰め込んで、噛みもせず飲み込むことはしない。
食べる時間は倍以上になったけれど、半分の量で満足できるようになったし、間食をしなくてもお腹が減らなくなってきた。いい傾向だと思う。
そんな生活を一か月も続ければ、体重は着実に落ちた。
ドレスが少し緩くなったし、鏡の前に立てばシルエットの違いが分かるようになった。
体重計がない世界なので、正確に何キロ落ちた、とわからないのがもどかしい。
週に一度、シャルル様とのお茶会がある。
その日だけは、チートデーとして夕食を減らす代わりにお菓子を食べてもいい日としていた。
庭園のガゼボに向かうと、すでにシャルル様が椅子に座って庭を見つめていた。
「シャルル様、お待たせいたしました」
「フランソワ、こんにちは。お土産を持ってきたんだ」
正面の椅子に座ると、にこりと微笑んだシャルル様が、テーブルの上を指さす。
なんだろうと思ってそこそこの大きさの箱を開けて中身をのぞくと、そこにはとても美味しそうなカラフルなお菓子――マカロンがたくさん入っていた。
「これは……?」
「マカロンだよ。フランソワがダイエットを頑張っているから、量は減らしたんだ。食べてくれたら嬉しいな」
美味しそう。でも、私は知っている。マカロンは大量の砂糖が使われていると。
いくらチートデーとはいっても、この量のマカロンを食べれば、確実に体重が戻る。
最近痩せ始めて、少し体が軽くなって嬉しかったのに、こんな誘惑が待ち構えているなんて……!
固まった私の前で、シャルル様が小さく首を傾げる。その仕草には弱いの!
「食べてはくれないの?」
「……いただきます」
意を決して、オレンジ色のマカロンを齧る。ふわりとした触感と共に、口内に広がる優しい甘さ。
ああ、美味しい。本当に美味しい。クッキーやケーキとはまた違った美味しさがある。
気づけば私はぱくぱくとマカロンを平らげていた。
はっと我に返った時には、マカロンがこれでもかと詰め込まれていた箱は空になっている。
二十個近くのマカロンを無心で食べてしまった……!
(せっかくダイエット頑張っていたのに!!)
絶望した気持ちで空になった箱を見つめていると、シャルル様が穏やかに笑う。
「やっぱり我慢していたんだね。フランソワがたくさん食べる姿が見れて、僕も嬉しいよ」
「えっと」
「また持ってくるね。今度は何がいいかな?」
もう持ってこないでください、とは言えない雰囲気だ。欲望に負けた、というより好意に負けている。
がくりと肩を落としてせめてもの抵抗に「カロリーの低いものを下さい……」と言った。
シャルル様が「かろりー?」と不思議そうにしていて、そういえばこの世界にはカロリーの概念もないのだったと半笑いになってしまう。
なぜか私に甘いお菓子をたくさん差し入れてくるシャルル様という妨害を乗り越え、どうにかこうにか『ものすごく太っている』から『平均より少しふっくらしている』まで体重を落とすことに成功した。
半年かかったけれど、逆に半年でここまで体重を落とせたのは快挙だと思う。
それもこれも毎朝ストレッチと散歩を頑張ったこと、間食をなくして三食の食事の量も少しずつ減らした努力の賜物だ。
シャルル様が持ってくる甘い魅惑がなければ、もっと痩せるのは早かっただろうけれど、好意で渡してもらっているのに、食べないわけにはいかなかった。
手持ちのドレスは痩せて合わなくなったので、新しいドレスを仕立ててもらって、今日は久々に夜会に出席する。
屋敷まで迎えに来てくださったシャルル様は、大分ほっそりとした私をみて、なぜか憂い顔だ。
「僕は前のフランソワも好きだったんだけどな……」
心底残念そうに言われて、さすがの私も悟らざるを得ない。
シャルル様はデブ専なのだ、と……!
まさかの事実だった。
よく食べる私のことをたくさんほめてくださっていたけれど、そんな性癖を持っているなんて。
けれど、まだまだ平均より体重のある私はシャルル様の守備範囲内ではあるらしい。
この辺り、うまくバランスをとって、シャルル様好みの体重内でヤニック侯爵にも認めてもらう、というとんでもミッションが発生した。
さすがに遠い目になる。
が、幼い頃、まだ「太ってても可愛い」と前向きになれずに、食べすぎてぽちゃぽちゃしていたことがコンプレックスだった。
そんなとき、「フランソワは可愛いよ」と慈しみながら笑ってくれたシャルル様の愛を手放したくはない……!
(結婚って難しいな)
シャルル様のためにぽっちゃりしていたい気持ちと、シャルル様のお義父様だからこそ、ヤニック侯爵に認めてもらわなければいけない現実が戦っている。
浅く息を吐き出して気持ちを切り替え、差し出されたシャルル様の手を取る。
(私が平均まで痩せたら、シャルル様はどうするのかしら……)
さすがに捨てられはしないと思うけれど、ちょっとだけ将来が不安だった。
夜会にシャルル様にエスコートされて入場する。
私をみた周囲のざわめきが耳に届く。
「あれは……フランソワーズ様……?」
「ずいぶんと痩せられて……いや、まだ少し太っていらっしゃるが……」
「体重が半分になっているのではなくて?」
ひそひそと交わされる話に私は自然と胸を張った。
ダイエットを頑張った私を、しかとみるがいい。
そんな気持ちで、鼻高々の私の隣で、やっぱりシャルル様は微妙そうな雰囲気を纏っていた。
「父上に挨拶に行こう」
「はい」
「……父上がフランソワを認めたら、またたくさん食べてくれる?」
「シャルル様が望むのでしたら」
一度認めて頷かせてしまえば、そのあとまた太っても大丈夫な気がするので、頷いておく。
相手の親に認められるのも大切だけれど、恋する人の意見のほうが大事だから。
シャルル様が迷いのない足取りで、会場で他の貴族に囲まれているヤニック侯爵に近づいていく。
隣には奥方のマリー様もいらっしゃった。
するすると人ごみを抜けるのは新鮮な感覚だ。いままでだったら絶対にぶつかっていたから。
「父上、フランソワが挨拶をしたいと」
「――白豚令嬢がなんの、よう……だ……」
振り返ったヤニック侯爵が目を見開く。
瞳に驚愕の色を隠せない彼に、私は優雅にドレスの裾をつまんでカーテシーをする。
「お言葉通り、痩せてまいりました」
「なんと……本当にフランソワーズ・ベルナールか……?」
「はい」
まだまだ平均よりは体重があると思うけれど、それでも劇的に痩せたことには変わりない。
震える声で問いかけられ、一つ頷く。
ヤニック侯爵の隣でマリー様が「まぁ」と上品に口元を抑えた。
「あらあらあら、ずいぶんとやつれてしまって」
「やつれて……? 痩せただけだろう」
「やつれていますよ。ふっくらとした体が愛らしかったのに」
戸惑うヤニック侯爵に手厳しい様子で言い返したマリー様が、ゆっくりと近づいてきて私の頬に手を伸ばす。
「こんなに頬がこけてしまって……」
「母上もそう思いますよね!」
「ええ」
心底悲しそうに視線を伏せたマリー様と、それに同意するシャルル様。ヤニック侯爵だけが、取り残されたように困惑している。
この様子だと、ヤニック侯爵はシャルル様の性癖をご存じない。
その上、どうやらシャルル様の性癖はマリー様譲りらしい。
「わたくしは本当は丸々と豚のような方が好みなのに、政略結婚で旦那様に嫁いだの。生まれた子供は旦那様の太れない体質を受け継いでしまって……悲しみにくれていた私の希望がフランソワーズだったのに……どうして痩せてしまったの?」
思わぬ暴露だ。
いっていることがめちゃくちゃだし、隣のヤニック侯爵が泡を吹く勢いで驚愕している。
でもまぁ、なんだかちょっと楽しい。
なんだかんだ、馬鹿にされて婚約を一方的に破棄されかけたのは腹が立っていたから!
なので、私はいかにも悲劇のヒロインですといわんばかりに悲しげな表情を浮かべた。
「ヤニック侯爵が『白豚は家族に迎えられない』と仰ったのです……。シャルル様のことを愛しておりましたから、死に物狂いで体重を落としたのです……」
よよよ、と少し演劇がかった動きで目元を拭う。当然、涙など出ていない。
私の告白に、周囲がどよめく。
「『白豚』など、あんまりな仰りようだ」
「そもそもお二人の婚約はシャルル様の打診では」
「なんとけなげな……あの体重を落とすのは並大抵の苦労ではなかっただろうに……」
非難を一心に浴びて、ヤニック侯爵が狼狽えている。追撃するようにシャルル様が声を上げた。
「おかしいと思っていたんだ。突然フランソワが食べるのをやめるから。美味しそうに食事を摂るフランソワが愛らしかったのに……っ」
私の隣で怒りをあらわにするシャルル様の言葉に重ねて、さらにマリー様が意見を口にする。
「そうです。あの丸々としたフォルムが愛らしかったのです。貴方はフランソワーズの何を見ていたのです?」
「わ、わたし、は……」
しどろもどろになっているヤニック侯爵は、ちょっとだけかわいそうだ。
なので、私は助け舟を出すことにした。もちろん、純粋な好意ではなく、打算がある。
「私は太っていても可愛かった、そう思われませんか?」
「ええ!」
「その通りだよ」
「……ああ」
勢いよく頷いたマリー様とシャルル様に、さすがに反論できない様子でヤニック侯爵が私の言葉を肯定する。
「一度は要求通り痩せたのですから、今後体重がリバウンドしても、可愛がってくださいね」
にこり。笑って告げた私の、要するに「元の体重に戻っても婚約破棄をちらつかせるな」という脅しに、ヤニック侯爵はがくりと肩を落とした。
「……ああ。もう、君の体重に関して、なにもいうまい……」
項垂れたヤニック侯爵から勝利宣言を受け取って、その日、私は久々にお腹がはちきれんばかりにデザートと食事を食べたのだった。
シャルル様は隣でずっとにこにこと私が食べるのを見守って居て下さった。
さあ、これで心置きなくリバウンドできる。そう思っていた。
だが、一度痩せた体は太りにくくなっていたらしい。
さらに、ダイエットで胃が縮んだのか量を食べれなくなっていた。
シャルル様もマリー様も私を太らせようとせっせと甘いお菓子や美味しい料理を差し出してくださるけれど、私の体重は全然戻らない。
お二人は残念そうにしていたけれど、私はまぁ、いいかな、と思っている。
だって、膝が痛くないし! 靴を履くときも楽だし! 股ズレも気にしなくていいし!
痩せていると色々とお得なんだなぁ、と平均体重よりちょっとふくよかな体で考える。
日課になってしまった毎朝のストレッチと散歩を止めていないのも、体重が戻らない理由の一つだろうが、体を動かすのは楽しいので、止める気はなかった。
シャルル様は残念そうだけれど、私が笑顔でご飯を食べていると、全てどうでもよくなると最近打ち明けてくれた。
「フランソワ、はい、あーん」
「あーん」
手ずから食べさせる喜びに目覚めたというシャルル様の手からクッキーを与えられる。
もぐもぐと口を動かす。
いつも美味しいけれど、シャルル様に食べさせてもらうと余計に美味しい気がするから恋って不思議だ。
(なんだかんだ、丸く収まった気がするわ)
私は痩せて健康になってハッピー、シャルル様はギリギリ守備範囲内、マリー様もそれは同じ、ヤニック侯爵の許容範囲内でもある。
ハッピーエンド、とはこういうことをいうのだろうかと、そんなことを考えながら、次に差し出されたクッキーに齧りついたのだった。
読んでいただき、ありがとうございます!
『白豚令嬢と呼ばれたのでダイエットをしましたが、どうやら婚約者はデブ専のようです』のほうは楽しんでいただけたでしょうか?
面白い! 続きが読みたい!! と思っていただけた方は、ぜひとも
ブックマーク、評価、リアクションを頂けると、大変励みになります!




