新しい運命を知ったので婚約解消を打診したら、婚約者にアイアンクローをかまされた。
今日は、久々に婚約者と顔を合わせる。
「久し振りね。少し窶れたかしら?」
うちに呼んだ婚約者が、俺の顔を覗き込みながら言って席に着く。
「……今日は、君に大事な話があってな」
緊張で声が震えないよう、息を吐いて婚約者を見詰める。
「なぁに? そんな深刻な顔して」
「聞いてくれ。実はな、俺は……体調を崩している間に新しい運命を知ってしまったんだ。というワケで、君とはまあ、それなりに相性は悪くなかったからな。結婚してもいいと思っていたが、気が変わった。婚約を解消しよう。なに、君に瑕疵はないということにして、白紙撤回でも構わないさっ☆」
一気に言い募り、てへっ☆と、笑う。
「は?」
案の定、婚約者は低い声で俺を見やり、
「おい、なに寝言言っとんじゃ手前ぇ。フザケんのも大概にせぇよ?」
あろうことか、ガシッ! と俺の顔面を掴んでメンチを切る。
「ちょっ、痛い痛い痛いっ!? 痛いってばっ! ストップ! 暴力反対ーっ!?」
「あん? 手前ぇがフザケたこと抜かすからだろうが?」
「や、だか、ら……ぅっ、ちょっ、マジやめて? 俺、病み上がりよ?」
「チッ……」
舌打ちの音と共に、俺の顔面を握り潰さんが如く握力の籠められていた力強いアイアンクローの手が緩み、
「あだっ!?」
ピシッと、最後にデコピンを食らわせて離れて行った。
「ふっ、化け猫が剥がれたな! さすが、男兄弟の真ん中娘! 漢前で気が強いぜ!」
痛む顔面を押さえて言う。
「あ゛?」
「いやん、そんな怖い顔で怒っちゃイ・ヤっ☆や、マジで。俺、病み上がりなんだって。これ以上攻撃食らうと、また寝込んじゃうから! お願い、やめて?」
「チッ……つか、あなたの方こそ、昔のお調子者でお馬鹿さんな顔が出ていましてよ?」
不機嫌そうに、けれど一瞬でにこやかな笑顔を張り付けた婚約者が声まで変えて言う。
「はっはっは、言ったろう? 俺は、新しい運命を見付けたのだと!」
「いや、言ってる意味わからないし。要領得ないんだけど? 端的に判り易く説明しろ?」
「あ、はい」
利き手をわきわきさせる威圧に、俺は屈した。暴力反対!
「まあ、ぶっちゃけると、新しい運命を見付けてしまった俺は、次期当主を降ろされる。だからもう、賢い振りを取り繕う必要がなくなったというワケだ。で、当主じゃなくなるから、君との婚約も解消になる。OK? まあ? 君とは幼馴染だし? 君が悪いワケじゃないし? あれだったら、弟が当主になる予定だから、君がよければ弟と婚約を結び直しても構わない」
次期当主として、落ち着いた振る舞いを心掛けていたが……俺は降ろされる。故に、素で婚約者と話すことにした。
「俺としては、弟はあまりお勧めしないがな?」
弟は彼女より四つ下だし。それにもし弟と結婚したら、彼女と親戚になってしまう。
そしたら……
「君はあれだ。少々気が強くて、手が早くて、存外口が悪いが、その部分を覆い隠す化け猫を被るのが得意だろう? あと、顔もそこそこ可愛いんだから、俺との婚約が白紙になれば、それなりに釣り書きが届くようになるんじゃないか? その中から、いい条件の相手を見繕って、婚約すればいい」
怖い顔で黙る婚約者に、少々息が上がりつつも言い終えた。
「というワケだから、婚約は白紙撤回だ。俺は、新しい運命と共に旅立つ。長閑な田舎で、煩わしいことなどせず、悠々自適に半隠居生活を送る。君とは、もう会うことはないだろう。では、達者でな」
「おい、座れ」
立ち上がったら、低い声に命令された。
「え~? 俺、もう疲れたからこれから休むところなのに~」
「いいから、お座りなさい。言いたいことを一方的に言ってくれたけど、わたくし。そのどれに同意もしていませんことよ? それで、わたくしとの婚約解消は、あなたの顔色の悪さと関係があるのかしら?」
「はぁ……あ~あ、やっぱ誤魔化されてくれねぇか。チクショー」
「ふっ、当然でしょ。一体、幾つの頃からアンタと付き合いがあると思ってんの。で? とっとと白状しなさい」
「仕方ねぇな。んじゃ、端的に言うわ。俺も、病弱なんだとよ」
「……お兄さんみたいに?」
「いんや、兄貴程じゃねぇ」
俺は元々、次男だ。一つ上の兄貴のスペアの予定だった。けど、兄貴が病弱だった。色々手は尽くしたが、兄貴は亡くなった。で、俺が繰り上がりで次期当主……となる予定だった。
「なんつーの? 兄貴が病弱過ぎて目立たなかっただけで、実は俺もちょっと心肺機能が弱かったらしい。でも、子供って回復力が高いじゃん? それで体力無いなー、くらいで済んでたっぽい。でも、大人になるにつれて回復力って衰えて行くものらしくてさ? で、段々ダメージ回復が追い付かなくなった……的な? ぶっちゃけると、激しい運動を制限された。故に、まあ……あれだ。子作りできません! だから、君とは結婚できなくなりました! ……これでいいかよ?」
少し前からやたら疲れ易くて怠いなとは思っていた。そしたら、家の中でぶっ倒れた。
医者に診てもらったら、心肺機能が少し弱くて、あんまり無理したら長生きできないと言われた。で、両親が即行で俺を次期当主から外した。兄貴が早死にしてるのに、俺まで早死にしてくれるなと泣かれた。そうしたらもう、なんも返せねぇだろ。
幸い、弟はちゃんと健康らしい。そのまま健やかに育ってくれよと心底願う。
「はぁ~……」
恥を捨てて話した俺の事情に、返されたのは深い深い溜め息。
「アンタ、馬鹿でしょ」
「ふっ、俺は、自分が頭が良いと思ったことは、少ししかないぜ!」
「それで、アンタはこれからどうするの?」
「ん~? さっき言った通り? 一応? 俺、当主教育受けたから。弟が家継ぐまで、田舎の空気いいとこで補佐する予定。ちなみ、社交とかは全部免除! しかも、疲れたら休み放題という割といい環境じゃね? という、悠々自適且つ、ちょっぴり自堕落生活を送るつもり。いいだろ?」
「……それが、アンタの言う新しい運命とやらなワケ?」
「おう」
「そう……わたしは、一応、アンタが頑張ってたことを知ってる。本当は、お調子者で少し馬鹿で、あんまり勉強が好きじゃなかったことも。そういうのを隠すために、お堅い振りをしていたことを知ってる」
兄貴は俺と違って物静かだったから。それを真似てた。
「ま、無駄になったけどな?」
「アンタは、それでいいの?」
「いいんじゃね? だってさ、貴族ってめんどくせぇじゃん。それに俺、香水苦手ー。あれ臭い。男も女も香水好きな連中はやたら臭いしー。社交場なんて、更に酒と煙草の臭いも加わるんだぜ? 息できなくて堪ったもんじゃねぇっての。あ、ちなみに、酒と煙草も禁止になったわ」
医者曰く、社交場に漂う煙草の煙に肺がやられたんじゃないか、とのこと。酒も煙草も、人体には有毒なのは昔から言われている。特に、身体が弱い奴が摂取すると寿命が縮むから少しでも長生きしたけりゃ、絶対やめとけと言われた。
「あー、そりゃもう、貴族的なお付き合い全面的にできないわねー」
「そういうこと」
「……強がってたり、しない?」
「ん~? どうだろなー? わかんね。つか、君に言うのもあれだけどさ。俺、自分が君と結婚するとか、そういう未来? が、来るとは思えなかったっつーか……兄貴が死んでるからなー? 俺も、あんまり長生きしないだろうな、って。前から薄々思ってたし」
「本当に、わたしに言うことじゃないわね……」
「うん、なんか、ごめん。まあ、そういうワケだから、俺と婚約解消してください」
ごめんと頭を下げると、なぜかギロリと睨まれた。
「・・・実は、ね。アンタに言ってないことがあるの」
「うん? なんだ?」
「・・・わたし、この地域でお嫁さんにしたくない貴族令嬢ワースト一位なの」
低い声で落とされた言葉。
「は? え? なにそれ?」
「うちの兄様、こないだ。王太子殿下の近衛騎士に抜擢されたじゃない?」
「おお、一番上の兄貴なー。昔、ちょっとだけ剣習ったことあるわ。全く付いてけなくて、すぐ呆れられたけど」
俺は、彼女の二番目の兄貴と同学年で悪友だ。
「そう。その剣馬鹿脳筋クソ兄様が昔、妹に負けたことがあるとか抜かしやがって! 自分より強い令嬢は勘弁してください、と。婚約の打診が何度か断られたことがあるの」
「マジかー」
「それに……なんというか、わたしも若気の至りで……近所のいじめっ子野郎共を、弟達を躾ける勢いで片っ端からぶん殴っていたから。乱暴者だと思われていて……」
「あー、君。お嬢さん達にはめっちゃ人気あるよなー」
「チキン野郎共には遠巻きにされてるし、昔とっちめた野郎共には悪評を流されてるから。多分、あなたとの婚約が流れたら、わたし。他国とか、最悪。年の離れた相手に嫁ぐことになると思う。そうじゃなかったら、特殊性癖持ちから婚約の打診が来る……」
どんよりとした顔で婚約者が言い募る。
「や、別に君。無理に結婚しなくてもいいんじゃね? 兄弟多いし」
上に兄二人で下に弟二人の五人兄妹弟。
「まあね。でも、ほら? 煩くてお節介焼きの親族ってどこにでもいるじゃない? そういうのに断り難い縁談を持って来られても困る……」
「あ~……王太子殿下の近衛、の妹だもんなぁ。良からぬ輩とか、見知らぬ友人やら、めっちゃ遠い、自称親戚とかが増えてる感じ?」
「そ。で、うちの兄弟に片っ端から縁談が持ち込まれてる」
「うっわ、なんかタイミング悪いなー」
「ええ。そういうワケで、もう少しわたくしとの婚約を続けてくれないかしら?」
「え~……」
「婚約が必要無いとこちらで判断すれば、わたくしの方から時期を見てあなたへ婚約解消の打診を致します」
じっと俺を見詰める瞳に、妥協した。
「……わかったよ。ま、こっちの都合で婚約解消をしようと言ったんだ。君の都合がいいときでいいよ。あ、でも、君がいいなって思う男ができたら教えてね? 微力ながら、俺も手伝うからさ」
「田舎に引っ込むのに?」
「ま、これでも一応次期当主予定だったからね。それなりの人脈は築いていたんだよ」
「そう。それじゃあ、もしものときはお願いするかもね」
「うん、任せて。これでも、君より三つは上なんだ」
「期待しないで待ってる。ということで、婚約は継続。これからも宜しくね?」
「おう。学生は恋愛に励めー? んで、いい人見付けて来い」
「はいはい、わたしを怖がらなくてアンタよりいい男がいたらねー」
「はっはっは、そんなんたくさんいるに決まってんだろ? 君は、気が強くて少々お転婆だけど、よく見るとなかなか可愛いしさ」
「うん? なんか言った?」
「いいえ、なんでもありません! それじゃあわたくし、失礼致しますわ。そうそう、長期休暇には暇人のお相手をして差し上げますので、充分にもてなしてくださいな?」
「はっはっは、楽しみに待ってるわ」
ツンと澄ました顔をして、友人の妹兼婚約者殿は帰って行った。
別に、もう俺に付き合ってくれることないのになぁ……
万が一、彼女と結婚したら――――兄妹のように過ごせるかな? なんて、まだ先のことなんてわからねぇか。
そうはならないように……彼女に好きな人ができて、その相手と幸せになれるように。そう祈り続けておくとするか。
俺のことなんか、早く忘れちまえ。
――おしまい――
読んでくださり、ありがとうございました。
病弱令嬢の話はよくあるけど、病弱令息の話はあんまりないよなぁ……と。
まあ、なんかコメディーっぽく始まったのにビターエンドです。
おまけ。
悪友「おう、こら親友。うちの可愛い淑女な妹のどこに不満があんだ? 言ってみろこの馬鹿野郎がよ? 妹泣かしたら殺すぞ」(#゜Д゜)ノ
主人公「あん? 別に不満なんてねぇよ。なにしに来た、シスコン野郎。つか、淑女は婚約解消打診されたからってアイアンクローかまさねぇだろ」┐( ̄ヘ ̄)┌
悪友「ふっ、お前は全然わかってねぇな。そういうお転婆なとこも可愛いだろ?」(*ゝ∀・*)-☆
主人公「お前もう帰れ?」( ◜◡◝ )
悪友「なんだよ、せっかく見舞いに来てやったのによー。フンっ、俺はもう帰るけど、引き留めたって振り返ってやらないんだから!」ヾ(*`⌒´*)ノ
主人公「誰が引き留めるか。とっとと帰れ」( ゜∀゜)ノシ
悪友「妹が淑女科から薬学科へ転科したことなんか、絶対教えてやらないんだから!」(*`▽´*)
主人公「え? は? なにそれ? ちょっ、もっと詳しく!」Σ(*゜Д゜*)
悪友「俺、もう帰るんだから! じゃあな、お大事にしろよ!」(*`艸´)
ビターエンドのままにしようかと思ったら、なんか婚約者ちゃんの兄が主張しやがったので、おまけを入れました。(*ノω・*)テヘ
感想を頂けるのでしたら、お手柔らかにお願いします。