第97話 その出会いは運命なのか、偶々なのか?
レイジンと目が合った。
視線を絡ませ合い、見つめ合う。
たったそれだけのことで、単純に舞い上がった気持ちは。
次の瞬間には、絶対零度で凍結した。
絶対零度の意味は、実はよく分かってないけど、とにかく凍結した。
だって! だって…………!
レイジンと見つめ合えたのは、本の束の間で……!
レイジンは、ササッと視線を白ヒヨコに移して、今度はテーブルの上でふよってる白ヒヨコと見つめ合ったんだよ…………!
やっぱり、本命はレイシアってこと――――!?
や、やばい。本当に星灯愛の中から天が溢れちゃうかもしれない。
もしかして、わたし。
今すぐ、この場から逃げ出すべきなのでは?
…………でも、でも!
なんか、体が動かない。
神経も凍り付いちゃったみたいで、脳の命令が体に行き届かない!
……………………あ!
レイジンの視線が、白ヒヨコから外れた。
テーブルに…………お茶が注がれた白いカップの中に、落ちる。
「…………見つけた……と思った」
え?
レイジン…………は、カップの中の水面を見つめたまま、ポツリとそう言った。
一泊遅れて、言葉の意味が脳まで届いて、パーンと記憶の扉が開いた。
そうだ。
そう……言っていた。
そう、聞こえた。
射貫くように、焦がれるように、求めるように――――。
初めて出会った、あの時。
レイジンは、確かにそう言った。
青白く燃え盛る星の輝きを瞳と心に宿して、熱くわたしを見つめながら。
だから、わたしは勘違いした。
夢を通じて溢れ出したレイシアの記憶を前世の記憶だと思い込んでいたわたしは。
レイシアが感じたアラビアンな星界への懐かしさを、自分の懐かしさだと勘違いした。
きっとこの熱く強くわたしを求める美しい人は、前世で結ばれなかった恋人なんだって。
生まれ変わってもわたしのことを覚えていて、迎えに来てくれたんだって。
華々しくも痛々しい勘違いをしたんだった――――。
誰にも言えない、わたしの黒夢で黒歴史だ。
…………わたしにインしてたレイシアは、気づいてるかもだけどね……。
青白い星との出会いの記憶は、砂糖をまぶしたイバラの鞭のように、わたしの胸を甘狂おしく締め付ける。
あれは、星灯愛史上最高の甘くときめくメモリーで、だけど。
今となっては、同時に。
とてつもなく苦く狂おしく痛い記憶でもある。
しかも、痛いは、二重の意味で本当に痛い。
それは、乙女としてのツキンと透き通るような痛みでもあり。
黒夢盛大勘違い乙~……的な痛さでもある。
「絶対に逃さないと思った。だから、強引に連れ帰った」
続くレイジンの声は、どこか揺れていた。
心のどこか遠いところでそれを感じながら、わたしは自虐の海に沈んでいった。
連れ帰った……って、レイジンは言った。
連れて行くじゃない。連れ帰った。
それは、この星界から失われた白い鍵に向けられた言葉だ。
白い鍵にだけ、向けられた言葉だ。
わたしに向けられた言葉じゃない。
だって、わたしは地球の人間だから。
レイジンは、ずっと探し求めていた鍵を見つけて、連れ帰った。
その入れ物だったわたしごと。
あの時、わたしが。
わたしに向けられたって勘違いしてた言葉は全部。
レイシアの白い鍵に向けられた言葉だった。
わたしは、ただの入れ物に過ぎないんだって、改めて突き付けられた。
それも、レイジン本人の口から。
ああ、しかも。
今のわたしは、入れ物ですらないんだった。
レイジンがあんなにも強く熱く激しく求めた白い鍵の力は、もうわたしの中にはない。
その力はレイシアの魂ごと、白いヒヨコに宿っているのだ。
不思議と涙は出てこなかった。
イバラの鞭に締め付けられて、心は血を流しているのに。
なぜだか、涙は出てこなかった。
かつて感じた甘さも、流血を呼ぶ痛みも、どこか遠くに感じる。
それは、確かにわたしのものなのに、わたしから遠ざかっていく。
遠ざかって――――。
「でも、それって。星灯愛との出会いでもあるんですよねっ? 星灯愛のことは、どう思ったんですかっ?」
――――遠ざかったその先で、鷲掴みにされてクッシャクッシャに丸められて、見えないくらい遠い彼方へ投げ飛ばされた――――!?
ちょ! え?
レイシア?
弾むような前のめりで、それ?
ふよふよダンスを踊りながら、それを今ここで聞いちゃうの?
こ、この姉妹、恐ろしい…………!
そういうのは、二人きりの、しかるべきタイミングのしかるべきムードの時に意を決して当人から当人へ尋ねることじゃない?
なんで、本人の了承も得ずお茶会の場でそういうこと聞いちゃうの?
長らく同居してたとはいえ、わたしたち、別人だからね?
ダ、ダメだ!
レイジンのこと、見れない!
ただひたすらに、カップの中身を見下ろす。見つめる。
薄い緑茶みたいな色のお茶と見つめ合う。
ああ。きっと、今。
わたしの目の中で、魚が泳いでいる。
目の中の魚が、カップの中にボチャボチャ落ちてきそう。
目から鱗ならぬ、目から魚…………!
ふふ。わたし。魚屋さんになれるかも。
「ステラを…………ステラと認識したのは、こっちの星界に戻ってからだった」
ふ、ふぐぅっ…………!
や、やっぱり、ただの、入れ物…………っ。
「揺れ戻しが来ていた。星界と星界の境目が閉じないままで、放っておいたら、どちらかがどちらかへ溢れ出すか、それともお互いに融合しあうのか……。どちらにせよ、俺一人の手には負えなそうだった。けれど、そんな時に、オジゾウサマが現れたんだ」
そう、オジゾウサマが…………ん? お地蔵様?
目から魚が零れ落ちる前に、何か。何か、新展開が来た気がする。
レイジンの声は、深く感じ入ったような響きを帯びていた。
予感がした。
たぶん、この後。
話は恋バナとは別方向へ向かうだろう。
…………いや、予感じゃないな。これ。
経験に基づく予測ってヤツだよね?
たぶん、姉妹以外は、みんな予測してるんじゃない?
まあ、とりあえず。
恋のワンチャンはないだろうけど、失恋よりもひどい「そもそも対象外」宣告とかされちゃう心配はなさそうで、ちょっとだけ胸を撫でおろす。
撫でおろしやすい胸だしね……。ふふ。
「ステラの呼び声に、チキュウの守り神であるオジゾウサマが応えたんだ」
え? あ、う。い、いや?
あのお地蔵様は、地球を守るために自分で勝手に現れたんであって、わたしが呼んだわけではなかったような…………?
その後に現れたミニ蔵様は、わたしの呼びかけに応えてくれてたっぽくはあったけど。
「ステラは、チキュウの星の護り手……チキュウにおける、鍵の御子のような存在なのだと思った。だから、あの白い鍵の依り代として選ばれたのだろうと」
「いえ。ステラと星女様は生まれた年も誕生日も一緒なのだそうです。ついでに、ステラとはチキュウの古い言葉で『星に愛を灯す』という意味があるのだとか。つまり、そうした些細な一致から入れ物に選ばれたのではないかと考えます」
「そうか? そんな些細な一致が、そんなに重要か? 偶々じゃないのか?」
「きっと、どっちもなんですよ! 名の意味と生まれの一致も! 星灯愛が地球のラピチュリンであることも! すべてが運命だったんです! 選んだわたくしが言うのですから、間違いありません!」
途中でエイリンの茶々が入ったけど、当事者である白ヒヨコが力強く宣言したことで、エイリンは「むぐぐ」と引き下がる。
わたしを選んで宿ったのか、偶々スポンしちゃったのかは不明だけど、当事者であり星女様でもあるレイシアに断言されては、それ以上の口出しは出来ないようだ。
実を言うと。
この後のことは、正直よく覚えていない。
この後、何を話したのかも。
わたしは、舞い上がっていた。
入れ物じゃなくて、依り代って言ってもらえたことが嬉しかった。
わたしとレイシアの出会いが運命認定されたことで、わたしとレイジンの出会いも運命確定みたいに思えて、一人で舞い上がっていた。
お茶会の後は、星導師の方々の前で挨拶をして、あの微妙な鍵をお披露目したりもしたんだけど、ずっとふわふわしていて、何をどうしたかよく覚えていない。
夢の中の出来事を目が覚めてから思い出しているような朧げさ。
我に返ったのは、一晩寝て、翌朝になってからだった。
入れ物も依り代も、意味合い的には大して変わらなくない?――――って。
あと、わたしとレイシアが運命で、わたしとレイジンが運命なら、レイジンとレイシアも運命なんじゃない?――――って。
てゆーか、そもそも。
あの場で運命認定されたのは、わたしがレイシアに選ばれた理由であって。
レイシアが言い出したことであって。
レイジンは、わたしは地球のラピチュリン説を推してただけで、二人の運命については何も言ってなかったよね…………?
……………………わたしってば、単純すぎるっ!




