第89話 星の姫と白いヒヨコ
レイジンが、こっちを見ている。
こっちを見ていた。
だけど、目は合わなかった。
レイジンが見つめているのは、わたしじゃなかったから。
レイジンは。
わたしの隣で霊体として実体化したレイシアを見ているのだ。
嫌な感情が、ジワッと滲み出てくる。
さっきは。
わたしと目が合ったのに。
微笑みかけてくれたのに。
今は…………。
レイジンの視線が、ツイッと横に逸れた。
追いかけた視界の端に、水色アラビアンな金髪少女の後ろ姿が目に入って、そうだった……と思い出す。
そうだった。作戦の途中なんだった。
レイシアは、わたしの中で聞いていた(はずの)作戦の通り、絨毯でおくるみされた鳥骨のところへ向かって行って、レイジンはそれを目で追いかけただけなのだ。
何もおかしなことはない。
予定通りの行動だ。
そう。予定通り。
レイジンがレイシアの注目しているのだって、そう。
だって、レイジンは観察役としてここにいるんだから。
レイシアの魂と鍵の力がどうなるのかを見届けるために、霊体となってここにいるのだから。
何もおかしくない。
そう自分に言い聞かせても、ジワッと嫌な気持ちが滲み出てきて止まらない。
わたしの中にレイシアがいた時は、わたしを見つめて微笑みかけてくれたのに。
わたしとレイシアが別々になった途端。
わたしのことは、チラとも見ないで、レイシアばかりを見つめているのは、そういうことなんじゃないかって。
勘ぐる気持ちを止められない。
ジッと目を凝らして、レイジンを見つめる。
冷静に観察しているだけ……のように見える。
でも、安心はできない。
レイジンは、あまり感情が表情に出ないタイプだ。
たまに、「ぶわわ!」って解き放つときもあるけど。
普段は、パッと見には分かんないタイプだ。
よく見れば、目の中に浮かぶ色や光、それから唇の端の僅かな動きから、察することは出来る。
それを読み取れた時は、本当に嬉しくなる。
でも、今は分からない。
任務だからって内心を押し隠して……隠しきっているからっていうのもあるかもしれない。
でも、それだけじゃなくて。
単純に純粋に、距離の問題で。
ちょっと遠くて、そういう細かな機微が読み取れない。
視力は悪い方じゃないけれど、決して良くもないのだ。
それは、霊体状態でも変わらないみたい。
もどかしい。
確かめに行きたい。
レイジンの傍に行きたい。
でも、持ち場を離れるわけにはいかない。
作戦が終了するまで、わたしはわたしの骨の傍にいないとならない。
それは、星灯愛にでもできるはずの簡単な任務だ。
その任務を放棄して、傍に行って、何か特別な感情を宿していないか確かめたい気持ちを押し込める。
それは、責任感とか、そういう問題でもあるけれど、それだけが理由じゃなかった。
レイジンに、無責任な女の子だって思われたくないっていう乙女な理由で、わたしは乙女身勝手を我慢しているのだ。
もしかしたら、そっちの方が大きいかもしれない。
なんか、そんな自分が嫌になる。
――――なんて、沈む気持ちを吹き飛ばしたのは、レイシアのきゃわきゃわしい騒ぎ声だった。
「わ! すごい! すごいですよ! 星灯愛! ちゃんとした鳥の骨です! 鳥の骨の頭があります! ちゃんと本物の鳥の骨格標本っぽく見えます! この間とは、段違いです! これなら、今度こそ成功するかもです!」
「え? う、うん? そう? よかった……ね?」
呼びかけられたので、咄嗟に返事をしたけれど、ちょっと微妙なアレになる。
いや、呼ばれると思ってなかったからってのもあるし、よそ事に耽っていたからって言うのもあるけど、純粋に、内容が、アレだった。
脳みそを直接殴ってくる感じだった。
あと、視覚からの情報も、なんか、アレで。
レイシアは、池面スレスレで正座をして池中宇宙を見下ろしていた。
綺麗な正座だった。
わたしの中で数年間、日本生活を覗き見していたせいで、すっかり日本人が染みついているようだ。
水色アラビアンな金髪美少女が美しい正座で宇宙の中を覗き込んでいる図は、なんていうか、うん。なんて言ったら、いいんだろうね?
しかも、宇宙の中には絨毯でおくるみされたリアルっぽい鳥の骨格標本が横たわってるんだよ?
ていうか、それを見て、はしゃげるって、意外と逞しいな?
目を背けて「きゃあ!」とかじゃないんだ?
あんまり、お姫様っぽくないのですが?
しかも、そこに宿ることに一切抵抗なし、ウエルカムとか。
いや、個人的には、そういう方が好きだけれども。
――――そう思ったとたん、霊体なのにお腹の底の方がヒヤッと冷たくなった。
レイジンは――――?
レイジンは、どうなんだろう?
お姫様らしくないって、幻滅しちゃうタイプ?
それとも、ギャップに萌えちゃうタイプ?
恐る恐るレイジンへと目を向ける。
けれど、レイジンの中で芽生えてほしくない何かが芽生えていないかを確かめるその前に。
わたしは、骨と合体して、生身を取り戻した。
パチ…………と瞬く。
レイジンの姿は見えない。
見届け役のレイジンは、まだ骨と霊体に別れたままなのだ。
――――――――そうだ。レイシアは?
レイシアは、どうなったんだろう?
――――と思ったタイミングで、顔の横を何かが高速ですり抜けていった。
「スイちゃーん! どこですかぁー! 私と一緒に遊んで下さーい!」
………………。
…………………………………。
「成功したみたいねぇ。うーん。元からああいう性格なのかしら? それとも、ステラの影響なのかしら?」
「ぬ、濡れ衣です! 元から……かは、分かんないけど! 元々、素質はあったんだと思います!」
ちょ! ルーシアの言いよう!
グダグダしていた乙女的あれそれは一旦忘れて、反射で反論…………しきれてないけど、素直には頷けないので、一応ちょっぴり反論!
高速で駆け抜けて……というか、飛び抜けて行ったのは、レイシアがインした鳥人形というかぬいぐるみだった。
まだ、絨毯を着たままのまるっとした白い鳥。
ヒヨコをでっかくしたみたいなフォルムの鳥。
美しさよりも可愛さを追求してみたの……と、ルーシアが言っていた。
たぶん、ルーシアの好みなんだろう。
「成功した……みたいだな」
何とも言えない気分で、絨毯を着たまま宇宙の池の中で立ち尽くしていたら、レイジンの声がして、ピャッとなる。
作戦の成功に伴い、レイジンも骨と合体して、元に戻ったのだ。
レイジンは池から上がって、絨毯も脱いでいた。脇に抱えてる。
その後から、なんとも言えない顔をしたミナセもついてくる。
きっと、わたしもミナセと同じ顔をしているんだろうな。
ルーシアも苦笑している。
レイジンは、クールな顔をしてはいたけれど、レイシアが飛んで行った方を見ていた。
クールな顔をしているけれど、その瞳はキラキラしていた。
恋焦がれている……っていうよりは、憧れの野球とかサッカーの選手に出会った時の小さな男の子の眼差しだ。
少しだけ、安心した。
少しだけ。
今のレイシアの見た目も相まって、ひとまず、女の子として魅かれるとか、そういう感じではないっぽいことに、安心した。
だからといって、心は晴れない。
レイジンは、そわそわとレイシアが飛び出していった公共天浴場の外を見ていて、わたしのことなんて、すっかり忘れているっぽい。
一応、同じ作戦に挑んだ者同士なのに。
恋愛的なあれそれはなくても、ねぎらい合ったりとか、そういうのは、あってもよくない?
やっぱり、オンリー星灯愛は用無しなの?
なんて、心がささくれ立つ。
…………ちなみに、シャクランさんは狂喜乱舞しながら鳥になったレイシアを追いかけて行った。
「じゃ、私たちも行きましょうか」
「そうですね。シャクランが付いて行ったとはいえ、彼も大分興奮していましたしね。ブレーキ役がいた方がよいでしょうね」
ルーシアの号令で、わたしたちも天浴場を後にする。
レイジンは、それに返事はしなかったけれど、先頭に立って出て行った。
チクリ、と胸の奥が痛む。
オンリー星灯愛になってから、レイジンとは一度も目が合っていなかった。
やっぱり。
やっぱり、わたしはポイ捨てヒロインなのかな?
それならそれで、追いかけるまで!――――と息巻いていたわたしは。
心の片隅で、膝を抱えて俯いていた。




