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異星界で。  作者: 蜜りんご
第3章 道なき星界
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第75話 星と海

 海のことを聞かれた。


 でもって。


 シリアスなのに残念さが漂う話の結末を聞かされて、今回のサシ話のお題目であったわたしの方の恋愛相談はもういいかなって思い始めてたんだけど。

 丁重にご辞退申し上げる必要はないまま、解散になった。


 わたしの内心なんて知る由もないシャクランさんは、シリアスな雰囲気を保ったまま、最後に一つだけ、わたしに質問をしたのだ。

 おまけにみたいに。

 ついでみたいに。

 それが、海のことだった。


「そういや、嬢ちゃんの星界(せかい)には海があったんだろう? 何でもいい。海のことを聞かせてくれ」


 そう言われた。

 残念ながら、わたしは海なし県に住んでいたので、海には数回しか行ったことがない。

 それプラス、内心ではもうグダッちゃってたこともあって、小学生の作文みたいな説明だなって我ながら思った。

 それでもシャクランさんは、子供みたいな拙い説明を黙って聞いてくれた。

 そして、わたしの海話が終わると、空を見上げたままパチパチと瞬き、「聞かせてくれて、ありがとうな」と静かにお礼を言って。それで。

 それで、解散になった。

 シャクランさんは、絨毯を浮かせて天浴場の囲いの外へ出ると、わたし一人を降ろして、自分はそのまま何処かへ飛んで行ってしまったのだ。

 わたしは黙って、遠ざかっていく絨毯を見送った。

 一人になりたいんだなってことだけは、なんか、伝わって来たから。

 雰囲気が。

 雰囲気が、もう。

 拒絶してるっていうんでもなくて、お礼を言っている時点で、心はどこかへ旅立ってる感じだった。

 上の空っていうよりは、自分の中に入り込んじゃってる……みたいな感じ。

 そんな風に、感じた。


 一人取り残された私は。

 結局、わたし自身についての話はしなかったなっていうか、聞かれもしなかったなって思いながら、ほてほてと里を歩く。

 シャクランさんの恋バナは聞けたけど、わたしの恋愛相談的な話はかすりもしなかったし。

 レイシアを知るための前哨戦……じゃないな、参考程度にわたしのことを知りたいとかって話だったのに(いや、これはシャクランさん本人というより、ルーシアの予想だったかもだけど)、ほぼシャクランさんの一人語りで終わって。

 聞かれたのは、海のことだけだった。


 わたしの頭の中は、海でいっぱいになった。

 わたしは、小舟に取り残されて、ザプンと波に揺られている。


 なんだろう? なんて言うか、違和感? てゆーか、腑に落ちないっていうか?

 隠された本題だと思っていたことが、何一つ話題に上がらなかった。

 前座だと思ってたシャクランさんの過去バナ・恋バナの方がメインだった……よね?

 いや、残念で微妙な成分が含まれていたとはいえ、大事な話ではあった。

 きっと、知っておいた方がいい話なんだとは思う。

 だけど、やっぱり何か釈然としない。

 海のことを聞くのは、分かる。

 シャクランさんは、海が宇宙に成り代わったこの星界に海を取り戻す研究をしていたんだもん。海についての詳しい話を聞きたいって言うのは、分かる。

 分かるけど、なんでこのタイミングで?……って思うわけよ。

 だって、シャクランさんが海を取り戻したいって思って本気で取り組むようになったのって、それがマリィさんの願いだからで。

 そのマリィさんは、本物の海を知っているわけで。

 ということは、シャクランさんは、マリィさんから海のことを聞いたことがあるはずだよね?

 なのに、改めて今このタイミングでわたしに海のことを聞く必要、あったのかな?

 今、一番大事なのは、わたしから鍵の力とレイシアを分離させることだよね?

 分離作戦の成功を確実なものにするために、このサシ話の場は設けられたんだよね?

 なのに、肝心のわたし自身に関することは何一つ聞かないまま、肝心な作戦に必要なことは何も聞かないまま、サシ話は終わってしまった。


 どうしてなんだろう?


 立ち止まって考え込んでいたら、目の前にミナセが降って来た。

 あ。降って来たって言っても、空から美少女が降って来た的なアレじゃなくて。

 絨毯に乗ったミナセが空から降りてきたってだけ、なんだけどね?

 地球の常識からすると、それだってアレなんだけど、こっちの星界じゃこれが普通っていうか、脇を通り抜けようとした親が運転している車がわたしに気づいて隣で止まったくらいの感覚だからね。


「思ったより、早く終わったんですね? もしかして、何かシャクランに失礼なことを言われて、お開きになったとか?」

「あ、ううん。そう……じゃないけど。えっと、ミナセは、何をしてたの?」

「ああ。里の周辺のパトロールをしていたのですが、あなたが一人で立ち尽くしているのが見えたもので……」

「あ、なるほど」


 そういうことかー。

 てゆーか、信用ないな、シャクランさん。

 なんて、ちょっと苦笑いしてたら、ミナセは絨毯から降りて来た。それから、クルクルと絨毯を丸める。手でじゃなくて、魔法で。

 丸めた絨毯を小脇に抱えると、ミナセはわたしの隣に並んで「少し歩きませんか?」と誘ってきた。

 そんなわけで、シャクランさんとの足天浴会談の後は、ミナセとのお散歩になった。

 なんか、今日はミナセと二人きり率高いな。

 歩き出してすぐに「それで?」と促されたので、立ち止まっていた理由を説明する。

 たぶん、それを聞きたいがためのお誘いだったんだろうな。

 わたしは、洗いざらいを話した。

 ミナセは、シャクランさんの不自然な態度の理由に心当たりがあるみたいだった。


「そうか、シャクランは、それが聞きたくて、あなたと…………」

「え? ど、どういうこと?」

「マリィの話やしでかしの話も本題ではあったのでしょう。あなたをデートに誘った時は、恋愛相談を通じてあなたを知ることこそが本命だった。ですが…………彼が本当に聞きたかったのは海のことだったのでしょう」

「え?」


 サクサクと芝っぽい草むらを踏みしだきながら、わたしは首を傾げる。

 どういうこと?


「シャクランは、あなたの星界の海と、マリィの星界の海が、同じものなのかどうかを確かめたかったのだと思います」

「地球の海と……マリィさんの世界の海……?」


 ま、また話が飛んだな?

 もっと、こう。道筋に沿って、順を追って話してほしい。


「ええ。深い意味があるというわけではなく、ただ聞きたかったのでしょう。星導師としてではなく、個人的に」

「個人的に……」


 そうか。

 星導師としての本題とシャクランさん個人としての本題は、別ってことか。

 シャクランさんがわたしをデートに誘ったのは、星導師としての役目を果たすためだった。星導師としての本題を優先していた。

 だけど…………。


「それは、シャクランがあなたに、本当に聞きたかったことだった。けれど、恋愛相談を名目としたデートで尋ねるつもりはなかった。それは、彼個人の問題だったから。なのに、マリィのことを話している内に、気持ちが抑えられなくなってしまったのでしょうね」


 シャクランさんを気遣うようなミナセの声音。

 ああ、やっぱり。

 ポロポロと零されたヒントのおかげで、わたしは。

 草むらの中に隠されていた道を見つけ出した。

 見つけちゃえば後はもう、辿るだけだ。


 ああ。どうして気づかなかったんだろう?


 自分を殴りたくなる。

 そう。そうだ。そうだよ。

 一目だけでも海を見たいと願ったマリィさん。

 その願いを叶えたかったシャクランさん。

 だけど、それはとても難しい問題で。

 ――――さっきの話の中で。

 シャクランさんは、星界が天になるのは、むしろ自然な流れなんじゃないか的なことを洩らしていた。

 それって、つまり。

 シャクランさんは、海を取り戻すのは無理なんじゃないかって、諦めフェーズに入っちゃってるってことなんじゃない?


 なのに、そこで。


 仮初……ってゆうか、ついこの間の大き目な揺らぎのせいで。

 この星界からしたら異星界であるところの地球の海が、天の海(きょむ)の狭間にわずかな時間とはいえ顔を覗かせた。


 一目だけでもいいから、もう一度見たいとマリィさんが願った海が。


 揺らぎの向こうとはいえ、確かに現れたのだ。

 その海が、マリィさんが願っていた海と同じ海なのかどうか、シャクランさんはそれを確かめたかったのだ。

 それが分かったからって、何がどうなるってわけでもない。

 それでも、ただ知りたかったのだ。


 マリィさんの気持ちを慮って。


 あの時、地球の海が現れた時。

 その場に居合わせたのは。

 海を見ることが出来たのは――――。


 その時、マリィさんが何処にいたのかは知らない。

 でも、たぶん。

 天の海(きょむ)にはいなかったんじゃないかと思う。

 少なくとも、現場周辺にはいなかったはずだ。

 遠くからでも、巨地蔵様の姿は見えたかもしれない。

 だけど、地球の海を見ることが出来たのは、あの時現場にいた四人。

 わたしとレイジンとルーシア、それからエイリンだけ、だったはずだ。


 地球の海が、マリィさんが求めている海と同じ海かどうかは分からない。


 でも、それでも。


 求めていた海が、たとえ仮初でもこの星界に姿を垣間見せたのだと知ったら。

 マリィさんは――――。


 その時のマリィさんの気持ちを思うと、マリィさんを直接は知らないわたしだって、胸が痛くなるよ。


 どんなにマリィさんが望んでも、あの海を、もう一度呼び出すわけにはいかない。

 そもそも方法が分からないけれど、分かっていたとしても、やっぱり呼んだりすることは出来ない。

 だって、それは。

 地球とこの星界、両方の世界に危険をもたらすことだから。


 ちんやりしたお通夜ムードで、わたしとミナセは黙ったまま里を歩いていく。

 そして、その先で。


 一番会いたくないものに遭遇してしまった。


 わたしは、息を呑んで立ち止まる。

 トドメを刺されてしまった。


 わたしが、いっちばん会いたくないもの。見たくないもの。


 それは、マシュマロたちに取り囲まれたレイジンだった。


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