第62話 その人形には骨がある
『だからと言って、人形の中に骨を埋め込む必要はあったのだろうか?』
――――っていうのが、わたしの正直な感想だった。
宇宙の池の中で横たわる自分の骨と、その隣の何かの骨。
その何かの骨の方を主に見下ろしながら、わたしは悟りを開く直前みたいな顔になった。
てゆーか、あれ。
本物の骨だよね?
何の骨なの?
記憶と照合してみて近いものは、手羽元を食べた後の残骸的な骨なんだけど?
わたしの隣には、レイシアがいる。
意識体となった、レイシアがいる。
でも、そっちを見ることは出来なかった。
レイシアは今、どんな気持ちで、この手羽元みたいな骨を見ているのだろう?
今、どんな顔をしているのだろう?
まずは、それを確認しないことには、話は始まらない。
でも、それをするには勇気の値が足りないようです。
ああ。もっと、ちゃんと。
話を聞いておけばよかった。
でもって、いろいろと質問とかしておけばよかった。
後悔という言葉の意味を、スルメのように噛みしめているよ。
どういうことかって?
それはね、こういうことなんだよ。
あのね?
この里へやって来た本当の目的を教えてもらった後、さっそく鍵取り出し作戦を実行することになったんだよ。
その時、わたしはまだ、レイジンだけハブ案件に心を揺らしたままだった。作戦を実行するってことだけは分かったんだけど、何をどうするのかは分かっていなかった。
教えてはもらったみたいなんだけど、右から左へスルー状態でさ。
なんか、気づいたら、星導制服の上から骨浴の時の絨毯服を着ていて、絨毯を巻かれた身長三十センチくらいの人形を抱かされて、シャクランさんの家の傍の宇宙のため池みたいなところにいた。
いつの間にか、メンバーも交代していた。
ミナセは消えて、ルーシアとシャクランさんがいた。
ミナセは、レイジンを遠ざける担当になったみたい。
これもレイジンだけ情報ハブりの一環かと思うとモヤるけれど、これについては、乙女の恥じらい問題も兼ねているから、ひとまずモヤりはスルーすることにした。
うん。シャクランさんは、作戦のために必要な人だし、おじいちゃんだし、お医者さんみたいなものだと思えるけど、年の近い男性に骨姿を見られちゃうのは、恥ずかしいもん。
だから、まあ。
乙女問題的理由を口実に、一人だけハブられていることには気づかせず遠ざけたんじゃないかなって思って、ハブ問題にはひとまず蓋をした。
それに、さすがに骨浴直前まで来ると、意識はそっちに切り替わる。
浜にいたときにも何度か経験はしたんだけど、宇宙に浸かる瞬間は、慣れないんだよね。
骨になっちゃえば平気なんだけど、骨浴を始める直前って、なんかすごく緊張するのだ。
なんていうの?
バンジージャンプの直前みたいな気持ち?
やったことないけど、たぶん、バンジージャンプも何度か経験しても、やっぱりその瞬間は怖いと思うんだよね。毎回、勇気を試されそうっていうか。
宇宙のため池は、垣根で覆われているから、なんか秘密の儀式っぽい。
いや、ある意味、その通りではあるんだけど。
人形は、直前まで袋に詰め込まれていた。
宇宙ため池の淵まで行ってから、ルーシアに人形を渡された。
そこでようやく、我に返ったんだよね。
それは、金髪の女の子の人形だった。
絨毯でグルグル巻きにされて、絨毯がほどけないようにしっかり紐で縛られた人形。紐は、胴体を絨毯ごとグルグルしてるだけじゃなくて、お股から肩の上を通す感じで縦にも縛られている。とても頑丈に包装されている。
粘土とも違う、もちっとした素材の不思議な人形だった。
愛嬌のある顔立ちをしている。
髪の毛は、黄色の太目な糸だった。
説明は聞いていなかったけれど、作戦の内容は何となく理解した。
だてにラノベを読んできたわけではないのだ。
これくらいは、想像できる。
つまり、この人形は、レイシアの形代なのだ。
人形を抱いたまま骨浴をして、体と魂&鍵の力を分離させる。
でもって。
わたしの骨には、わたしの魂だけを戻し、人形の方へレイシアの意識と鍵の力を宿らせる。
そういう作戦なのだろう。
わたしは、ちょっと遠い目になった。
分かりやすい作戦に、ってわけじゃない。
やってみる価値のある作戦だとは思っている。
でも、何て言うか。
いや、可愛い。可愛いけども。
でも、レイシアが究極の美少女すぎるせいで、似てはいないんだよね?
女の子で金髪ってことしか共通点がないんだけど?
はたして、レイシアはこの人形に宿ることを納得してくれるんだろうか?
――――って、考えたら、ちょっとお目目が遠くなりました。
だって、こんなの嫌ですって駄々をこねられたら、そこをなんとかって説得しなくちゃいけないってことでしょ?
で、出来るかなぁ…………。
不安になっていたら、ルーシアから指示が飛んできた。
「それじゃ、ステラ。一旦、腰まで浸かってもらえる?」
「あ、はい」
硬い声で返事をして、なるべく下を見ないように池の中に足を入れる。
天の海での骨浴の時は、ドボンするだけだったから、覚悟も決めやすかった。
まさに、バンジージャンプだった。
だけど、池は、それをするには深さが足りないらしくてさ?
温泉に浸かるみたいに、まずは池の中に座って。
それから、頭まで全部浸かる方式なんだよ。
ああ。
浜にいたころ、天チュウさんたちからのお誘いが拒み切れずに、足先だけ骨浴をした経験が、こんなところで生きてくるとは。
うん。まあ。まあまあね?
下さえ見なければ。
服を着たまま、子供用プールの中で腰を下ろすみたいなもんよ。
問題は、この後だ。
「あ、ステラ。人形は、脇に置いてもらえる?」
「はい」
下を見ないまま、言われた通りにする。
この時は、人形に骨が埋まっていたなんて思ってなかったけど。
下を見たら、骨になった自分の下半身が目に入っちゃうからね。
上を向いて浸かろうを貫いたよ。
だってさ?
人魚姫ならぬ人骨姫になってるってことでしょ?
人の上半身に魚の下半身じゃなくて。
生身の上半身と骨だけ下半身ってことでしょ?
そんなん見たら、気絶するって!
もう、ここまで来たら、いっそのこと早く全身骨になってしまいたい。
魂状態で自分の骨を見下ろすのは、宇宙に沈めた骨格標本を見ているだけっぽくもあって、割と平気なんだよね。
「じゃ、そのまま、仰向けで倒れていって、天の池の中に横になってもらえる?」
「は、ははははは、はい…………」
ルーシアは何でもないことみたいにサラッと言ったけど、答えるわたしの声は震えまくった。
これから土に埋められる棺の中に横たわるみたいだな……って不吉な考えを押しやるように、天の海は、「きょむ」って読むのに、天の池は、「てんのいけ」まんまなんだね……なんて、どうでもいいことに逃避行して。
目を閉じて、「ここは、お布団の上!」と言い聞かせながら、横たわる。
ふわっと体が軽くなる感覚。
体が…………なくなる感覚。
その一瞬を乗り越えてしまえば、どうってことないんだよな……なんて思いながら、閉じていた目を開ける。
体がないはずなのに、閉じていた目を開ける感覚は、なんかあるんだよね。
不思議。
――――なんて、毎回感じる素朴な疑問は、すぐにどうでもよくなった。
宇宙の池の底に横たわる自分の骨の隣に、鶏手羽みたいな骨がコロンしてたからだ。
つまみ食いの途中で死んじゃった人の白骨死体みたいだな……とか、ちょっと思ってしまった。
すぐにその考えを振り払い…………。
あの骨は、人形の中に埋められてたんだろうなって、気づいた。
いや、なんで?
何のために――――?
もしかしたら、これの理由もちゃんと説明されていたんだろうか?
って思ったらさ。
大事な話はちゃんと聞きましょうって。
後悔と共に深く反省したよ。




