第59話 可愛いへの逃避行
餌をねだる鯉のように、わたしは膝立ちのまま口をパクパクさせた。
混乱の極みすぎて、言葉が出てこない。
今日のわたしってば、こんなのばっかりじゃない?
厄日ってヤツ?
さすがに、もうこの辺で打ち止めにしてほしいんですが?
「キュイーン?」
スイちゃんが、にょにょっと目の前にやって来て、「どうしたの?」って感じで首を傾げた。
くぅっ。
わたしは、ペタリと座り込む。
ちょっとだけ、気が鎮まった。
だって、可愛いは癒しで正義だから。
わたしは、シャクランさんを放置して、スイちゃんと見つめ合う。
現実から“可愛い”への逃避だ。
「…………はぁ。シャクランさんの情報源がおじいさま……星導会長なのは、間違いないみたいね。ミナセが、わざわざこんなことまで伝えるとは思えないもの」
「それは…………そうだな。疑って、悪かった」
爆撃暴露によりわたしは多大なるダメージを負ったけど、それと引き換えにミナセへの疑惑は完全に晴れたみたいだ。
複雑。
でも、わたしもミナセのこと疑っちゃったからな。
その一転についてだけは、不問に付します。
というか、もう。
わたしは、会話への参加を放棄するよ。
ポロポーズ案件については、今は触れてほしくない。
どの方向からであっても、だ。
ああ、スイちゃん。スイちゃん、スイちゃん。
スイちゃんがいてくれて、よかった。本当によかった。
わたしは、ひたすらスイちゃんと戯れる。けれど――――。
「そんなことよりもじゃあ! そのあとデートも」
「シャクラン」
到着直前の地雷案件を知らないシャクランさんは、ミナセへの冤罪案件をサパッと流して、わたしの傷口を広げる発言をしかけて、ミナセに冷たく遮られた。
デート……と聞いて、スイちゃんをあやす手が強張っちゃったけれど、少しだけ力が抜ける。
「その件については、レイジンのしでかしにより、今、大変デリケートなことになっているので、お控えください」
「…………ほ? ほ? ほ? ほ? なるほど、なるほど?」
あ、ありがとう、ミナセ!
いい人。いい人だ。
一見すると、とっつきづらそうなインテリ系眼鏡男子なんだけど、実はすごくいい人だよね?
うん。後のことはお任せして、わたしは現実からの可愛い逃避を続行しよう。
「よーし、分かった! その件については、後でじっくり、個別で話を聞くとしようかの! 任せておけーい! オレとて、若い頃には甘酸っぱい経験の一つや二つはしておるからの! 双方の言い分を聞いたうえで、経験豊富な年寄りだからこその助言をプレゼントじゃ!」
「いえ、結構です。ああ。レイジンの方は、好きにしていただいて構いませんが、ステラは……まだルーシアに話を聞いてもらった方がマシですよ」
「ちょっと、“まだ”ってどういう意味よ!」
「経験豊富……」
うーわ。会話が、わっちゃわちゃだ。
てゆーか、ミナセのルーシアへの評価が気になるんだけど。
ルーシアって、そうなの?
恋愛方面については、レイジンよりなの?
いや、仲良しゆえのじゃれ合いなだけの可能性もあるな。
そして、レイジンは経験豊富な恋愛助言に興味をそそられているみたいなんだけど、その助言は、参考にして大丈夫な助言なの?
より、迷走しちゃわない?
あ、わたしは、もちろん。
謹んでご遠慮申し上げます。
恋愛経験豊富なおばあちゃんの助言だったら、聞いてみたいかもだけど。
「…………ミナセよ。なんで、おまえが答えるんじゃい?」
「いいから、本題に戻りましょう」
「これだって、本題……」
「シャクラン」
シャクランさんは、子供みたいに「ぷー」と頬を膨らませ、ミナセにピシャリってされている。
うーん。なんか。随分と気やすいっていうか。
お茶目なおじいちゃんとしっかり者の孫って感じのやりとりだね?
どういう関係なんだろ?
わたしの思考は横へ流れていったけど、ルーシアたちは「本題」の一言で緊張感を取り戻した。
といっても、何かを警戒しているときのピリピリした緊張じゃなくて、お遊びモードからお仕事モードに切り分かった時のピリッとした緊張だ。
「本題に戻すと、つまり、あなたは私たちの本来の任務を知っているってことね?」
「もちろんじゃ。そこのレイジンとかいう坊主が、何に憑りつかれているのかも知っておる」
「坊主……」
「もしかして、あなたは……。昔、おじいさまがしていたという研究に関わっていたのじゃないかしら?」
「んー、直接的には、関わっておらんかのー。オレは、別の研究をしていたんじゃー。じゃが、あいつとは、お互いに研究内容を共有しあっておったんじゃよー。お互いの研究の刺激っちゅーか、参考になるかもってことでの」
本題から外れたレイジンの呟きは黙殺された。
何か思い当たることがあるらしきルーシアとシャクランさんの間で、会話は続いていく。
分かっている者同士の会話だ。
分かっていない者には、サッパリ分からない。
会話参加放棄を決めたわたしだけれど、決定を翻したとしても中に入れそうもない。
これが、星導師と星導師(仮)の違いというヤツか……。
「そう。それで……」
「まあ、そういうことです」
「ん? どういうことだ?」
あ。(仮)は、関係なかったみたい。
わたしの他にも、会話についていけてない人がいた。
呟きを黙殺されたレイジンだ。
例の一件がなければ、「おそろいだね♡」なんて場違いに喜んじゃったかもしれない。
例の一件のおかげで、恋愛脳に流されずに済んだよ。
うーん。
何かに気づいて納得しているルーシアと、みなまで言わずともその内容を察して肯定しているミナセ。
二人は、レイジンが知らない情報を持っている。
そんな二人の共通点は、今回のある意味黒幕である星導会長のお孫さんってことだけど。
身内にだけ、昔の研究のことを教えたっていうより、漏らしたって感じ? なのかな?
こう、身内で集まってご飯食べてる時の昔語りでポロっとみたいな?
うん。それは、ありそう。
えーと、だけど。シャクランさんと知り合いなのは、ミナセだけなんだよね?
それは、どうしてなんだろう?
二人とも孫で、二人とも星導師なのに。
首を捻っていたら、当のルーシアがズバッと切り込んだ。
「ねえ? どうして、おじいさまは、あなたにだけシャクランのことを紹介したのかしら? ああ、もちろん、仕事の上での機密にあたることなら、答えなくてもいいのだけれど」
「ああ。まあ、一応しでかしで隠居した星導師ですからね。星導会長の立場上というヤツですよ。それと、まあ、星導会長の隠し玉的な立場でもありますし。ですので、シャクランについては、星導師であっても内密にお願いします」
「了解したわ。それで?」
なるほど、大人の事情ってヤツか!
そして、やっぱり!
シャクランさんは、星導会長の隠れ協力者だったか!
もちろん! ちゃんと秘密にします!
当初の疑問を忘れて、燃料投下に静かに興奮していたわたしでしたが、当事者のルーシアは簡潔に了承を伝えつつも、追及の手を緩めなかった。
追及も簡潔だけど、ミナセを見つめる視線は鋭い。
さすがに気になって横チラ目したルーシアは、「話せることは、すべて話しなさい?」とミナセに圧をかけている。
対するミナセは、探られて痛い腹はないのか、苦笑を浮かべて眼鏡をクイッとした。
「ぼ……いえ、私も、星導会長に紹介されて知り合ったわけじゃありませんよ」
ん? どういうこと?
向かい合わせで座っている組の視線が、ミナセに集中する。
視線の圧に動じることなく、ミナセは続きを話すために口を開いたけれど、言葉が音を結ぶ前に盛大に被された。
「そう! 運命の出会いだったんじゃー!」
犯人は、言うまでもないと思うけど、シャクランさんだった。




