第57話 メラトロの炎
ん肉ぅ~~~~!
お肉! お肉! お肉ぅうううう!
女子の心を癒すのは、甘味ばかりとは限らない!
お肉もまた、なくてはならない癒しというか活力の元ぅ!
テンション、上がるぅ!
でっかい葉っぱに包まれて蒸し焼きにされたジューシィ鶏肉とキノコとジャガっぽいイモ。ちょっと強めの塩がきいているそこへ、柑橘の香りのする緑色の果物の櫛切りをシュパァ! 青いミカンみたいな見た目だけど、匂いがもう酸っぱい。レモンの爽やかさよりも青臭さを感じる酸味溢れる香りがする。
天チュウさんの浜辺では、ずっとお魚ばっかりだったから、とにかくお肉が嬉しい。
天の魚は、どうやって食べても美味しいけど、育ち盛りの体には、やはりお肉が必要なのだ。
「ずっと浜にいたんなら、魚ばっかりで肉に飢えとるじゃろ? 天チュウたちは、漁は上手いが狩りは苦手じゃからのー」
「そうなのよねぇ。お肉が食べられるのは嬉しいわ。ありがとうございます」
「は、はい! ありがとうございます!」
「そうなのか? 俺は、気にならないが……」
「ありがとうございます、シャクラン。ご馳走になります」
「なんの、なんのー! 若いもんは遠慮なんてせんで、たんとお食べー」
最初の目的地は、浜に近い森のはずれにある里だった。
天チュウさんたちが暮らす浜とは違う浜だ。
一路星導教会本部を目指すのだとばかり思っていたのだけれど、移動用絨毯は、大きく弧を描いて天の海方面に舞い戻り、天チュウ浜から大分離れた天の海辺近くの里へとやって来た。
里に下りる前に、わたしはお着替えをした。
銀の刺繡がされた水色の上着。白いアラビアンパンツ。足元はサンダル。
星導教会の制服だ。
色に決まりはないみたいで、正式に加入したら、好きな色を選び直していいみたい。
いろいろと疑問はあるけれど、まあ、察せられるところもあるので、あえて理由は聞かなかった。
つまり、これって。
スパイへの情報漏洩を防ぐためってことだよね?
天チュウの浜に残った組に、本当の行先と、わたしの服装が変わったことを知られたくなかったってことだよね?
だって、お着替えがこのタイミングになったの、うっかりってわけじゃないっぽかった。まるで、隠してあったみたいに、ミナセの荷物の底の方にしまい込まれていた。うっかりミスを謝ったり咎めたりするようなやりとりはなくて、最初からそういう予定だったみたいにお着替えイベントは進行していった。
残留組に怪しい人が混じっているのか、あくまで用心のためなのか、その辺は分からない。
でも、スパイ対策なのは間違いないんだと思う。
おかげで、気は引き締まった。
少しだけ、冷静になれた。
恋の一大事とはいえ、そればかりにモダモダしているわけにはいかないのだ。
でもって。
隠された目的地であるところの里は、緑が溢れているというか、精霊さんとか妖精さんとかが住んでいそうなくらいに緑ばっかりだった。
緑の里に道はなかった。
里の外にも。里の中にも。
本当に道がないのだ。
地面は見えない。芝生っぽい緑で覆われている。生垣で覆われた宇宙の池みたいなのが、里の端っこに見えた。
里の真ん中には大樹があって、ウロらしきところが絨毯で覆われている。
あの絨毯は、ドアなのかな?
あの大樹は、長老さんの家とかなのかな?
他の住宅は、植物の蔓を編んだもので造られていた。
わたしたちは、ミナセの案内で宇宙池の傍にある蔓造住宅を訪ねた。
そこには、シャクランさんというおじいさんが独りで住んでいた。
紫色の星導制服を着ている。ちょっと色あせているけれど、あの銀の刺繍は星導制服の証だ。引退した元星導師だったりするのかもしれない。
ミナセは随分と親しそうにしてたけれど、ルーシアとレイジンは初対面だった。
わたしたちが来ることは知らされていたらしく、シャクランさんはお昼ご飯を用意してくれていた。
ちょうど出来上がったところだったので、冷めないうちに食事にしようってことで、自己紹介もそこそこに、わたしたちは食卓に着いた。
お料理は、床に座ってちょうどいい高さでプカプカしている絨毯の上に並べられている。
シャクランさんとミナセが並んで座った。
向かい合って、わたし、ルーシア、レイジンの順で座る。
並び順は、ミナセとルーシアがさりげなく誘導してくれた。
誤解は、もう解けている。
でも、仲直りは、していない。
メラメラしている内に、目的地の近くまで着てしまったため、わたしはルーシアと共に絨毯小屋に引っ込んでのお着替えタイムとなった。
クールタイムを挟んだことで、強火メラメラはトロトロ弱火に勢力ダウンした。
その間に、レイジンには、もう一人の当事者であるミナセ本人の口から、プロポーズ云々は、まったくもって不当で失礼で見当違いな大いなる勘違いであると説明がされていたようだ。
どうやらレイジンは、天と道の授業の最後の一幕を目撃して。
昔々に道天化の被害にあった人たちへ黙とうを捧げたわたしに照れながらお礼を言ったミナセを見て、斜め明後日に盛大な勘違いをしたみたい。
これを教えてくれたのは、ルーシアだった。
そして、レイジンはあの見た目なので、たいそうおモテになるようなのだけれど、一見とっつきがたい美貌が過ぎるのと、太陽の女神のごときルーシアと一緒にいることが多いせいで、直接的なアプローチを受けた経験はあまりない上に、お付き合いなるものを経験したこともないのだそうだ。
この情報を提供してくれたのは、ミナセだ。
静かなるメラメラを育てるわたしに焦ったらしきミナセは、フォローのつもりか男同士だからこそのレイジン情報を投下してくれた。
ミナセ曰く、レイジンは失われた鍵を追い求めることだけに情熱を注ぎ、男同士の恋バナに加わることすらしなかったせいで、そっち方面の情緒が育っていないのだろう、とのことだった。
レイジンに今カノも元カノもいないというのは、朗報だった。
メラトロに炙られ中でも、心のどこかが、そわそわとさざめき立った。
とはいえ、それで完全鎮火とはいかない。
いくら恋愛音痴だったとしても、あの発言はないと思う。
傍から見てちょっといい雰囲気に見えたからって、プロポーズはないよね!?
しかも、ミナセとは出会ったばかりなんだよ?
……………………いや、それを言ったら、レイジンにプロポーズしたのも出会ってすぐではあったけど!
でも、それはレイジンだからであって!
レイジンが特別なんであって!
とにかく誰でもいいから結婚がしたくて、誰かれ構わずプロポーズをかます女だと思われているなら、それは本当に遺憾の“い”なんである!
……………………あれ? 遺憾の“い”って、ドーナツの“ド”みたいな感じとは違うんだっけ?
んー…………まあ、いいや。
誤解が解けたレイジンは、わたしに謝ろうとしてくれてるんだろう。
話しかけるタイミングを窺っているんだけれど、わたしは徹底的にスルーした。
今も、ルーシア越しにチラチラと視線を感じる。
だからこそ、わたしは。
あえて、ひたすらお肉だけに熱い視線を送りまくる。
だって。
今は、話をしたくない。
謝られたら、許しちゃう。
胸の奥をくすぶらせたまま、それでも、きっと。
面と向かって謝られたら、許しちゃうもん。
拒むなんて、きっと出来ないもん。
でも、それは、嫌だった。
胸の奥をプスプスさせたまま、表面だけ許したら。
愛想笑いで過ごすことになってしまう。
そんなのは、嫌だ。
レイジンの前では。レイジンの隣では。
本当の笑顔でいたいもん。
それに――――。
ルーシアとミナセも、わたしの気持ちを後押ししてくれた。
『それでいいわよ。しばらく、すげなくしてあげなさい!』
『そうですね。気持ちが治まらないうちに、簡単に許すべきではないと思います。ま、レイジンには、いい薬ですよ』
二人は、そう言ってくれて。
抜群のコンビネーションで、さりげなく、時にあからさまにレイジンの邪魔をしてくれた。
だから、わたしは。
治まりきらないすべてを、目の前のお肉にぶつけ、肉食欲に溺れることにした。
決して、色気より食欲が勝ったわけではない……。




