神様同盟
大好きなにおいが、ふわりと香ってきた。
震えていた胸の奥が、ギュキュッと締め付けられる。
甘くて爽やかでスパイシィな香り。
レイジンの香り。
いつの間にか、レイジンはわたしの真横に立っていた。
本当にすぐ真横。
ギリギリ触れ合わない距離。
うっかり舞い上がってしまいそうな心を、無理やり押さえつける。
だって、今はそんな時じゃない。
そんな場合じゃない。
レイジンは、わたしが巨地蔵様を召喚して、世界と星界の窓口になっていた揺らぎのチャックを閉じたところを目撃しているから、だからであって。
わたしを信じてくれているわけじゃ、きっと、ないんだから。
鍵使い(仮)としてのわたしに期待をしてくれてるわけじゃ、ないんだから。
つまり、そう……巨地蔵様目当てってヤツ。
――――そんな風に、自分に言い聞かせる。
舞い上がりそうな心を、落ち着かせるために。
効果は、テキメンだった。
我ながら、そりゃそうだよね?――――ってなったからね……。
一人で勝手に舞い上がりそうになり、一人で勝手に落ち込むプレゼン能力のないわたしの代わりに。
レイジンは、二人への説得を続けた。
エイリンの向こうにいるルーシアの様子はよく分かんなかったけど、エイリンは分かりやすく動揺した。
分かりやすく、ショックを受けていた。
たぶん、恋愛的な意味でも、鍵使いとしてのプライド的な意味でも。
自分が好きな人が、自分が認めている人が、自分ではなく、わたし(ステラ)をご指名してきたことに、二重の意味でショックを受けているのだ。
何か言おうと中途半端に開いた唇は、音を結ぶことなく、わなわなと震えている。
反発されたら「ふふん」って返すところだけど、こんなに動揺されると罪悪感が仕事をしてくる……。
エイリン、小柄だし、わたしよりも年下っぽいから、余計に。
でも、だからって、引くつもりは一切ない。
今、この時。
かかっているのは、わたしの恋路じゃなくて、地球の行く末なんだから。
「おそらく、これは、絨毯がこの星界を救って以降、最大にして最悪の事態だ。あれは、間違いなく、星界の滅びに直結するレベルの大いなる揺らぎだ。エイリンの力が足りないわけじゃない。そもそも、鍵使いを総動員しても、どうにもならないレベルだ。それは、二人も分かっているだろう?」
「……………………の力が、あれば…………」
「ないものねだりをしても仕方がないわ。今を生きているのは、私たちなのだから、今、この星界の揺らぎを鎮めるのは、私たちの役目よ」
レイジンが二人にした説得の言葉は、わたしの上にもズンと重くのしかかった。
そんなにヤバいんだって、改めて思わされて、ちょっと怯みそうになる。
内なるレイシアとミニ蔵さまの気配が感じられなければ、「ごめんなさい。やっぱり、わたしには無理です」してたかもしれない。
続くエイリンの呻くような言葉は、肝心なところが聞き取れなかった。
伝説の○○…………みたいな感じの何かがあるのかな?
これがラノベやゲームなら、後々キーアイテムになったり、キーパーソンになったりする伏線だったりするけど。
まあ、今、深追いする話ではないよね。
気持ちを切り替えようと息をついた正にそのタイミングで、レイジンがわたしの肩に手をまわして、肩を、だ、だ、抱かれるみたいになって、心臓がヒュッてなった。
鎮まれ、わたしの乙女心。今は、あなたが仕事をする時じゃない。
「だからこそ、ここは、ステラの出番なんだ」
「どういうことですっ!?」
レイジンの言葉と行動のどっちにも納得がいかないんだろう。
消沈していたエイリンが、グワッと噛みついてきた。
わたしは…………。
背中越しに肩まで伝わる熱には動揺しているけれど、出番と言われて舞い上がったりはしなかった。
ステラの中のミニ蔵さまの出番って意味ですよねって、さっき予習済みだからだ。
授業がなくても、予習というのは大事なものなのだな、としみじみ実感する。
「ステラの中には、チキュウの神であるオジゾウサマが宿っている」
「小規模な揺らぎを鎮めるために力を使いつくした後の残滓ですよね?」
予習通りの授業をするレイジンに早口で食って掛かるエイリンの言葉は、言われてみればその通りで、ものすごくわたしに刺さった。
だけど、レイジンは余裕でその矢を手折って花に変え、わたしの心に希望を灯した。
「そうだ。だが、こうしてチキュウが揺らぎ……生霊としてでも、こちらの星界に姿を現している以上、その残滓を通じて、チキュウにいるオジゾウサマ本体に祈りを届けることはできるはずだ。チキュウの星の護り手であるステラになら、それが出来ると俺は信じている。だから、みんなも信じてほしい。ステラを。ステラを信じる、俺を。信じてほしい」
目から鱗が大量投下だし、希望も勇気もやる気も大量灯火した。
その信頼に応えたい!
ほかの誰でもないレイジンからの信頼だからこそ、応えたい。
その信頼が、言葉が、肩から伝わるレイジンの熱が。
わたしに力をくれる。
無尽蔵に力が湧いてくる。
そして、ありがとう。レイジン。
ミニ蔵さまを通じて、地球にいるお地蔵様本体に力を借りるとか。
その発想は、わたしには、なかった。
教えてくれて、ありがとう。
地球にいるお地蔵様の力も借りられるなら、何とかなる気がしてきた。
明確なビジョンは、相変わらず微塵も浮かんでないけど。
何とかなりそうな気だけは、ものすごくする。
どんどん勝手に湧いてくる。
ミニ蔵さまを通じて、地球の生霊を通じて、わたしは、地球本体と繋がることができるんだ。
地球だって、勝手に他所の星界へお邪魔しちゃっている生霊に早急におかえりいただきたいに違いない。
そして、もし、今。
この揺らぎ接続により、地球で何かが起こっているのであれば、救いを求めて祈っている人たちがいるかもしれない。
それは、お地蔵様じゃない他の神様に向けた祈りかもしれないけれど。
それでも。
願いは一つだ。
だったら、その祈りの力さえ、うまいことお借りしたい。
そう、なんなら。
神様同士で同盟を結んで、神様総出で生霊カムバックに励んでもらうのだ!
それならば、きっと、なんとかなる!
うん。明確じゃないけど、ビジョンが浮かんできた!
何とかなる!
きっと、なる!
自分を信じて。
わたしを信じてくれたレイジンを信じて。
地球を信じて。
地球のみんなを、神様すら含む地球のすべてを信じて。
お地蔵様を、レイシアを、ミニ蔵さまを――――すべてを。
「私もステラを信じるわ」
「…………ルーシアッ!」
ルーシアの声が、凛と響いた。
胸が熱くなった。
わたしを信じるレイジンじゃなくて、わたしを信じるって言ってくれたことが、嬉しかった。
ルーシアを責めるようなエイリンの声に傷ついたりはしなかった。
残念ではあるけれど、それならそれで、いいかと思った。
地球のことに専念したいから、その間、三人にはこっちの星界の守りに徹してほしかったんだけど。エイリン本人はともかく、エイリンの鍵の力は頼りになるはずだし、三人で協力してほしかったんだけど、無理ならもう、仕方がない。
だって、そろそろ動かないと、まずい感じがしてきてるし。
もう、始めよう。
レイジンとルーシアを信じて、ミニ蔵さまに…………。
「……………………分かりました。レイジンとルーシアと、チキュウの神を……オジゾウサマを信じます。二人と一緒に、守りに徹します。始めてください」
――――と思ったら。
徹底的にわたしへの信頼を拒んでくれちゃっているけれど、ギリギリでエイリンが折れた。
星界的にもギリギリなのを、エイリンも感じたからなのかもしれない。
苦渋の決断って感じで、横眼に見たエイリンは口を“へ”の字に結んでいた。
わたしは、ゆるっと口角を上げ、「始めてください」というエイリンの言葉に頷いた。
だって、まあ。
エイリンはこうじゃないと、だし。
レイジンとルーシアだけじゃなくて、お地蔵様を信じるって言ってくれただけで、全然よしではある。うん。充分。
さあ、準備は整った。
それじゃあ、始めようか――――。




