表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異星界で。  作者: 蜜りんご
第2章 骨と絨毯と地球
PR
49/140

第49話 地球の幽霊

 蒼天と星の海の狭間で。

 青く美しく揺れている、星。

 本物は、見たことがない。

 テレビや図鑑でしか見たことはない。

 でも、分かる。

 あれは、地球だ。


 だから。

 だから、わたしは呼ばれたのだ。


 ルーシアに呼ばれて部屋の外に出ると、デカ絨毯はすでに発進していた。

 空は、もう明るくなっていて。

 天チュウさんたちは、いなかった。

 タイミングとか、話し合う声が何も聞こえてこなかったこととかを考えると、身振り手振りチュウチュウ報告会は浜でやっていたんだろう。


 デカ絨毯は、ゆっくりと慎重に宇宙の上を飛行していた。


 三人とも、真剣な顔で進行方向を見つめている。

 説明は、何もなかった。

 だって、説明なんて、必要ない。

 見えているものが、すべてだ。

 言葉なんかより、よほど分かりやすい。

 もしかしたら、わたしの中のお地蔵様の力が必要になるのかもしれない。

 きゅっ、とセーラー服のスカーフを握りしめる。

 天チュウさんたちがチュウチュウサイレンで呼びに来た時は、本当にまだ予兆がしていただけだったんだと思う。

 だけど、その後。

 予兆は、実態……というには頼りなく揺らいでいるけれど、でも。

 目に見える形で、姿を現した。

 終末を思わせる規模の揺らぎとして。


 蒼天と宇宙の狭間で、その星はホロホロと揺らいでいる。

 地球の幽霊みたいに。


 本物の地球よりは、もちろん小さい。

 けれど、空の天井と宇宙の床スレスレといってもいいくらいの、とんでもない大きさだった。

 床はともかく、天井の方は境目が曖昧なので、あくまでイメージではあるけれど。

 それでも、水晶龍なんて目じゃない、神話を超えた大いなる災厄だ。


 青く揺らめく星は、固まり切らない宝石ゼリーのようでもあった。

 儚くて、美しい。

 怖いくらいに美しい。

 呑まれてしまいそうに美しくて。

 フッと嫌な映像が浮かんだ。


 死体から血が滴り落ちるように、固まり切らない地球ゼリーから液体状の地球が零れ落ちていって、星界(せかい)宇宙(うみ)を満たしていく。

 地球色の液体の浸食は、宇宙の海に留まらず、やがて大地にまで及び、この星は、この星界は、完全に地球に呑み込まれてしまう。

 でも、それは。

 新しい地球が生まれたってわけじゃない。

 地球と融合したわけでもない。

 地球柄のジェル状風呂敷でこの星を包み込んだだけなのだ。

 宇宙と絨毯の星界は、ただの地球柄の星になってしまったのだ。

 地球のコピーですらない。

 地球文明と絨毯文明が融合して、新しい理の星界(世界)が生まれるわけでもない。

 地球ゼリーに呑み込まれた、地球柄の死の惑星が誕生しただけなのだ。


 ぶるっと震えが走った。

 勝手な想像だ。

 でも、荒唐無稽とも言い切れない。

 だって、ここは。

 海が宇宙になっちゃった星なんだよ?

 十分にあり得る未来だ。


 でも、そんなのは、嫌だ。


 この星が滅びちゃうのは、もちろんのこと。

 故郷である地球が、滅びの象徴みたいになっちゃうことも、嫌だった。


 絨毯が止まった。

 固まり切らないゼリー状の地球の幽霊は、もう、すぐそこだった。

 大きすぎて、距離感がバグってるから、実際にどうなのかはよく分かんない。

 ゼリーが溶けだしてきても、直接的な被害が及びそうな距離じゃない。

 でも、霊圧がすごいというか。

 心理的な距離は、近すぎるくらいだった。

 心理的には、いつ吞み込まれても、おかしくない距離に感じられる。


 心臓がバクバクしていた。


 デカ絨毯の上は、水晶龍を相手にした時以上の緊張感で満ちていた。

 緊張の糸が幾重にも張り巡らされている感じ。

 ピーンと張り巡らされた糸は、触れなくても、勝手に切れてしまいそうだ。

 呼吸をするのも躊躇うくらいの緊張が、場を支配している。


 だって、相手は大いなる揺らぎどころの話じゃない、星紀末(せいきまつ)的惑星級の揺らぎなのだ。

 お地蔵様と白い鍵の加護があるかもとはいえ、鍵使いじゃない、一般人に過ぎないわたしをこの場に呼んだのも、それだけヤバい事態だからなんだろう。


 猫の手も借りたい。

 藁にも縋りたい。


 そんな状況なのだ。


 だからこそ、今回もエースアタッカーを任されたのは、エイリンだった。

 地球方面の絨毯の端で、間隔を開けて並んで立つ三人。

 右から、ルーシア、エイリン、レイジンの順に並んでいる。

 わたしは、三人の後方、レイジンとエイリンの間くらいで、邪魔にならないように見守っていた。

 呼ばれて部屋の外に出てはきたものの、とりあえずまだ、出番はないみたいだ。

 何をどうしていいのか分からないので、指示があるまでは後ろで大人しくしていることにした。

 ルーシアとレイジンは、すでに鍵を展開していた。

 でも、なんか。

 見るからに焼け石に水って感じだった。

 蟻と像の戦いよりも絶望的っていうか。

 くすぐったさすら感じてなさそうっていうか。


 エイリンは、手をこまねいているみたいだった。

 焦っているのが、背中越しにも感じられる。

 水晶龍の時は、もっと冷静だったと思う。

 あの時も、苦しい戦いの雰囲気はビンビンだったけれど、でも。

 それでも、有効となる一手を冷静に模索していた気がする。

 なのに、今は。


「…………なんとか頑張ってはみますが。いずれにせよ、大いなる犠牲が出ることは、覚悟してください」


 エイリンが苦しそうに、絞り出すように、そう言った。

 エイリンを挟む二人が、同時に息を呑んだ。

 わたしは、それを玉砕覚悟って意味だと思った。

 自分たちを犠牲にしても、この星は守る的な意味だと思った。

 わたしは、レイジンの背中を見つめ、覚悟を決めた。

 最後まで、レイジンと共にある覚悟を。

 でも、エイリンが言ったのは、そういうことじゃなかった。

 そういうことでもあったけれど、そういうことだけじゃなかった。

 わたしに背中を向けたまま、ルーシアがわたしの名を呼んだ。


「ステラ」

「は、はい!」


 すごく硬い声だった。

 先に覚悟を決めていたから、応える声は、思ったよりも震えずに済んだ。

 一蓮托生を求められるのだと思っていた。

 正式加入はまだでも、心はもう仲間だから、最後まで一緒だと答えるつもりだった。

 正式な星導教会メンバーじゃないから、一人だけ逃げろと言われても、断るつもりだった。

 レイジンのいない星界で、一人だけ残される方が怖かった。

 なのに、続く言葉は予想を大きく外れていた。


「あなたは、チキュウのために、祈りを捧げてちょうだ。あなただけは、ただ、チキュウのために祈ってちょうだい。こっちの星界は、私たちで何とかするから」

「……………………え?」


 固い声だった。決意と覚悟が込められた、揺るがない声だった。

 返すわたしの声には、動揺がありありと滲み出ている。

 地球の幽霊よりも揺れている。

 言われたことの意味が、最初はよく分からなかった。

 分かりたくなかった。


 呆然と、三人の背中を見つめる。

 ルーシアの背中は揺るがない。

 エイリンは、小さく肩を震わせていた。きっと、唇を引き結んでいる。

 そして、レイジンは――――。


 レイジンは、青い鍵に向かって力強く片手を突き出しながらも、残るもう片方の手は、腰の下でグッと拳を握りしめていた。爪で皮膚を切り裂きそうなほどに。

 たぶん、強く唇を噛みしめているのだろう。噛み切って、血が溢れそうなほどに。


 わたしは、理解した。


 分かりたくないけれど、分ってしまった。

 大いなる犠牲の中には、地球の未来も含まれているのだ。

 今そこで揺れているのは、地球の幽霊じゃなくて、地球の生霊なのだ。

 取り扱いを間違ったら、本体である地球にもダメージがいくのだ。

 地震よりも恐ろしい、宇宙災害に襲われてしまうかもしれないのだ。


 今、揺らいでいるのは、この星界だけじゃない。

 地球がホロホロと揺らめく幽霊のような姿で、こっちの星界に現れたということは。

 地球もまた大きく揺らいでいるということなのだ。


 揺らぎと揺らぎが繋がったからこそ、地球の幽霊が……生霊が現れた。

 世界と星界の滅びの予兆として、象徴として。


 神である水晶龍の屍が重なり合った光景が思い浮かぶ。

 お地蔵さんが祀られていた空き地の地面がジャッとチャックを開けたみたいに開いて、中から宇宙が溢れ出しそうになっていたことを思い出す。


 もしかしたら、今。

 地球の世界各地のいたるところで、大地のチャックがジャジャジャッと開いて、宇宙が顔を覗かせているのかもしれない。

 それが、溢れ出したら、地球は、地球のみんなは――――。


 地球が、骨と生霊の惑星になってしまう――――!


 ルーシアたちが第一に守らなければならないのは、この星界だ。

 それは、当然だ。

 自分たちの星界なんだもん。

 自分たちの星界の仲間を一番に守りたいと思うのは、当然のことだ。


 だから。だからこそ。


 わたしだけは、この星界ではなくて、故郷である地球のために祈りを捧げなさいって、そうルーシアは言っているのだ。

 地球を犠牲にせざるを得ない。

 そういう状況なのだと、ルーシアは…………エイリンは、言ったのだ。


 噛みしめるように理解して、わたしは。

 今さらのように。

 巨人さんのハンマーでガツンと頭を殴られたような衝撃を受けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ