第1話 地球の中身は宇宙でした。
地球の中には、宇宙が詰まっていた。
嘘じゃない。
夢でもない。
今そこにある紛れもない現実だ。
――――どういうことかって?
それは…………いや、待って?
その前に。
まずは、自己紹介といこう。
大丈夫。そんなにお待たせはしない。
サクッと軽く終わらせるから。
わたしは、御渡星灯愛。七夕生まれの15歳。もうすぐで、16歳になる。セーラー服が着てみたくて選んだ(中学はブレザーだったんだよ)私立の女子高に通う高校一年生だ。
名前のキラキラ具合はともかくとして、まあ、いわゆる普通の女子高生ってヤツ。
さて。
軽い自己紹介が終わったところで。
宇宙に至るまでの話を始めようか。
それが起こったのは、わたしの他には誰もいない、朝の路地裏だった。
登校途中の出来事だ。
足元が揺れて。
足を止めた。
それが、始まり。
それが、予兆。
警報も鳴らないくらいの、小さな揺れだった。
なのに、ひどく胸騒ぎがした。
これから、何かが起こりそうな、そんな予感。
わたしが足を止めたのは、路地の途中、お地蔵さんが祀られている空き地の前だ。
雑草がまばらに生えている、小さな古民家一軒分くらいの空き地。
その真ん中辺り。
空き地の奥には、しめ縄が巻かれた大きな木が生えていて、わさわさと枝葉を茂らせている。
その天然天井の下、大木の前に古びた祠があって、その中で、その中に。
赤い前替えをつけたお地蔵さんが、ちょいんと祀られているのだ。
わたしが立ち止まったのは、ちょうどお地蔵さんと真正面で見つめ合える位置でもあった。
(大きな地震の前触れとかじゃ、ないですよね?)
ジッとお地蔵さんを見つめながら、心の中で問いかけてみる。
もちろん、お地蔵様は何も答えない。
でも、何か圧を感じた気がした。
圧っていうか、そんなに心配ならお参りの一つもしていけばよかろう――――的なことを言われている気がした。
もちろん、気がしたってだけなんだけど。
まあ、足を止めたのが丁度お地蔵さん前だったのも、何かのお導きなのかもしれないし?
時間にも、まだ余裕があるし?
――――ってことで。
ここは一つ、お参りをしていくことにした。
わたしは道を外れ、空き地の中に足を踏み入れる。
まだ遅刻の心配はないとはいえ、予定外の行動ではあるので、心持ち速足で空き地の中のまばら雑草地帯を抜け、祠の前まで行った。
お賽銭を入れるところはなかった。
お供えはしてある。
スーパーで売っている切り餅が、個別のパックのまま、お供えしてあった……。
なんか、雑じゃない?…………と思いながらスカートのポケットの手を突っ込むと、のど飴が出て来た。
切り餅がいいなら、これも大丈夫だろうってことで、しゃがみ込んで切り餅の隣にそっとお供えをする。
通学鞄を足元に置いて、わたしはパンと手を合わせて目を閉じ、心の中で念じた。
(お地蔵様。地球の平和をお守りください)
……………………ん? 地球の平和?
唱え終わってから、自分でも「ん?」って首を捻った。
いや、飴玉一つで、そんなスケールの大きなお願いをするつもりはなかったんだけど。
地域のお地蔵さんなんだし、この地の安全くらいのつもりだったんだけど。
なんか、スルッと地球が転がり出ちゃったんだよね?
まあ、でも。
大は小を兼ねるっていうし、そもそも気休めなんだし、いいか。
なんて思いながら目を開けた、正にその時。
背後に大いなる揺らぎを感じて、わたしは鞄もそのままに立ち上がり、お地蔵さんに背を向けた。
巨人さんもびっくりな巨大すぎる巨人さんが、地球をガッシと掴んでユサンユサンに揺すぶっている映像が、勝手に思い浮かんだ。
とはいっても、本当に巨人さん級の地震が起こった……ってことじゃない。
そうじゃなくて。
揺れたのは地面じゃなかった。
地面が揺れたわけじゃない。
地面じゃなくて。
空気……? 空間…………?
ん、んん…………世界?
あ、そう、それ。それだ。
しいて言うなら世界。
世界が揺らいでいる。
あるいは、地球という星の存在が揺らいでいる。
そんな感じ。
地震……ではないけれど。
正しく、巨人さん級の地球のピンチではある。
地球存続の危機だ。
スルッと自然に転がり出て来たあのお願いは、的を射た願いだったのだ。
わたし、すごい!――――なんて、自我自賛している場合じゃなかった。
お地蔵さんと通りの間のまばら雑草地帯に、何かエネルギー的なものが集まってきているのが感じられたのだ。
別に霊感少女ってわけじゃない。
だけど、気のせいってわけじゃないと思う。
だって、確かに感じるんだもん!
背筋を、戦慄が駆け抜けていった。
旋律じゃない。戦慄だ。
下から上に駆け抜けて行って、脳に到達すると、戦慄は警報音に変わった。
やっぱり、旋律だったのかもしれない。
ともあれ、警報は脳内で派手に鳴り響いている。
非常ベルを複数同時に鳴らしてみました♡――――みたいな喧しさだった。
胸騒ぎも止まらない。どんどん……どんどん酷くなっていく。
雑草がまばらに生えている剥き出しの地面をジッと見つめた。
あそこが、震源地だ。
根拠はないけど、そう感じた。
感じてばっかりだな、とか言わないで欲しい。
だって、しょうがないじゃない?
感じちゃったものは、感じちゃったんだもん!
まあ、これについては、ちょいハズレで。
本当の震源地は、わたしだったりしたんだけどね……。
だけど、でも、それは。
この後始まる大激震の諸々色々が、ひとまず一旦落ち着いて、今はまだ知る由もない情報のカードをいくつか手に入れて、ようやく気付いた真実ってヤツで。
震源地だと思ったその場所は、実際には、門とか扉とか、そういう類のものだったんだよね。
世界と星界を強引に繋いで、無理矢理にこじ開けた門。
というか、門にされた場所。
それが、お地蔵さん前のまばら雑草地帯だったのだ。
とはいえ、今は。
そんなこととは露知らずなわけで。
わたしは、何かとんでもないことが起ころうとしている予感にただただ胸をざわつかせながら、固唾を呑んでまばら雑草地帯を刮目するしかない。
怖いもの見たさってヤツ。
そして――――。
そして、ついに世界は開いちゃったのだ。
門とは言ったけれど、開門って感じじゃなかった。
扉が開くって言うのとも違う。
しいて言うならば。
かみ合わせの悪い巨大ファスナーを、強引にこじ開けるみたいだった。
ジャッ! ジャジャッ!――――って感じの衝撃が走って。
まばら雑草地帯が、端から裂けていくのが見えた。
誰かが、地球の内側から地球のファスナーを開けたみたいな感じ。
お地蔵さんと路地の間のまばら雑草地帯が、横から裂けていった。
空き地の端から、空き地の端まで。
パクッとザクッと、傷口が開くみたいに地面は開いていって。
そして、なんと。
その中には、宇宙が詰まっていたのだ。
大地の下には、宇宙が埋まっていたのだ。
恐るべき新事実が発覚した瞬間だった。
もしかしたら、わたしは。
この発見を切っ掛けに学者になれるかも知れない!
――――なんて。
混乱と動揺の極みの最中。
わたしは、とてつもなくアホな夢を見た。