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あの日、失われた欠片を君へと紡いだ青春パズル  作者: CoconaKid
第二章 真実とイメージ
9/25

 紗江は階段を上り、振り返って早く来いと目で訴える。仕方なく私はついていった。

 唯一この学校の屋上だけはよく知っている。

 上階に上り詰め、紗江が目の前の屋上のドアを開けると爽やかな風が私に向かって吹き込んできた。紗江に続いて外に一歩足を出せば、見覚えのある視界が広がる。でも私が知っている屋上の雰囲気とは全く違った。

 その日、屋上は青空が広がり、大きな塊の白い雲がいくつも流れていた。太陽の光が眩しく私は目を細めた。

 紗江は屋上の端へと足を運び、フェンスの前で止まると、くるっと振り向いた。

 私はそこから少し離れた場所を見てしまう。あの辺りで矢野恵都が飛び降りている姿が思い出される。

 もちろん今はそこに彼女はいない。私が今彼女の中に入って、紗江と向き合っている。

 紗江は矢野恵都よりも小柄だ。私を見上げているのに、その目は見下していた。

「あのっ、約束を忘れていたのは謝ります。ごめんなさい。ちょっと最近忙しくて自分でも何が起こってるかわからなくてすぐに物事を忘れちゃうの」

 半分事実で半分ごまかしだ。

「最近の矢野さんはかなり調子に乗ってるもんね。ううん、それは高校生になってからすでに始まっていたね。高校生になったから必死に自分を変えようと無理してさ、馬鹿みたい」

 悪意のある言い方。矢野恵都じゃなくても「馬鹿みたい」といわれたら腹が立ってくる。

「ねぇ、私、和久井さんに何か失礼なことをしたの?」

「何を今更!」

 紗江はきつい目をして益々怒り出した。

「ちょっと待って、なんで和久井さんが怒ってるのか私わからないの。ちゃんと説明してよ」

「だと思った。昔から矢野さんは大人しいふりして無神経だったもん」

「昔から?」

「中学三年の三学期、急に英一朗と親しくなってさ、私から奪ったじゃない」

 矢野恵都は紗江と英一朗と同じ中学だった? そして矢野恵都は英一朗を紗江から奪った? まさかの三角関係?

「和久井さんは英一朗と付き合ってたの?」

 それを訊いた時、紗江は肯定も否定もしなかった。はっきりといいたくない様子が違和感だった。

「ずっと英一朗ときさくに話をしていい関係だったのに、あなたが英一朗と親しくなったせいで、英一朗はあなたのことばかり見るようになった」

「私と英一朗の間には何かあったの?」

「それはこっちが訊きたいわよ。なんで英一朗をもてあそんでいるのよ」

「ちょっと待って、私が英一朗をもてあそんでいる?」

 矢野恵都と水瀬英一朗の関係がよくわからない。

「そうよ、卒業前までは仲良かったのに、高一でまた同じクラスになっても、英一朗のことを忘れたみたいな態度っておかしいじゃない。英一朗はあなたと話そうとしてたのに、あなたは避けている様子だった。だったらなぜ私たちの関係をあの時壊したのよ。あれ以来、私も英一朗とまともに話せなくなった」

 入学後、紗江の自己紹介が終わって目が合った時に冷たい態度を取った理由がこれだったのか。

 紗江は矢野恵都のことを嫌っている。

「要約すると、和久井さんは英一朗と付き合ってたけど、私が横取りしたってことなの? でも私は高校に入ってから英一朗を振ったってこと?」

 私が抱いている矢野恵都のイメージと噛み合わない。人の気持ちをもてあそぶようなそんな器用なことができるだろうか。

 それに英一朗は十月頃、虐めにあっていた矢野恵都を心配している様子だったし、そして何かに対して謝りもしていた。矢野恵都が振ったとは結びつかない。

「ひ、他人事みたいによく言えるわね」

 少し怯む紗江。

「そっちこそ、回りくどく言わずにはっきりと言ってよ。あなたは英一朗と付き合っていたの?」

 紗江はまた口を噤んだ。どうもこの点が曖昧に思える。そしてとうとう観念して紗江は口を開いた。

「付き合うとか、そういうのじゃなかったけど、英一朗とは家が近所だから小学生の時からよく遊んでたし、趣味も同じで本の貸し借りをしてたし、お互いの親同士も知り合いだし……」

 要するに幼馴染だ。でも紗江は英一朗が好きだったけどずっと秘めていたパターンだったのかもしれない。

 ここは自分の憶測だけど、英一朗は気弱な感じがするから、そのままずるずると紗江の押しに流されて接していただけだったのではないだろうか。それを紗江は付き合っているといいように解釈していた。

「私が現れたことで、和久井さんが望む英一朗との関係が壊れてしまった。でもそれは和久井さんの思い込みなだけで、私は関係ないよね」

「関係あるから言っているんじゃないの。英一朗は私と口をきいてくれなくなったし、その原因はあなたが私の悪口を言ったからじゃないの? あなたは英一朗を自分に振り向かせるために私の悪口を吹き込み、自分に気を引かせた。そして高校生になって派手な友達ができたらおたくな英一朗とは吊りあわないとお高く止まって振った」

 いくら矢野恵都のことをよく知らないからといって、この話を鵜呑みにできなかった。

「でも矢野さん、高校生に上がって眼鏡をはずしてコンタクトに変えて外見を変えても、あなたが一緒にいるあの派手な三人とは全然釣り合ってないわよ。あなたあんなキャラじゃないでしょ。いきがって調子に乗ってるんだろうけど必死にそれにしがみつこうと無理してるみたい」

 紗江の言葉が信用性に欠けるとわかっていても、聞き流せなかった。

 紗江の視点から見た矢野恵都はどこか的を射ているようにも聞こえたのが不思議だった。なぜそう思ったのか。それは今自分があの三人に嫌われたくないと思う気持ちと重なったからだった。

 でも矢野恵都はあの三人が本当に好きだったと思う。自分が目立ちたいから、周りにいいように思われたい理由であの三人と付き合っているんじゃないことだけは信じたい。

 何か言い返してやりたいと言葉を探しているとき、また体がシュワシュワし始めた。紗江が泡に邪魔されて遠ざかっていく。こんなところで元に戻るのがとても悔しい。

 私がいなくなるこの後、矢野恵都には強気で紗江と向き合ってほしい。負けないで。そう心に強く願いながら、シュワシュワを感じていた。

 はっとした時、どんよりとした空の下の屋上で私は小瓶を握りしめていた。

「お帰りなさい。なんだか顔がこわばってますね。また何かありましたか?」

 案内人がテーブルについて優雅にお茶を飲んでいる。小指を立ててカップを持っていた。

「何をしているんですか?」

「ずっと立っているのも疲れて、お茶を飲んで休憩しているんです。あなたも少し休んではいかかでしょう」

 こっちはいろんな過去に飛ばされて激しく感情を揺さぶられているときに、軽々しく言われるとむっとしてしまう。黙り込んでじっとしていた。

「その調子では矢野恵都を通じて嫌なことがあったみたいですね」

 穏やかにお茶を飲み、かちゃっと音を立てながらカップをソーサーに置いた。

 ここに戻ってくる度に私は飛び降りている矢野恵都を確認する。まだ何も変わってない。彼女はずっとあそこで時を止められたままだった。

 少しでも何か変化があればいいのに。私はため息を吐いて空いている椅子に腰掛ける。

 案内人は指をパッチンと鳴らして、私の目の前に湯気が立つ紅茶が入ったカップを出してくれた。

「砂糖はどうします? ミルク、レモンもありますよ」

「じゃあ、たっぷりの砂糖とミルクをお願いします」

 私の注文どおりに、角砂糖が突然現れてポトポトと五つカップに落ちていく。次にミルクピッチャーも現れ、どぼどぼと白い液体が注がれた。最後はスプーンが出てきて軽くかき混ぜてくれた。

「さあ、どうぞ」

 私は薦められるままそれを手にして飲んだ。あんなに砂糖を入れたのにほのかにしか甘みを感じられない。湯気が出てるのに思ったほど熱くもない。

「ぬるいしあんまり甘くないんですね」

「魂ですから、味覚は生きてる時と同じようには感じません」

 だからタイムソウルキャンディもあまりはっきりした味はしない。

 それでも私は落ち着かせるために紅茶を飲み干した。どろっとしたものがお腹に溜まっただけでお茶を飲んだ気がしなかった。死んでからだと生きているときと同じようには味わえない。それだけで寂しく気が落ち込む。

 その時、鼻に極甘の香りが感じられた。匂いだけなのに口に入れた時のように美味しく感じる。

「とてもいい匂い。まるで口の中で味わっているみたい」

「やはり、あなたにはこれの方がよかったですね」

 案内人が私の目の前にそれを差し出した。

「えっ、線香……」

「はい。今は色んなのがあるみたいで、これはキャンディの香りがするものみたいです。お線香はなくなった方の食べ物みたいなものですからね」

『チーン』と仏具のお鈴が鳴り響く空耳までしてきた。

 悲しいけど現実はそうだから何も言わなかった。

「これで落ち着きましたか? それじゃ何があったか、ご報告お願いします」

 案内人は立ち上がりホワイトボードの前でスタンバイする。私は何が起こったか説明した。

 全てを話し終えた後、遠い目になってしまった。

「その顔は納得してなさそうですね」

「だって、見た感じ大人しそうな矢野恵都が、英一朗に紗江の悪口を言って仲を壊し、彼に気があるふりしてもてあそぶでしょうか。私には紗江の言ってることが信じられないんです」

「さあ、あなたは時系列関係なく過去に飛ばされてますから、本当のことがまだわかってないのかもしれませんね」

「それはそうですけど、矢野恵都はとても純粋な女の子のような気がするんです」

「他に彼女についてどんなことを感じましたか?」

「気弱で、周りに気を遣って思ったことをはっきりと口に出すような子じゃないと思います。だから嘘までついて人の悪口を広めたりなんて絶対しないんじゃないでしょうか」

「それじゃ、もし他の人が紗江の話を聞いたらどう思うでしょう。矢野恵都が紗江のいうような人じゃないって信じるでしょうか?」

「きっと一緒にいる人は信じてくれると思います。紗江は絶対嘘をついている」

 好きな幼馴染を盗られたと被害妄想でそんなことを言ったに違いない。

「だけども、矢野恵都は仲がよかった三人とそのうち仲たがいするんですよね」

「あっ、それは」

 仲よくしている時はとても楽しいからつい忘れてしまっていた。そんなことにならないように、私は矢野恵都の代わりに過去を変えようとしている。いつの間にか、私自身が彼女たちと友達でいたいと思うようになっていた。でも私なら絶対矢野恵都よりも上手くできるはず。

「必ず、私がこの先も彼女たちと仲良くできるように過去を変えます。そうすることが矢野恵都の自殺を食い止めることができるはずです」

「そうですね。是非、頑張って下さい。私はいつだってあなたを応援してますよ」

 案内人さんが微笑む前で私はタイムソウルキャンディを小瓶から取り出す。黄色と白色がふたつ出てきた。ひとつ戻そうとした時、私はひらめく。

 もしふたつ一度に食べたら長く留まれるのではないだろうか。そう思うや否や私はふたつ同時に口に放り込んでいた。それを見ていた案内人は「あっ」と叫んでいたが、すでに私はシュワシュワっと泡に包まれて時間が巻き戻っていた。


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