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あの日、失われた欠片を君へと紡いだ青春パズル  作者: CoconaKid
第一章 課せられた使命
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 「えっ?」と私が振り返った時、口の中でピンクのそれはシュワーとあっという間に溶けてしまう。ほんのりとするかしないようなかすかな甘みと舌にざらつく粉っぽさを感じているその時、炭酸水の中に突然落とされ案内人の姿が視界から消えた。

 ザブーンと一瞬沈んだ直後、再びふわっと体が浮き上がりいろんな大きさの泡が周りで飛び交う。

 それらの泡は全て時計の針を中に持っていた。そのうちのひとつが私の目の前に近寄り針をぐるぐると反時計回りに回転させてはじけた時、真っ白な光の中で私の耳に音が入ってきた。

 パンパンとボールがはじける音。

 きゅっきゅと床がこすれる音。

 ばたばたと慌しく掛けていくいくつもの足音。

「パス」と誰かが叫んでいる。

 そしてどーんと自分の体に衝撃が走った。

 気がついた時、私は床で尻餅をついていた。

 私がきょとんとしていると、冷たい目が上から見下ろしていた。

「何してるの。邪魔だよ」

 嫌悪感を持ったその女の子の言い方は怖い。

「ええ……?」

 戸惑っていると、また次の女の子が「ちっ」と舌打ちしながら側を駆けて行った。

 みんなジャージを着て胸に赤または黄色のそれぞれのチームゼッケンをつけていた。

「いつまでコートの真ん中で座ってるの」

 また誰かが私に声を掛ける。その顔つきは嫌なものでも見るようだ。

 私はとにかく立ち上がる。振り返ればバスケットボールを奪い合っている姿が目に入った。そのボールは宙を舞いバスケットゴールへと入っていくと、拍手と歓声が沸き起こった。

 その直後、ボールが大きく弧を描いて私へと投げられる。それと同時に私へ向かって大勢が波のように迫ってきていた。恐怖で体が怯み動くことができない。

 これはバスケットボールの試合中だ。そうとわかっても、咄嗟のことに私はパスされたボールを受け取れなかった。体のすぐ側でバウンドしてむなしく後ろへ何回か跳ねて転がっていった。

「何してるのよ」

 誰かのイラつく叫び声。大勢がひとつのボールをめぐって追いかけていく。その雰囲気が恐ろしくて身を竦ませる私。

「ちっ」

 また舌打ちの音がした。嫌悪感と私を責める容赦ない苛立ちが伝わる。とても居心地が悪くてここに存在していることが嫌になってくる。

「ご、ごめんなさい」

 謝っても睨まれて許してもらえない。中には冷ややかに笑っている人たちもいる。

 そこでホイッスルの音が聞こえて、試合が終了した。

「はい、次のチームと交代」

 男性が指示を与えると、人々が移動していく。私は呆然と突っ立っていると、その男性が私の方を見て叫んだ。

「矢野、いつまでそこで突っ立てる、邪魔だ、早くコートから出ろ」

 私はキョロキョロと見回す。私の周りには誰もいない。ヤノ? もしかして自分のことだろうか。半信半疑になりながらも、ゆっくりとコートを出て壁際の隅へと向かった。

 ここは体育館だ。ヤノと知らない名前で呼ばれる私はようやく自分が今どうなっているのか把握する。

 私は過去に戻ってあの飛び降りた女の子の体に入っているんだ。そして今、体育の授業をしている。

 自分が着ているものをチェックする。

 紺色のジャージのズボン、上は半そでのTシャツだ。回りも同じ服装だ。中には紺のジャンパーを着ている人もいた。

 あの指示を出している男性は体育の教師だ。

 信じられない思いとどうしていいのかわからない戸惑いにおろおろし、心臓はドキドキと激しく波打つ。そして胸を押さえ感じたその鼓動に自分が今生きているとはっとした。

 これは自分の体じゃないけれど、再びこの世界に降り立った私。とても奇妙な感覚だった。でも周りの目が冷たくて私に突き刺さる。先ほどの試合でへまをしたことを怒っているのだろうか。

 固まっているみんなの中へと近寄り話しかけた。

「あの、ボールを上手く取れなくてごめんなさい」

 頭を軽く下げた。

 だけど、再び彼女たちを見れば、私を避けて移動していた。

 私を無視して自分たちだけで楽しそうに笑い、私なんかここにいないとでもいいたげに今試合をしている人たちを応援しだした。

 ボールが跳ねる音。「パス」と叫んでいる声。動き回る人たちのいくつもの足音。

 ボールが宙を飛んでゴールを掻い潜った。

「ナイスシュート!」

 彼女たちは掛け声を上げて盛り上がっている。みんな仲がいい。それが私への当て付けのようにも感じた。

 私はひとり置き去りにされながら、冷静にその様子を見ていた。

 その時、別のコートのボールが私の足元に転がってきた。

 それを手にしたとき、男の子がこっちに向かってきていた。

 体育館を半分に分けて、男子もバスケットの授業をしていた。

 私は周りに気をつけながら男の子に近づき、ボールを手渡した。男の子は戸惑った顔を私に見せる。恥ずかしがっているのだろうか。

「……あ、りがとう」

 とても小さな声だったけど、彼は私を無視しなかったから少しほっとして微笑んだ。

「どういたしまして」

 私の声と態度に彼はびくっとしていた。

「あ、あのさ」

 彼が何か私に話しかけようとした時、遠くから「エイイチロー、何やってんだよ」とせかす声が聞こえ、彼は慌てて私から去っていった。

 でももう一度私に振り返り私と目が合うと、彼は恥ずかしげに微笑んだ。その時の笑顔に私は反応してきゅんとしてしまう。頼りなさげだけど、そこが優しく見えてかわいい男の子だと本能で感じた。

 もどかしさと、どうしていいのかわからない迷いに揺れ動く彼のぎこちなさが、妙に甘ずっぱい。

 エイイチロウ君か。

 私もぽっと頬がピンクになるような気分になっていく。高校生で味わう青春のひとコマ。これは再びこの世に戻ってこれたメリットなのかもしれない。

 彼を目で追い、知らずと頬が緩んでいた。

「にたついて気持ち悪い」

「ほんと、そうだよね」

 話し声が耳についたので、そちらに振り返ると、ふたりの女子たちが私を見ていた。

 それらが私に向けられた言葉だとその時気がついた。

 厳密的には、この体の持ち主に向けられた言葉であって、中に入ったものとしてはそんなにダメージを受けてないのだが、本人にとったら嫌な気持ちになるだろう。

 ひとりぼっちで逃げ場もなく、おどおどとしているときに自分の悪口が耳に入れば、どうしようもなく動揺してしまう。ただでさえ自分が他人にどう思われているのか気になる年頃だ。そうとう図太くなければこういう状況は足がすくんで震えるに違いない。

 私は他人事のように客観的に見られるからまだ余裕だけど、それでも意地悪をする人たちを見ると感情が高ぶってくる。

 バスケの試合での罵倒、話しかけても無視、そして悪口。これは完全にいじめだ。

 屋上から飛び降りる原因がこれだとしたら、見過ごすわけにはいかない。そうだ私はこの自殺を止めにこの体に入ったのだから、これをなんとかしなくっちゃ。

 まずはどうしてこうなっているのか原因を知りたい。

 私は悪口を言っている女の子たちに近寄った。

「あの、なぜ私のことを虐めてるんでしょうか」

 単刀直入に訊いたその直後、彼女たちが面食らって私をじっと見ていた。

 落ち着きがなくなるとお互いを見て、どっちが一番に口を出すか確かめている。まるでそれは自分が主犯者じゃないといいたげだ。

「今、気持ち悪いって私の悪口言ってましたよね」

 私が問い詰めると、ふたりは少し離れたところにいた髪の長い女の子の方を向いて「リカ」と叫んだ。

 リカと呼ばれた女の子は、かったるそうにこっちを振り向き、私と目が合った。そしてゆっくりと近づいて来た。

 クラスに必ずいそうなきつい顔をした女の子。それがクールビューティと位置されそうに、女の子たちの間では一目を置かれてそうだ。

 そういえば、先ほどのバスケの試合でもすれ違いざまに私に向かって「チッ」と舌打ちしてきた人だった。

「何かあったの?」

 利香が言うと、近くにいた女の子は内緒話をするかのようにリカの耳に両手で囲った口元を持っていってゴニョゴニョとささやいた。

 それを見るだけでも、気分が悪い。人前で内緒話をする姿勢は仲間はずれの象徴だ。

「ふーん」

 リカがふてくされて私を見た。どんな風に説明をしたのだろう。わざわざ内緒話のように話したということは、私に聞かれたら都合が悪いから嘘をついている可能性もある。

 こっちがはっきりといえば、こういうやつらは面と向かってものが言えない。そして力のあるものに頼り、その陰で弱いものに対して威張り散らす。グループのリーダーに合わせれば自分の地位は守られるとでもいうように。なんてずるいんだろう。

「恵都、あんたさ自分が何やったか忘れたの。今更えらそうに開き直るって最低じゃない」

 この体の持ち主はどうやら「ヤノケイト」という名前らしい。そして何かをしてみんなに嫌われていじめられている。

「それで、私は一体何をしたというの?」

 私は本人じゃないから訊くしかなかった。その時の周りのみんながリカを気にしながら顔色を窺う。みんなの顔がゆがむほど気まずいものが漂って、唯一、リカだけが落ち着いて私をギロリと睨んでいる。

「自分はやってないと言いたげだけど、今更強気に突っかかってきてどういうつもり? この間までは黙りこんでいたのに」

 益々リカの心証が悪くなっている。彼女の苛立ちが目に見えるようだ。

 何をやったのかがわからないから、私はどう受け答えしていいのか言葉に詰まってしまう。誰か私の味方はいないのだろうか。

 周りは気になって私の方を見ているものの、だれも助けにこようとしない。

 何もわからないことをどうやって解決すれば「ヤノケイト」のためになるのだろう。私は彼女じゃないから、状況がよくの見込めなくてこのままでは何の解決もできないように思う。

 これはまずい。

 なんで案内人は事前にある程度の情報をくれなかったのだろう。

 こんな状態でどうやってヤノケイトの自殺を回避すればいいのだろう。

 彼女はクラスのほとんどの女子から冷たい目で見られて孤立しているということだけは知れた。

 そしてこのリカという人物がこのいじめの主犯者に違いない。みんな彼女を中心としてヤノケイトを虐めている?

 でもそこからどうしていいのかわからない。

 ヤノケイトには味方がいない。ひとりで踏ん張って耐えているけども、心の中はずたずたで針の(むしろ)の上にいる気分だろう。

 ずっとひとり。周りの白い目の中でヤノケイトは怯えて苦しんでいる。

 屋上から飛び降りるということは、それに耐えかねて絶望したということだ。ヤノケイトをそこまで追い詰めた彼女たちが私はとても憎くなった。

「なんだよ、その目つき。嫌に今日は反抗するんだね。どういう風の吹き回し?」

 リカが言うと、周りもざわざわと私を見て戸惑っている。

「恵都、なんかいつもと違わない?」

「気でも狂ったみたい」

 小声でもしっかり私の耳に入った。

 そりゃそうよ、見かけはヤノケイトでも中の人は違うんです。自分も誰だかわからないけど、今言えることは唯一のヤノケイトの味方だということ。私だけが彼女を守れる。守らなくっちゃ。

 そう強く思ったとき、またシュワシュワシュワーっと炭酸水が体から溢れてくる感覚にとらわれた。

 泡の中のいくつもの時計の針が時間を進めるように早く回りだした。

 そしてポンとはじけた時、私はあの屋上に降り立った。


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