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あの日、失われた欠片を君へと紡いだ青春パズル  作者: CoconaKid
第三章 見えてくる気づき
15/25

「お帰りなさい。なんだかとても落ち着いた表情をされてますね」

 案内人が軽く微笑んだ。

「はい、きれいな花に囲まれて穏やかな気持ちになってました。もしかしたらいい風に変えられたんじゃないかと……」

 私の中で手ごたえを感じていた。まだ飛び降りている矢野恵都を確認していない。

 目を瞑り、振り向いて少しでも変化が現れていることを期待して目を開けた。

「ええー、嘘、何も変わってない。どうして?」

 あっという間に落胆してどん底に陥った。

「まあ、そんなに落ち込まないで下さい。飛び降りないようにするための要因を変えないといけないのでしょう。そこにあなたはまだ到達してないだけです」

「でも、今回は矢野恵都が三人と仲良くなった経緯がわかって、私も積極的に意見を言って、仲間意識が強まった気がしたんです」

 私は案内人に迫って力説していた。

「ちょっと落ち着いて。それじゃいつものようにまとめましょうか」

 案内人は私の説明を聞きながらホワイトボードに情報を書き込んでいく。段々書き込む場所がなくなってくると、もうひとつ隣に新しいボードが現れた。

「今回は立之絵梨という新しい人が加わりましたね。そして職員室の前でぶつかった野球のエース、飛鳥先輩。このふたりは部活が同じで面識ありですね」

 登場人物が増えると相関図らしくなってきていた。でも形が見えてきてもなんの解決にもなってない。

「そんなにがっかりした顔をしないで下さい」

「そんな風に見えるんですか。そういえば私最初は雑な人間の形をした魂でしたよね。後に人間らしくなりましたけど、表情も人間に近づいたんですか?」

「気がつきませんでしたか? 矢野恵都に入っていることもあり、次第に彼女に近づいてきてるんだと思います」

 私は自分の体を見つめる。

「これって自分の想像した姿になれるんでしたっけ?」

「イメージで自由自在ですね」

 私はその時、利香の姿を思い浮かべた。

「どうでしょう、利香に見えますか?」

「そうですね、そんな感じというのか、矢野恵都とは正反対の雰囲気の女性ですね」

 案内人でもやはりそう思えるらしい。

 そのうち利香の姿のままでいるのはとても疲れてきた。自然に任すことにした。

「魂でも、慣れない姿になるのは無理が生じるんですね」

「そうですよ。自分の心には嘘はつけないでしょ。思うままに自然に任せるのが一番です。あなたは矢野恵都の心とリンクしてしまったので、かなり自然にイメージが出来上がって彼女の姿に近くなったんでしょうね。だけどあそこにいる本物の矢野恵都とは顔つきが違って、私には別人に見えますけどね」

 私は魂だから矢野恵都に似てようが似てまいがどっちでもいい。ていうか、いつ飛び降りている矢野恵都の顔を見たのだろう。あんな悲惨な状態では人相も変わっているだろうに。

「そうそう、言い忘れてましたが、あなたが本当の自分の姿を見て、それが自分だと気がついたら魂の姿は生前のあなたの姿になることでしょう」

「私は生前の自分が誰だか気づけるんですよね」

「はい。そうなると思います」

「だけども、まずはあそこにいる矢野恵都の運命を変えないと私も生き返らない」

「その通りです」

 何度もそれは案内人から言われていることだ。だけど私は自分に言い聞かせた。

「私、今回のタイムリープで花に囲まれてお弁当を食べたことで、すごく幸せを感じたんです。なんてきれいなところで楽しく食事ができるんだろうって。私は自分の姿でそれをやってみたいと思ったんです」

 案内人は黙って頷く。

「それと、私が矢野恵都を助けて自分も生き返ったら、彼女に会いに行けるでしょうか」

「それも報酬の条件に追加しましょうか?」

「はい、お願いします」

 私は生きて、矢野恵都に会いに行きたい。

 だからあなたも生きて。

 私は小瓶からパープルのタイムソウルキャンディを取り出した。また落とさないように気をつけて口の中に入れる。

 十一回目のタイムリープが始まる。すっかりシュワシュワに慣れてしまい、もっと強烈な刺激が欲しいと思うようになっていた。


「今日のところはこれで終わりだ。それから、矢野、あとで職員室に来てくれ」

 私の意識がはっきりとした時、佐賀先生に名を呼ばれた。先生は教室を去り、クラスは一気に騒がしくなった。黒板を見れば、六月二十日となっていた。時計は三時二十分を差している。全てが終わった放課後だ。窓の外は細い銀の糸のような雨が降り、全てを灰色の味気ない世界に変えていた。

「恵都、先生に呼ばれていたけど何かあったの?」

 前の席の女の子が振り返って訊いてきた。絵梨だった。遠足の時も前の座席に居たけど、教室でも席が近いせいで彼女と親しくなっている様子だ。

「ううん、心当たりないんだけど」

 中の人は今来たばかりなのですよと心で思いつつ、笑ってごまかした。

「恵都、あんたなんかやらかしたの?」

 清美が寄ってくると、同じように由美里と利香も心配して集まってくれた。

「わかんないんだけど、私、最近変なことしていた?」

 一応訊いてみた。

「恵都が先生に怒られるようなことするわけないじゃない」

 利香は強く否定する。

「でもさ、たまにぼけっとしてて話が合わないときあるじゃん。そんなときに何かやらかしたんじゃないの?」

 由美里はからかいも入っているが、やはりどこかで私と矢野恵都が入れ替わる時に食い違いがあることを気にして言っているのかもしれない。

 いつもその辺がどうなっているのかわからないので、不安になってしまう。

「ちょっと由美里、あんたの方が先生に意見したりしてよほど危ない立場だと思うんだけど。恵都が悪いことするわけないじゃない」

 清美は一蹴する。基本的に清美は客観的に物事を見ていて、人の意見に左右されない信念がある。今は矢野恵都を信じているのが伝わってくるけど、この先にやってくることを考えると胸が痛くなる。この清美が矢野恵都を疎ましく思うなんてよほどの理由がない限り起こらないはずだ。だからこれから一体何が起こっていくのか。私はその理由を見つけてなくては矢野恵都を救えない。そこさえわかれば、あの不幸な出来事を阻止できるはずだ。

 タイムソウルキャンディは数少なくなっている。ここで変化が起こる動きをしなければあの未来は変えられない。急に奮い立ってくる。

「とにかく私、先生のところに行ってくるね」

 私は立ち上がる。

 視界が一気に開けた時、黒板の前に居た英一朗が私を見ていてすぐさま目を逸らした。声は掛けられないけど、気になっているみたいだ。

 矢野恵都に集まる友達が似合っていないと彼は思っているのだろう。自分から遠ざかった矢野恵都に寂しくもあり、歩み寄ろうとしてこない彼女に腹立たしくもあってもやもやしてそうだ。

 矢野恵都も英一朗の意識した気持ちをわかっていたけど、この時は利香たちと一緒にいる方が楽しかったに違いない。

「私たち、教室で待ってるからね」

 利香は心配して気を遣ってくれている。

「いいよ、先に帰ってて。いつ戻れるかわからないし」

 私が遠慮すると、清美も由美里も「私たち暇だから」「気にすんなよ」と声を掛けてくれた。どれだけ心強かっただろう。私は「うん」と頷いてドアに向かった。ずっとこのままの三人でいてほしい。

 そして教室を出る時に振り返り手を振る。その時見た光景にはっとして少し胸がズキッとしてしまう。そこに当たり前のように絵梨がみんなの輪の中に溶け込んでいたからだった。

 絵梨があの三人と一緒にいると自分のポジションをぐっと押してくるような、そんな威圧を感じてしまった。

 絵梨と席が近かったから偶然だと言い聞かせ、私は職員室へ向かった。

 職員室に入る前にぐっと体に力を込め、覚悟して挑んだ。矢野恵都が担任の佐賀先生に呼ばれた理由は何かある。慎重にしないと、それが矢野恵都の虐めに繋がる恐れがあったら困りものだ。中に入り辺りを見回す。本や書類がごちゃごちゃに積み上げられた机に向かって佐賀先生が作業をしている姿を見つけた。

「先生、何かご用ですか?」

「おっ、矢野か。急に呼び出してすまないな。とりあえずここに座って」

 隣の席の先生が居ないことをいいことに、勝手にその先生の椅子を勧められた。

 仕方なく軽く腰を下ろし、先生と向き合った。

「矢野は和久井と中学が同じだったんだよな」

「はい」

 頼りなく答えたけど、なぜ紗江の話になるのだろう。その嫌な思いが私の顔に出てたのを佐賀先生は注意深く見ていた。

「実はな、和久井がクラスで虐められているんじゃないかって聞いてな」

「はい?」

 ちょっと待ってほしい。紗江が虐められている? もしそうだとしてもなぜ矢野恵都がそれについて答えないといけないのだろう。

「それで、矢野と和久井は中学からあまり仲がよくなかったんだってな。矢野が和久井の邪魔をしたり嫌がらせをしていたことがあったらしいな」

「それ、誰が言ってたんですか? 言いがかりです。私の方が和久井さんに嘘をつかれて……」

 ここまで言った時、私が知っているのは英一朗の母親に私の悪口を吹き込んでいたことくらいだった。実際、紗江は矢野恵都を嫌っているのはわかるが、私にはそれを説明するだけの過去のことを知らない。

 それよりも今この問題で一番大事なことは、佐賀先生は矢野恵都が紗江を虐めている主犯格と思っていることだ。

「あの、先生、私を呼び出したのは私が和久井さんを虐めてると思ったんですか?」

「いや、あくまでも矢野からも話を聞きたいと思って、決め付けていると言う訳では……」

 語尾の歯切れが悪い。

「それで、和久井さんは本当に虐められているんでしょうか?」

 クラスに飛び飛びにやってくる私には、紗江が虐められている様子がわからない。憎たらしい感じだけはいつも読み取れる。

「本人にとったらそう感じているみたいだ」

 その言葉を聞いたとき、私ははっとした。これは紗江本人の告げ口だ。

「和久井さんが私に虐められていると先生に報告したんですね」

「そ、それは、いろんな人からの話をだな」

 矢野恵都と紗江が同じ中学で、そのころからの確執があるとはっきりと言えるのは本人の紗江しかいない。

 佐賀先生はこういうことに慣れてない。慣れてないけど、早く解決したいと先走っている。矢野恵都の気持ちなど考える余裕も全くないし、中立でもない。

 今は私がこの問題を受け止めているけど、矢野恵都はこのことに対してかなりショックを受けるだろう。自分の意見をはっきりと言えないようにも思う。

 まさか紗江を隠れて虐めていたとみんなから誤解されて、それが原因で矢野恵都にターゲットが変わったのじゃないだろうか。憤りながら頭の中でぐるぐるして、上手く対処方法がわからない。

 これも紗江の策略だとしたら、矢野恵都ははめられた? 英一朗の母親の時のように――。

「和久井さんは思い込みが激しいので、いつも私の方が攻撃されていました。よほど私が嫌いだから、私を虐めの主犯格にして自分は被害者になりたいんだと思います。それに本当に虐められているんでしょうか。ただ自業自得で嫌われているだけじゃないんでしょうか」

 つい言ってしまった。

 佐賀先生は私がはっきり意見を述べたので面食らっていた。

「和久井は嫌われているのか?」

「他の方も言ってましたけど、結構きつい言い方をしたり、気にいらないと相手を睨んだりすることがあるそうです」

「誰が言ってたんだ。その人たちからも聞かないと」

「私は告げ口なんてしません。それは和久井さんとその人たちの問題なので、私がとやかくいうことじゃないです。先生もひとりの意見、この場合本人の意見でしょうが、それを鵜呑みにしないで、もっと周りを見てから慎重になって下さい。私だってこれから何が起こるかわからないんです。ほんの少しのことが、また誰かの問題となって変な方向へ進むこともあるんです。そこで傷ついて、誰の助けも得られなくて、そして絶望して生きる希望がなくなることもあるんです。上手くいっているように見えても、それはとてももろくて壊れる時はあっという間に壊れてしまう。そういう場所に私たちはいるんです」

 一気に話して息切れししまう。

 先生は口を半開きでぽかんと私を見ていた。急に何を話しているんだと言いたげな顔だ。

「そ、そうか。それで矢野は和久井と問題はないのか? お前たちふたりのことなら話せるだろ」

 先生は何もわかってない。ここで私が紗江のことを嫌いで、かかわりたくない存在と正直に言えると思っているのだろうか。それを言ってしまえば、私が虐めに加担している可能性を与えてしまう。

 あれ、今、私が紗江のことを嫌いだと思っている。私は矢野恵都じゃないのに。

 私が矢野恵都の中にタイムリープして紗江を知れば知るほど、それは自分の思いになって嫌な人だと感じていた。

 その時関わりたくないと無視をしてしまう。もしかしてそれが紗江にとったらいじめという定義になるのかもしれない。

 決して紗江とは交わりたくないけど、この先矢野恵都も仲間はずれにされて孤独になって辛い思いをすることを考えると、その気持ちはわからなくもない。

 なんかしゃくだけど、どこかで歩み寄る部分を見せないと嫌いだからといって傷つけていいものでもない。それでも相容れない部分もあって素直に認め合うこともできない。

 私はどうするべきなのだろう。矢野恵都のために何を言えばいいのだろう。顔を上げて先生を見つめた。

「どうした、矢野、何でも正直に話してくれ」

「人間関係って難しいですね」

「えっ?」

「直接関係ないと思っていても、自分のやっていることが相手にとったら不快になったり、相手は自分のことをどう思っているのか自分の評価が気になったり、楽しそうにしている人たちが眩しく見えて、自分だけが取り残されていると疎外感や孤独感を感じたり、これでいいのだろうかと周りの目を気にしすぎたり、相手の話す言葉に敏感になったり、私は嫌われてないだろうかと不安になったり……それでも先生の目からみたらクラスの表面上はなんの問題もなく見えると思うんです。でも内に秘めたる部分で私たちは悩むんです」

 それは気軽に話せない部分。いえないから悩むんだ。

「だからそういう時は先生に打ち明けて欲しいといっているだろ」

 男の先生になんて、ましてや正直に自分の気持ちなんて伝えられない。先生にとったらそれが理想の姿なのだろうけど。だけど矢野恵都は誰にも相談できずに屋上から飛び降りてしまう。誰にも悩みを話せなかった。死ぬほど苦しんでいた。

「和久井さんは先生に相談したんですよね」

「まあ、そうなんだけども」

 素直に認めた。

「先生に相談できる和久井さんはまだ強く、そこに相手に対してなんとかしたいという戦う姿勢がみられます。本当に悩んで辛くて死にたいと思っている人は自分から言えないです。逃げ場がなくてどうしようもなくなって消えてしまいたいって思って、そして自殺……」

「お、おい」

 先生は言葉に詰まった。

 私は矢野恵都の気持ちを代弁したかった。でも先生に言ったところで、それはこれから起ころうとしていることで、まだ実際には矢野恵都は悩んでない。先生の耳にはとんちんかんに聞こえたかもしれないが、この先、矢野恵都を注意深く見てくれるきっかけになるかもしれない。先生が本当に生徒ひとりひとりのことを考えてくれていたら、矢野恵都の変化にも気づいてくれるはずだ。もしかして屋上のドアの後ろは先生だったとしたら。だったらここで屋上で起こることを予め仄めかして、実際に起こる時間よりも五分早く来て欲しいと言っておけば、矢野恵都は助かるかもしれない。

 矢野恵都の自殺を止める手段はこれなのかも。

 そう思うや否や私の胸がドキドキとしてきた。矢野恵都を今度こそ救えるかもしれない。

「先生!」

「なんだ、急に叫んで」

「十一月一日……」

 そこまで言いかけた時だった、先生の視線が私の後ろに向いていた。私が振り返ればそこに紗江が立っている。なんでこんな時に。

「先生、やっぱり矢野さんが私の悪口を言ってみんなに無視するように言ってたでしょ」

 紗江がギロリと睨んだ。

「和久井、まだ矢野と話しているところだ」

 佐賀先生は紗江が堂々とやってきたことに驚いていた。

「私、和久井さんの悪口なんて言ってません。和久井さんの方が勝手に私を悪者にして虐めてます。私のことが嫌いだから」

 私も負けずに主張する。

「あなたが中学の時の話を持ち出して、私に嘘を吹き込まれたって言いふらしてるんじゃない」

「してないわよ。でも嘘を吹き込んで私の評判を落としたのは事実よね」

「そんなの知らないわ!」

 どうしてはっきりと言い切れるのだろう。こういう人は本当にやっかいだ。

「はいはい、ふたりとも落ち着きなさい」

 佐賀先生はなだめようと必死だ。

「先生、どっちの言うことを信じるんですか?」

 紗江は佐賀先生に迫った。佐賀先生は困り果て、私の顔を見ていた。そこに紗江の言い分を信じ切れてないものが窺えた。

「信じる、信じないの問題じゃなくて……」

 語尾が弱くその後の言葉が切れている。

「それじゃどっちが嘘をついていると思いますか?」

 私が問いかけた。

 それについて先生は黙り込んだ。そして考えてから口を開いた。

「本人にしてみればそれは嘘ではないのだろう。どっちも嘘をついているようには見えない。今問題なのは和久井がみんなから虐められているということだ。それは解決しなければならない。矢野も和久井を無視しているのか?」

「私たちはただ話をしていないだけです。それが無視なんですか?」

 関わりたくないから避けてる。そんなの誰にでもあることだ。

「しかしな、この間の遠足で和久井はひとりでパーク内を歩いていたのを僕も見ているしな」

 遠足? 前回のタイムスリップをしたときのことだ。私はバスから降りてお弁当を食べたところまでしか知らない。

「どうして? ちゃんとグループに分かれての行動だったのに」

「だから虐められてるって言ってるでしょ。矢野さんが私の悪口を言ってみんなに無視するように仕向けた。それしか考えられない」

 紗江の言い分で何かがひっかかる。それは先生も同じ思いだった。

「和久井、なぜ、矢野が無視するように仕向けたと言い切れるんだ?」

「だって、それは私と矢野さんの間にはわだかまりがあって、矢野さんはそれを怒っているから腹いせに私に仕返しを……」

「わだかまりとはなんだ? それに怒っているから腹いせに仕返しって、和久井が先に何かをしたからってことになるぞ、その言い方では」

 佐賀先生、ちょっとナイス突っ込み。

「あっ、その」

 紗江も自分の矛盾に気がついたみたいだ。やはり英一朗の母親に私の悪口を言ってることは認めている。きっと他にも私が知らない嫌がらせをやっていたのかもしれない。

「とにかく、私は和久井さんの悪口なんて誰にも言ってません。勝手に和久井さんがそう思い込んでいるだけです。無視されて虐めが起こってるのは和久井さんのグループの人たちでしょ。先生もそっちを先に聞くべきじゃないんですか?」

「そ、そうだったな。でも和久井が矢野を名指しするからつい鵜呑みにしてしまった。すまなかったな矢野」

 なんとか通じたみたいだ。でも紗江は納得がいかない顔をしている。

 私は紗江に向き合った。

「でもね、和久井さん。あなたはとても強いと思う。そうやって自分の問題を自分で解決しようとしてるから」

 そういうところは尊敬すべきところなのかもしれない。矢野恵都も紗江の強さが少しでもあれば自殺を選ぶことはないだろう。

「ふん、何よ、馬鹿にしないで」

 最後まで矢野恵都が気に食わないようで、紗江は首を横に振ってわざとらしく悪態をつく。

「ううん、そうじゃない。私は純粋に羨ましいと思っただけ」

 何を言ったところで紗江は反発する。だから私は立ち上がり「疑いが晴れたので失礼します」と先生に一礼しさっさと去っていく。

 後ろで佐賀先生が矢野恵都の名前を呼んで呼び止めるけど無視をした。あとは紗江とふたりで対策を練って欲しい。

 紗江の悪口を言わなくても、関わった人はみんな嫌気が差して離れたくなる。そのことに紗江は気づいてないから、被害妄想で誰かに意地悪をされていると結びつくのだろう。

 人と接する時は鏡のようなものなのに、自分が嫌われることをしたり、言ったりしているのが自覚なさそうだ。矢野恵都も英一朗も特に気が弱いから振り回された口だろう。

 紗江はまだ何かを仕掛けてくるのかもしれない。それが矢野恵都の虐めに繋がらないことを願いたい。

 まだ利香たちは教室で待っていてくれるだろうか。シュワシュワが来る前に教室に戻りたい。早足で廊下を歩いていると、佐賀先生に矢野恵都を救うための手回しができなかったことを思い出した。やっぱり紗江が関わると碌な事がない。

 ぶつぶつ言いながら、教室へ戻ってきた時だった。利香たちの顔を見て喜んだのも束の間、絵梨も一緒にいて楽しく笑っている姿に私はショックを受けてしまった。

「あっ、恵都、お帰り。どうだった?」

 利香が明るく出迎えてくれた。

「先生に何を言われたの? ねぇ?」

 清美は内容を知りたがって催促してくる。

「えっと、その」

 正直に言うべきだろうか。なんだか躊躇してしまう。

「悪いニュースなのか?」

 由美里は不吉なことのように顔をゆがませた。

「その、なんていうのか、個人的なことだったんだけど」

「もしかして、私が居るから言えないとか?」

 絵梨が言った。自分がこのグループの部外者だと自覚している様子だ。

 そういえば、絵梨は紗江と同じグループのはずだ。絵梨がいるなら確かめた方がいいのかもしれない。

「そんなことないよ。却っていいかもしれない。あのね、絵梨のグループは和久井さんと何かあったの?」

「どうして?」

「和久井さんが虐められてるのかって先生に聞かれたんだ」

 絵梨の顔つきが強張った。

「ちょっと、なんで恵都がわざわざそんなことで呼び出されるの? 関係ないじゃない」

 利香は納得がいかないと庇ってくれる。

「私、和久井さんと同じ中学でさ、ちょっとトラブったことがあって、それで和久井さん、私が悪口を言いふらしてるって思い込んでたみたいなの」

「ああ、あのことじゃない?」

 絵梨のさらっという言葉に私は驚く。

「どういうこと?」

「ほら、和久井さんのことが苦手だって私に言ったじゃない」

 いつ矢野恵都は絵梨にそんなことを言ったのだろう。でも言ったとしてもそれは悪口じゃなくて、相性の問題だ。だけど心臓がドキドキして落ち着かない。

「それは色々と彼女とあったから……」

「うん、わかる。私もそうだから。私も同じ気持ちだったからさ、話が合ったじゃない」

 矢野恵都は絵梨と紗江の話を出汁にして仲良くなったってことなの?

「それ、私もなんとなくわかる。話したらちょっとトゲがあるというのか。私もかちってきたことあったよ」

 由美里が同意した。

「私、一緒にいるのが我慢できなくてさ、それで離れようと思ったんだ。それを虐めって彼女は思っているのかな?」

 絵梨の言いたいこともわかる。でも今私は一緒になって紗江のことを話すべきじゃないと警告音が心で鳴り響く。みんなで集まってのこういう展開は嫌いだ。

 ひとりが誰かの嫌な部分を話して仲間が同じ気持ちと言ったとき、それはいい結果を生まずに悪口へと繋がっていきやすい。こういうところから、排除する傾向が生まれてそれは虐めになってしまう。

「それは絵梨が和久井さんにはっきりいって解決して」

「そうだよね。恵都に迷惑かけたみたいでごめんね」

 絵梨は意外と素直に謝ってくれた。

「そっか、それで絵梨は最近ひとりで行動してたんだ」

 清美が言った。

「恵都が仲良くしてくれたし、その繋がりでみんなも気を遣ってくれたから助かったよ」

「だったらさ、うちらのグループに移ってくればいいじゃん」

 清美が簡単に誘った。

「嫌なやつと一緒にいることないしさ」

 由美里も同情して賛成している。

「ほんとにいいの?」

 絵梨は利香の方を見ていた。

「すでに友達じゃないの、ねぇ、恵都」

「そ、そうだよね」

 心の中ではとても嫌だった。だけど矢野恵都はすでに絵梨と仲良くなっていたと知らされたら、私はそれに従うしかない。

「困っていた私を恵都が仲良くしてくれたお陰だよ。本当にありがとう」

 絵梨は私の手をとって喜んでいた。矢野恵都にしたら新しい友達ができて喜んでいたのかもしれない。

 でも絵梨は見た感じいい人そうで、恵都のことを他の三人よりも気に入ってそうだ。本当に絵梨と仲良くなれたのかもしれない。

 でも五人で上手くやっていけるのだろうか。

 窓の向こうの雨はまだ降り続け、雨脚は強くなっているように思える。水滴が激しく窓を伝って流れていく。私の心の中にも激しい雨が降ってきたように思えた。

 不安になっている時、ここで終わりを告げるシュワシュワがやってきた。

 矢野恵都、あなたは絵梨がグループに加わることを喜んでいますか?

 絵梨の笑う顔を見ながら炭酸水の中に私は落ちていった。


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