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あの日、失われた欠片を君へと紡いだ青春パズル  作者: CoconaKid
第二章 真実とイメージ
12/25

「お帰りなさい。八回目のタイムリープはいかがでしたか?」

 案内人の声に反応し、戻ってきたことに気がつく。

 すぐに屋上の端に振り向き矢野恵都を確認したが、何の変化も見られなくてがっかりだった。彼女に近づきたくて手を前に出しながらゆっくりと進んでいく。途中で見えない壁に触れた。

 まだ彼女の元には近づけないけど、自分が屋上で動ける範囲がさらに広がっていることを知った。

「また空間が広がってます」

「そうですか、やはりタイムリープするごとに、あなたが動ける範囲も拡大していくんですね」

「案内人さんが広げてるんじゃないんですか?」

「いえ、私じゃありません。それに広がりすぎたら、万が一あなたが逃げた時に追いかけるのが疲れますからね」

「私、逃げませんって」

 こんな屋上くらいの広さで私が逃げたらただの鬼ごっこだ。

 私は案内人のところへ戻り、全てを報告する。案内人はホワイトボードにメモを取った後「ふむ」と考え込んだ。

「どうしたんですか?」

「あなたは日常のありふれたことでも愛おしく感じて、生について意識が高まりましたね」

「ダメなんですか?」

「そんなことないです。そうなると、自分の生前についてそろそろ気になる頃かなと思いまして」

「もしかして生前の私にすでに会っているんですか?」

「今はまだ具体的なことは伏せておきます。必ずあなたは気がつきます。これがヒントだと思っておいて下さい」

 こんなことを言われるともっと情報がほしくなる。そういう目をしていたのだろう。案内人は急にかっこつけて、人差し指を前に突き出して「チッチッチ」と左右に揺らした。

「あなたが優先すべきことは矢野恵都を救うことをまず念頭において下さい。それができないことには、あなたの生き返るチャンスもなくなるのですから」

 自分が生き返るチャンス。

 最初聞いたときよりも、重みを増した。

 もしかしたら自分は死ななくてもよかったのではないだろうか。未来で夢を持ち続けてもっと人生を長くできたかもしれない。

 また矢野恵都を見つめる。なんとかこっち側へ引き戻したい。手元の小瓶を見つめれば、タイムソウルキャンディが半分くらい減ってしまっていた。

「焦りは禁物ですよ」

 案内人には全てお見通しのようだ。

 私は考え事をしながらまたひとつ取り出し、動作だけはいつもの慣れで機械的に口に放り込む。あれ、今、何色を食べたっけ? 白だったか黄色だったか、あやふやになってしまった。

 過去に戻る泡に包まれ、それが収まった時、私は夕刊を手にして玄関先で靴を脱ぎかけていた。はっとして、その夕刊の日にちを確認した。

 十月二十五日となっている。これでこの日に戻ったのは四回目だ。なぜかこの日だけは続きに繋がる。

「あら、恵都、帰ってたの。黙って入ってきたら泥棒かと思うじゃない。最近近所で空き巣があったって聞くし、びっくりするわ」

 この人は誰だろう。

「何、どうしたの。早くあがりなさいよ。いつまでも突っ立って見つめて、お母さんの顔になんかついてるの?」

 矢野恵都のお母さんということは、今私は自宅に居る。

「ほら、早く手を洗って来なさい。これから寒くなるし、風邪引かないでよね」

 口やかましそうな感じがした。

 私が持っていた夕刊を奪い、母親はパタパタとスリッパの音を立てながら奥へ引っ込む。ふんわりと流れている煮物の匂いが鼻をかすめると、久々の美味しそうな食事の匂いに鼻で深く息を吸い込んでいた。

 廊下と二階へ続く階段が目に入る。突き当たりの奥がキッチンとリビングがある様子だ。手前に二つのドアと一つの引き戸が廊下を挟んで向かい合わせにあった。

 適当にドアを開ければ、一つ目はトイレだった。その隣のドアは洗面所とお風呂。そこでとりあえず手を洗う。

 顔を上げれば鏡に映る矢野恵都の顔だ。数時間前は嫌な思いに目を赤くして泣いていた彼女だったけど、ここで私はにっと笑った。

「笑ったらかわいいよ、矢野恵都」

 うんと自分で頷き、洗面所を後にして奥へと進んだ。

 よりいっそう料理の匂いが強くなり、お腹が無性に空いてきた。案内人が用意した線香の匂いなんかよりもとっても食欲がそそった。

 中へ入れば、キッチン、ダイニング、リビングルームと一続きになったオープンな空間が広がる。吐き出し窓の向こうには小さな庭があり、草木が茂っていた。

 食器棚の他にラックが置かれて、ぎっしりと物が入り込みごちゃごちゃとした印象だ。ソファーの上にも取り込まれた洗濯物が積まれている。生活感に溢れた光景は私の目には居心地よく見えた。

 ぐつぐつと煮えている音に振り返れば、キッチンカウンターの奥で母親が料理をしている。何を作っているのだろう。

「今日の夕ご飯は何?」

 恐る恐る聞いてみれば、母親はくるりと振り返った。

「あら、夕飯のことを訊いてくるなんて珍しいわね。最近食欲がなくてあまり食べたくないとか言ってたくせに」

 食欲がなくなった本当の理由に母親は気がついてない様子だ。

 母親はお鍋の蓋を開けて中を覗き込みながら「今日は有り合わせで作った肉じゃがよ」とぶっきらぼうに言った。まるで嫌々作っているみたいだ。

「すごくいい匂い」

 死んでからまともな食事をしたことがない私には(よだれ)がでるくらい食べたくて仕方がない。

 でも母親は「えっ?」と振り返る。私も「えっ?」と顔を見合わせた。

 褒め言葉なのにどういうことだろう。

「早く着替えて、少しでも勉強すれば? お父さん帰ってくるまでまだ時間があるし」

「うん」

 母親との関係がよくわからなかったけど、また廊下に戻った。恵都の部屋がありそうな二階に向かってそろりそろりと階段を上る。

 手前からドアが三つあるが、どれが恵都の部屋なのだろう。

 とりあえず一つ目を開けてみた。薄暗い部屋の中で、誰かが机についていた。

「何、もうご飯なの?」

 振り返ったとき、私を見て急に目を三角にして怒り出す。長い髪が顔を覆いかぶさり、すごく迫力があって怖い。

「恵都、何勝手に私の部屋に入っているのよ!」

「あっ、ご、ごめんなさい」

 間違えて矢野恵都の姉の部屋を開けてしまった。脱ぎっぱなしの服や、雑誌、お菓子の包みなどかなり散らかって床に散乱している。

「早く出て行ってよ」

 矢野恵都と仲が悪そうだ。

 母親との関係もあまり良好そうとも思えなかった。矢野恵都は家庭でも心休まっていないのだろうか。

 姉の部屋のドアを閉めても、奥からギャーギャー騒いでいる声が聞こえる。

「何しに来たのよ、あいつ。いつもいい子ぶりやがって」

 罵る言葉で悲しくなっていく。矢野恵都なら間違って入ることはなかったから、勝手に開けた私が悪いにつきる。

 次のドアを開けば、整理整頓されたきれいな部屋だった。キルトカバーが掛かったベッド、シンプルな勉強机、小説や漫画が並んだ本棚、小さな箪笥とその上にはかわいいぬいぐるみも置かれている。

 恵都の部屋に違いない。

 中に入って辺りを見回した。本人の了解なしに部屋の中を物色するのはいけないことをしているようでドキドキする。

 でもこの部屋には面白みがないように思えた。あまりにもきっちりとして、隙がない。神経質に片付けすぎていた。

 机の上にノートパソコンが置かれている。開いて電源を入れたが、パスワードがわからずアクセスができない。

 何か恵都を知るものがないかと引き出しを開け、中を調べる。引き出しの中も小物がきっちりと分けられていた。そこに派手にひびが入ったスマートフォンを見つけた。取り出して電源を入れたが、画面は真っ黒のままだった。電源が切れてるのか、壊れているのか。もしかしたら後者かもしれない。使えるのならいつも持ち歩いているはずだ。

 さらに違う引き出しを開けて中を探れば、一番奥の底から写真を見つけた。中学の時に撮ったものだ。

 セーラー服を着てメガネをかけた恵都の隣に写っていたのは学ランを着た英一朗の姿だった。教室の窓際に立つふたりは微妙に距離が空いて、どちらも恥ずかしそうに、それでいて楽しいといわんばかりの素敵な笑顔を向けていた。

 写真を見る限り、この頃のふたりの間には語れるだけの恋バナがありそうだ。写真のふたりが幸せそうに見える分、英一朗とすれ違ったままがとても切なく感じる。

 一緒に帰っていたあの時、私が矢野恵都から離脱した後は英一朗とどうなったのだろう。矢野恵都は英一朗と一緒に帰っているうちに途中で何が起こったかわからなかっただろう。またちぐはぐに会話がおかしくなって、わだかまりが増えていたらと想像すると「うわぁっ」と体が竦んでしまう。

 写真を机に戻し、一呼吸した。

「着替えよう」

 クローゼットを開け、着替えを探す。ハンガーに掛かっている服はお出かけに着ていくようなものばかりだった。隅にプラスチックの収納ケースがあったので蓋をあければ、上下揃ったピンクのスウェットがあった。トレーナには英語で『Cute girl』と白地のロゴが入っている。それを手にして着替えた。

 母親からは勉強すればと言われたけど、私がしたところで矢野恵都のためにもならない。やるだけ無駄だ。このまま部屋に居るよりも、母親と話したい気持ちになった。

 姉の部屋を横目に階段を下りて、もう一度リビングルームへと向かった。キッチンからはリズムよくトントンと何かを切る音が聞こえてくる。私が部屋に入るなりその音がピタッとやんだ。振り返れば母親は矢野恵都をじっと見ていた。

「あんた、どうしたの?」

「えっと、勉強は後でもいいかと思って。それより何か手伝おうか?」

 母親は頭に疑問符を乗せたように不思議そうに見ていた。

「じゃあ、洗濯物を畳んでくれる?」

 私が「うん」と微笑むと母親はしっくりこない顔をして再び手を動かした。

 トントンと包丁がまな板を打つ音を聴きながら、ソファーの上に投げ捨てられていた布の山からシャツを一枚手に取った。ぱさっと男性のパンツも一緒に顔を覗かせ怯んだけど、気にせずさっさと畳んだ。

 その時、炊飯器からご飯の炊き上がりを知らせるメロディが鳴った。ああ、炊き立てのご飯。せめてそれを食べてからシュワシュワしたい。

 食べたいという欲求にそわそわしながら、洗濯物を全部畳みソファーの端に積み上げておいた。そしてすくっと立って、キッチンに向かう。今のうちに何か口に入れるものがあれば口にしてみたい。

 抵抗はあったけど矢野恵都になりきって冷蔵庫を開け、中を覗き込む。そこにプリンがあった。そのプリンに手を伸ばそうとした時、母親の声にびくっとしてしまう。

「それ、お姉ちゃんのだよ。勝手に食べたら怒られるよ」

「じゃあ、私のは?」

 姉妹なんだから矢野恵都の分もあるはずだ。

「あんた最近そういうの食べないじゃない」

 矢野恵都はプリンすら食べられなくなっていた? 眉根が下がって残念な気持ちになった。

「そんなに食べたいの? じゃあ、お姉ちゃんに聞いてみたら?」

 あの姉が許してくれるとは思わなかった。しょぼんとして冷蔵庫を閉めた。

「そんなの食べるよりも、ご飯をしっかり食べなさい。ほらこれ、テーブルに置いて」

 母親から渡された小鉢の中に漬物が入っていた。とても美味しそうに見えてくる。

 ばれないようにこっそりときゅうりをひとつまみして、口に入れた。コリコリとした触感と塩気のある酸っぱさが美味しく、急激にご飯がほしくなってくる。我慢できない。

「ご飯まだ?」

 つい口をついた。

「お父さんもうすぐ帰ってくると思うけど……」

 その時、スマホのメロディが聞こえてきた。

 母親がエプロンのポケットからそれを取り出した。

「あら、うわさをすればお父さんからだわ」

 母親がスマホに出て話しを始めた。

「もしもし……そう、駅前にいるの、あっ、それじゃ、コンビニでプリン買って来てくれない? 恵都が食べたいんだって」

 私はびっくりして振り返った。

 母親はすました顔で少し話した後、通話を切った。

「お父さん、買って来てくれるって」

「本当! うれしい」

「あんたさ、今日学校で何かあったの? いつもとなんか感じが違うね」

 母親は手を動かしながら訊いてくる。

 私はドキッとしてしまった。


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