・完結エピソード ドラゴンラーメン滅竜亭 - みんなの夢 - 4/7
「お客様、お客様……もう夕方ですよ」
「あ……あれ……?」
おかしいな、さっきまであの古い建物の中にいた気がするのに、俺はカフェのカウンター席で目を覚ましていた。
揺すり起こしてくれたウェイトレスさんは仕事に戻っていった。
それからもうしばらく寝ぼけてから、自分が予定通りにカフェに寄って、ここで甘酸っぱいレモンウォーターを頼んだことを思い出した。
すっかりぬるくなっていたそれをグビッと飲み干した。
「なんだ、夢か……。そりゃ、そんな美味しい物件がそうそう転がっているわけないよな……」
そう思いながらも気持ちはまだあの夢の中にいた。
妙に生々しい夢だった。
あのお爺さんも夢にしては人間くさいキャラだった。
お代はもう前払いしてあったので席を立ち上がり、俺は夕日に染まった街へと出た。
往来は相変わらず忙しない。
旅人たちは日があるうちに対岸に渡って、どこかの宿場町に落ち着きたいのだろう。
そんな早足の街を歩いた。
「あれ、マリー……?」
「あれあれ、お兄ちゃん……? こんなとこで何してるですかー?」
記憶を頼りにあの古い建物を探してみると、偶然マリーとばったり出会った。
「俺はちょっとね。そっちこそ仕入れか何か?」
「マリーは捜し物です。この辺りに、良さそうな古い建物があるですよ。そこに行けば……」
「え……」
俺は偶然の一致に驚いて、その一方でマリーの方はしばらくぼんやりとしていた。
「あれ、あれって……コスモスちゃん……?」
「……あ、本当なのですっ! おーいっ、カオスちゃーんっ、こっちこっちーっ!!」
元気に跳ねるマリーと一緒に手を上げた。
コスモスちゃんが何も言わずにこちらにやってきて、腕を胸の前に組んで首を傾げた。
「そなたらか。こんなところで何をしている?」
「その質問にはちょっと答えにくいかな。自分でもよくわかんないんだよ」
「マリーは、夢を見たですよー。ここに、お買い得な物件があったのですよーっ!」
「なに……?」
俺たちはほぼ同時に声を上げて我が耳を疑った。
それから互いに視線を重ね合わせて、まさかお前もなのかと見つめ合った。
「奇遇だな。我も図書館でややお耽美な芸術作品を読みふけっていたらな、妙な夢を見た。調子のいい老人と、350万ゴールドのお買い得物件の夢だ」
「えーーーっっ?! マリーのお爺ちゃんの夢っ、カオスちゃんも見たですかーっ!?」
「それ、俺も見た。ヒゲが長くて、帽子をかぶっていて、でっかいリュックのお爺さんでしょ、違う?」
「そ、それですっ、それがマリーのお爺ちゃんなのですよーっっ!!」
そういえばあの爺さん、マリーの名前を出したときにやさしそうに笑っていたような……。
けど夢の内容が3人同時に一致したってことは、もう偶然じゃ済まない。
幻かと思われていた人物は、実在していたことになる。
「ちょっと待って、まさかあなたたちまで同じ夢を見たとか言わないでよっ!?」
「羽根帽子の老人と……、売り出し中の建物の夢……見た?」
そこにルピナスちゃんとサイネリアちゃん、リリィさんまでやってきた。
彼女たちは口々に自分も同じ夢を見たと主張した。
「エッチなお爺さんだったわ~、お胸を触られちゃった……っ♪」
「えーーーーっっ?! お、お爺ちゃんはそんなことしないのですよーっ?!!」
つまり俺たちは何者かに夢を見せられて、わざわざあの廃墟に導かれたことになる。
だったらその廃墟が実在するかどうか、この目で確かめたくなって当然だった。
「こっちなのですよー……。でも、ないのですよー……。マリーが今朝探したときは、あの建物だけがなくなってたのです……。お隣さんも、そのまたお隣さんも、夢の通りだったのに……。お爺ちゃんのお店だけ、なかったのです……」
落ち込むマリーの背中に手を回して、慰めるように一緒に歩いた。
俺たちにとってがっかりな夢は、マリーにとっては二重三重に苦しい夢だったろう。
「そこなのです、そこの角を曲がった先なのです……。あ、あれ……?」
「む、あるな」
「よかった~、夢じゃなかったのね~♪」
立ち尽くすマリーを背中におぶって、俺はみんなの後を追って古い建物の前に駆け込んだ。
少し見上げて、あの張り紙が中にあるかどうかを確かめに内部に踏み入った。
【契約書は奥の引き出しの中。サインをすれば、アイギュストスのヘソは貴方の物です】
張り紙は存在した。
だが文面が変わっていた。
マリーが背中から飛び降りて、奥にある机の引き出しを引いてゆくと、彼女が真新しい書類とペンを持って飛び戻ってきた。
「あったのです! でもでも大変なのですっ、お兄ちゃんの名前があるのですよーっ!?」
みんなで契約書の文面を確かめると、だいたいこんなことが書かれていた。
ニコラスにこの建物『アイギュストスのヘソ』を譲渡する。
転売禁止。
しっかりと管理すること。
売却者の名は、アイギュストス。
「面妖な……。ホーリーの乳を触ったジジィだ、注意がいるぞ」
「マリーのお爺ちゃんはそんなことしないですーっっ!!」
「そうね~、気のせいだったみたい~、ごめんなさいね~♪」
「さっさとサイン、しちゃえば……?」
契約書とペンをマリーから受け取って、ボロボロの机にそれを置いた。
『虫が良すぎないか?』という疑念はやはり拭えない。
「なんで、同じ夢を見たんだろう……?」
「あたしたちが物件を欲しがってるからじゃないかしら? マリーのお爺さんがどこかでそれを見ていたのよ」
契約書を夕日に透かしても、どんなに目を皿にして内容を確認しても、一方的に俺たちに有利な条件しか記載されていない。
なので最後はあの窓辺から見た町並みが綺麗だったからの理由1つで、契約書にサインを印していた。
ま、どうにかなるだろ。
「ちょ、ちょっと、何よこれっ!?」
「む、これは……ほぅ」
「建物、光ってるね……。光るラーメン屋、斬新……」
「いや斬新で片付く話じゃねーだろこれっ?!」
埃まみれの古い廃墟も同然だった建物は、俺たちの目の前で様変わりしていった。
壁はオシャレな赤レンガ。
窓は透明度の高いガラス窓。
カウンター席とテーブル席があって、調理場のかまどは煙突に繋がっている。
看板はもちろんラーメンドンブリとイエロードラゴンだ。
だってここは、マリーのお爺ちゃんが俺たちにくれた店なのだから。
そうイメージを膨らますと、その建物は俺の意のままに姿を変えていった。
埃だらけの古い建物が理想のラーメン屋に大変身していた。
「ほわぁぁーーっっ、素敵なお店屋さんになったのですよーっ!?」
「この現象、身に覚えがある」
コスモスちゃんが1人思わせぶりにつぶやくと、俺とマリー以外のみんながなんか納得していた。
でも俺たちには全然わからない。
あの爺さんに化かされた気分だった。
「おけ……幻惑の鈴、持ってきてくれる……? 調整しとく……」
「はいはーい、わたくしが取ってきまーす♪ だからー、その代わりに~……」
「うん、お触り、おけ……」
「やったわ~っ♪」
なぜリリィさんとサイネリアちゃんは、俺の方に目を向けながら約束を交わしているのだろう……?
サイネリアちゃんは基本的に、俺以外には憑り付かない。
「いやいやいやいやっ、何がどうなってるのかわからないのに、どうして『さあ、ラーメン屋さんを始めましょう!』って気になれるんだよっ!?」
「あらニコラス、察しが悪いわね。これってつまりアレじゃない」
「アレって、ドレなのですかー……?」
彼女たちはこの売却者アイギュストスとやらを無条件で信用していた。
他人――
ではないのかもしれないが、努力で買ったのではなく、人から貰った店舗だというのに納得していた。
「我が主よ、そなたはドラゴンテイマーではないか。よもやそなたは、我らとの契約を忘れたとは言うまいな?」
そう、あれも契約。
そしてこれも契約。
つまりはそういうことだった。
アイギュストスとは、竜の名だった。