・完結エピソード ドラゴンラーメン滅竜亭 - ニコラスの夢 - 3/7
・偽りの王冠
あれからもう半月くらいが経っただろうか。
コスモスちゃんと出会ったあの日から数えても、まだ1ヶ月も経っていないはずだ。
最近の生活はとても落ち着いている。
王家のお墨付きを得たことで障害はだいたい排除されたし、店と土地を買うという新しい目標もできた。
マリー提案のチャーシュー5倍盛りのトッピングも好評だ。
でもあれって、絶対に身体に悪いやつだろ……。
そう疑う間でもなく確信できるメニューを、毎日注文してくれる不安なお客さんも増えた。
ラーメン禁止法。
それは理不尽と不自由を強いる法律ではあるが、人々を健康にするという目的面から見れば正しかったのかもしれない。
ま、他人の健康事情なんて、ただの小市民の俺の知ったこっちゃないけど。
憧れの店を手に入れるまで、あと37営業日だ。
それだけ稼げば、小さいながらそれなりの立地の店を持てる。
まだまだ遠いけれど、まあ気ままにやっていけばいいと思う。
「どれくらいで届きますか?」
「3日で届く日もあれば、10日かかる時もある。97%で無事に届くと保証するよ」
「じゃ、お願いします」
「家族宛てかい?」
「まあそんなところです」
今夜のための仕込みも終わったので、ブラブラと気ままに街を歩いた。
昨晩ようやく書き上がった手紙を運送ギルドに持ち込んで、バカにならない代金を支払って故郷に送ってもらった。
「手紙を確実に送るコツを教えてやろうか? 封筒に余計な物を入れないことだ」
「価値があるとトラブルが増えるってことですか」
「当然だろ。……うし、確かに受け取ったぜ。ところで今夜は営業するのかい?」
「ここでその話は止めて下さいよ……。ええ、今日もやりますよ、屋台」
「楽しみだ!」
運送ギルドを出ると、まだ高い西日が広い大通りをまぶしいくらいに白く照らしていた。
少し喋ったのもあってか、その日差しを浴びていると無性に喉が乾いてくる。
どこかのカフェで爽やかなドリンクでも一杯やりたい気分だった。
俺は普段寄ることのないその大通りを軽く歩いてみた。
干潮が近付いているのか、街のどこもかしこも慌ただしい。
商人たちが荷物を家畜に乗せる姿や、人を急かす声、水夫たちが木箱を台車に乗せて駆け回る姿をなんとなく眺めた。
この大通りは北と南の大陸を繋ぐ陸運ルートだ。
そのため満潮時はゆっくりで、干潮が始まるとこの通り忙しない。
暮らせば暮らすほどに、アイギュストスは不思議な都市だった。
「もし、そこのお兄ちゃんや。ちょっとだけいいかね?」
「え、ああ……。ちょうど暇だけど、どうかしたの、お爺さん?」
もちろんイベントにも事欠かない。
往来が活発だということは、色んなやつがここにやってくるってことだ。
ヒゲが長くて羽根帽子をかぶった、人の良さそうなお爺さんに声をかけられた。
「そうか、荷物を持ってくれるか、君はやさしい子だねぇ……」
「いやんなこと言ってねーしっ!」
「そうかね? 代わりにちょっとそこまで、ワシの荷物を持ってくれてもいいのだよ……?」
話してみると学長せんせの姿が脳裏に浮かんだ。
こんなに老いてはいないけれど、学長せんせもこんな感じのしたたかな人だった。
「お爺さん、名前は?」
「ワシはギュスと言う」
「そうか、俺はニコラス。で、何を持てばいいの?」
「このリュックを」
「それ荷物全部じゃねーかっ! そんなでっかいリュック、うちのマリーでもなきゃ持てねーよっ!」
「ほほほっ、元気な子だのぅ……」
お爺さんは巨大なリュックから、網に包まれた大きな木箱を取り出した。
そして彼はそれを自分の肩にかける。お爺さんなのに凄い体力だった。
「では頼むぞ、若者よ」
「いや待て、これ俺がリュックの方を背負うのかよっ!?」
「あたたた、最近腰の調子がのぅ……」
「わー、嘘くせー……」
若者に構ってもらいたいんだろうか。
しょうがないし、でかいリュックに手をかけた。
「悪いのぅ、若者よ」
「俺が悪人だったら、このまま背負って逃げたかもな」
「おお、それは盲点じゃったわい」
ともかくでっかくて重たいリュックを背負って、見知らぬお爺さんと一緒に街を歩いた。
せめてもの労働の代価として、お喋りに付き合ってもらいながらだ。
・
「おお、ここじゃここじゃ、さあ中に入ってくれ、若いの」
「ボロッ……。お爺さん、こんなところで暮らしてるの?」
「いや、ワシはもっと下の方じゃよ」
「へー……」
外もボロかったが、中もボロかった。
埃だけでちょっと歩くだけで塵が舞い上がるほどに、まともに管理されていなかった。
しかし荷物を足下に下ろすと、ふと張り紙が目に付いた。
きっとその張り紙だけ、妙に真新しい白紙だったからだと思う。
【土地建物、350万ゴールドで売ります】
あ、ここなら買えるな……。
全体的にボロいけれど、建物部分が壊れているようには見えない。
窓辺に寄って外を眺めてみれば、立地も大通りの1つ向こうで、予定していた物件よりもずっと場所も広さも優れている。
それにここならば家からもわりと近い。
「お爺さん、この土地あんたの……あれ、爺さん……?」
辺りを見回すとさっきのお爺さんが消えていた。
それに荷物もだ。
妙に思いながらもまた張り紙に寄って、俺は腕を組んで値段を見つめた。
ところがいくら待ってもお爺さんは帰ってこなかった。
そこで俺はまた出直すことに決めて、その古い建物から外に出た。